第5話コモンセンスオブアンダーワールド

 オーランド市は先の戦争で最後の攻勢を掛けられた土地である。戦争末期、隣の街から逃げてきた市民を受け入れつつ、後退する防衛ラインの最終地点として設定された。日に日に押し込まれる隣州からの避難民や騎士達を受け入れ、戦争終結時にはいつの間にか最前線となっていた。


 荒れ果てた地に秩序はなかった。戦争が終わり、地図は書き換えられ、オーランド市は国境線を有する行政区となり、そして防衛を担う騎士達の住む街となった。

 大量の避難民が一切合財を捨て逃げ延びた先で、何を頼りに生きていくのか。疲弊しきった国からすぐに補償が寄越されるわけもなかった。

 故郷を失い、安全だと言われていた場所を追われ、着の身着のまま逃げてきた民はたちは、悲嘆に暮れる暇もなく、迫りくる飢えに怯えた。


 オーランド市に流入した民は生きるため、当然の帰結として、金を持つ騎士や地主、商人たちの下へと庇護を求めることになる。

 だが彼らは、すべての人間を受け入れる余裕はない、という方便を使い、底値まで落ちた労働力を好きなように選び、買い叩いた。


 オーランド市を含むエルドラド州領主は戦争によって金を失い、溢れ返る人々へ仕事も与えられず、むしろ荒廃した土地を再興せよとばかりに労働力を徴税したため市民の反発は日に日に増していた。


 そこで頭角を現したのが、ボルボッサファミリアである。新参者達をまとめ、雇用主との間で仲立ちを行い手数料を徴収する事で、富を増やして行くビジネススタイルを確立。それ以外にも、みかじめ料の徴収や他領や他国からの密輸、不動産業や高利貸しや賭博など多岐に渡るシノギが、戦後復興の慌ただしい中で着々と行われ、ボルボッサファミリアの収益は過去最高額をはじき出した。


 多岐に渡る業務を担う彼らだが決して手を出さないシノギがあった。ファミリアの掟として固く禁じられていたのは、麻薬と売春である。

 いわばである市民を骨抜きにしてしまう麻薬の売買はご法度であり、ファミリアの一員ならば当然手を出すことも許されない。

 そして女に稼がせて、のんべんだらりと過ごすのは男じゃないという理由で、売春も禁じられた。人身売買などは行う彼らが売春を禁止するのはチグハグだが、これが彼らなりの考えなのだ。


 シノギを守るため、下部の構成員達はあらゆる手段を使って競合を消していく。恐喝や拷問に始まり、家族を人質に取ったり、果ては命まで取る。その為、ファミリアのシノギに対抗するようなマネは誰もしなかったし、長年住み続ける者たちがさせなかった。そこには、余計な軋轢を生み、火の粉が自分たちに飛ばないようにしたいという考えがあったのだ。


 オーランド市はチルノ伯爵が領主のエルドラド州に属する。だが、戦争によって国家的損害を被ったのだから、当然国も介入してきた。

 戦後数カ月経ち、王都より正式な代官が立てられたのだ。チルノ伯爵が治める領地と重ならないように、一時的にだが、オーランド市は分割され、ここに代官が立てられた。即ちこれは王家の直轄領となったことを意味し、復興が加速するのだと誰もが期待していた。


 もちろんその機を逃すはずもなく、ボルボッサファミリアは公共事業の仲立ちとなり、ここでも莫大な利益をせしめた。王国政府も馬鹿ではない。事前に下調べはしていたが、もはやこの地で、彼ら無しでは事業を進められないと判断し、やむなく彼らを仲立ちとして認めたのだ。戦後と言っても予断を許さない緊張関係は続いていたのだから、政府としても市の浄化ではなく国防に焦点を当てたわけである。


 そうして復興していったオーランド市では、ボルボッサファミリア抜きに仕事を進めることができなくなっていた。新規で事業を始めようと思えば、不動産が必要で、上モノを建て、仕入先を確保し、従業員を雇い、客を呼び込む。その全てにボルボッサファミリアが絡んでいたため、知らず知らずの内にマフィアの私腹を肥やすことになっていたのだ。

 あえて、そのサイクルから抜け出そうとすれば、どこに潜むかわからない構成員に嗅ぎつけられ、高い代償を支払うことになるのだから、住民達や地主、有力商人達は黙って商売を続ける他なかった。


 だが、ボルボッサの支配には悪い側面ばかりではなかった。

 麻薬は無いし、街娼がいても翌日には姿が見えなくなり、レストランで働いていた、なんてこともある。喧嘩があっても、仲介役が必ずやってくるし、不正な商いには鉄槌が下った。

 戦後混乱期の治安悪化は極僅かな期間で、戦前よりも治安は良くなったというのが住民達の感想だった。


 では、本来治安維持を担うべき騎士は何をしていたのか。結論から言えば、戦争により手を引かざるをえなかったのだ。


 騎士とは、貴族家に忠誠を誓う兵である。

 貴族の中でも、王都とその外苑以外の州を治める家を領家といいその当主が領主となる。つまり、領家に仕える騎士がそのままその地方の騎士となる。いうなれば私兵が公的に認められ、権力を持つというわけである。彼らは王都の騎士との混同を避ける時には、在領騎士と呼ばれるが、地域住民には騎士さんとか騎士様と呼ばれる。


 地方の管理とは、王国政府の命令や議会で制定された王国法、さらには勅令などに基づき統制し、その範囲内でのみ自由に統治することをいう。この管理に必要不可欠なのが、領主の剣である騎士なのだ。

 つまり騎士の本来的役割は、領主の求めに応じ統治に必要な実力を行使する事であり、現代の警察的役割とは少しだけ違う側面を持つ。大雑把にいえば、現代の軍隊の要素が強い、警察といったところだ。


 もちろん彼らは騎士という職に誇りを持っている。また、騎士として召し抱えてくれる領家に忠義を持っている。そして人の心も持っている。

 騎士爵という特別な階級を持つだけあって、権力を乱用するような横暴な騎士もいるが、ほとんどの騎士は王国法と州法に従い、市民の要請があれば犯罪者を捕らえる。たとえ請われなくとも、横暴に晒される弱者があれば権力や腕力をもって対応する。それは、領家仕える者だという自覚の表れであり、また、力ある人間として当然の行いだと信じているからこその行動である。

 騎士とはどこまでも忠実に、領家に仕える者なのだ。


 戦争は利益を目的に行われる。これはつまり、管理者が得るはずの権益を奪うということであり、必要であれば統治する権限すらも奪う。これは領主として看過できないだろう。何故なら、地方の管理とは勅命によって選ばれた領家が行うものであり、その管理には当然ながら、その土地の支配を保全することも含まれている。

 とどのつまり、戦争が起きればその地を守ることが勅命なのである。


 だから、領主自ら戦場に赴き戦い、また前線に出る領主のため騎士達も力の限り戦う。


 オーランド市は侵攻を防ぎきったのだが、残された傷はとても大きかった。

 騎士は数を大きく減らし、主戦場となった土地は荒廃し、奪い取られた土地からは人が流入してきた。

 被害の少ない内陸もしくは、東側の州が受け入れてくれれば良かったのだが、それは叶わなかった。王都より、国境を持つ州から出してはならないとの通達があったからだ。建前としては、スパイの流入を水際で防ぐ目的があるとのことだったが、実際には、次回の侵攻を見据えて人間の盾とするのが目的だった。


 いかに領主、貴族といえども、財源には限りがある。そして、統治の裏付けである兵力も削がれてしまった。


 こうなれば、民の反発は必至だった。仕事のない隣州の民がうろつき、盗みが起きる。仕事も家もないままの民は、生きるため行動するしかなかった。

 もはや治安を維持するだけの員数を持たない騎士は、領地ではなく、忠誠を誓った領家を守ることに注力した。

 そうやって、マフィアへとこの地の支配基盤が移譲されていったのだ。




 細い道の突き当りには、木立を背負った邸宅がある。屋敷の前には幅のある道が通り、交通の便も悪くない。しかし、そこを通る者は限られていた。よそ者か稼業者、もしくはこれから死にゆく者。それが誰であるかなど、住民たちの間では話題にも上がらない。見てはいけない、知ってはいけない、話してはいけない、聞いてはいけない、と体の隅々まで言い聞かせているからだ。




 高い天井には財力を示すような大きなシャンデリアが吊り下がり、天井には見知らぬ懐かしい風景が描かれている。巷で話題の画家に描かせた傑作で、流行りもの好きのドンが金と口とそれから腕っぷしを使った、なかなかに魂の籠った絵なのだ。


 下っ端に案内され入室したエーは、長テーブルに腰かける男たちを眺めていた。

 挨拶はおろか一瞥すらくれず、ただ無心で肉を喰らう。エーにしてみれば呼ばれて来た、いわばゲストのはずだったが、もしかしたら受け取ったのは果たし状だったかと記憶を思い返していた、そんな時だった。


「おお、これはこれは」


 ナプキンで口もとを拭い立ち上がった男は、でっぷりと腹が突き出し、指に嵌められたリングもその肉に埋もれている。剥げかかった頭上にあるスカスカの髪を撫で付けると、こちらへ来いと手招きした。


「一緒にどうだ、ん?このソースは絶品だぞ」


 並べられた料理は大きな塊のステーキとパン。曇りひとつないグラスには、空気を叩く小気味よい音と共に真っ赤な酒が注がれた。


 エーは黙々と食べ続ける男たちにならい、空いている席へ腰掛けた。腹は減っていなかったが、部屋中に満ちたこの香りが本能を刺激していた。

 差し入れたナイフの感触は、現代に比べればかなり反発があった。しかし口に放ればそんなことは些細な思い出だ。ピンクの断面から肉汁が溢れ、ドン自慢のソースと絡まる事で口内の支配権を完全に奪った。あまりの旨さに小躍りしたかったが、緩んだ表情筋だけでなんとか踏みとどまった。惜しむらくもここはなのだ。


 落胆をさっさと消化するためワインを一気に飲み干すと、真っ直ぐに見つめるドン・ボルボッサへ視線を返した。


「毒も効かんのか?」


「入ってたのか?」


 静まり返った室内で、掃除機の如く深く息を吸い込むと、豪快に笑いだした。


「いや、入っていない。ひっひ、客人に毒を盛るなんて、卑怯な真似をするわけがないだろう」


「どうせ効かないからどうでもいい。で、要件はなんだ?」


 横腹を抑えながら、はちきれんばかりに肥えた手を握り、指輪に嵌め込まれた緑の石でテーブルを2回叩いた。


 すると、黙々と食事をしていた男たちは手を止め、一斉に立ち上がった。この時は少しばかり警戒を滲ませたエーだったが、彼らは何も言わずに部屋をあとにしていった。時折、怒気の混じった視線を感じたが、何を言うでもされるでもなく、それだけであった。


 残ったのはドン・ボルボッサとエー、そして背筋のピンと伸びた身綺麗で几帳面そうな男だった。


「はあ、おふざけは終わりだ。お前のところで扱っているブツに、ウチの者が手を出した」


 先程まで気が狂ったように笑っていたドン・ボルボッサの表情は、まさに首領ドン、先を見据える経営者のそれだった。

 だが、その隣に座るメガネの男は、今にも飛びかかってきそうな鋭い眼光と渋面でエーをあからさまに嫌悪しているようだ。


「だから初めに言ったろ。似顔絵付きのリストを寄越せって」


「ああ、言っていたな。だがこうも言っていたはずだ。売らないよう善処すると」


「互いに統制を効かせていればうまくいくと思う。こちらも善処するよ、と言ったんだ。聞くが、アンタらはどうやって部下をコントロールしてたんだ?まさかウチにだけ責任をおっ被せる気じゃないよな」


「きっちり脅しを入れたに決まってるだろう。手を出せば血で贖ってもらうと」


「なら、お互いにやれることはやった、だろ?。後は本人次第なんじゃねえの」


 彼らと結んだ協定は相互不可侵、そして薬物の売買にマフィアを巻き込まないという内容だった。だが、身分証もないこの時代にマフィアかどうか識別するのはかなりの手間が掛かる。もちろん建前上は、だ。能力を使えば成果は上げられる。しかし、マフィアかどうか看破できるエーが、いちいち小売りをするのとコストばかり掛かって、商売にならない。


「そうだな」


「っ親父!」


 ドンの答えに納得がいかないメガネの男は、声を荒らげた。


「お前から話せ。俺が話してもどうせ納得できんだろう?」


「……いえ、親父が終わりにしたいなら、従います」


「さっさと終わりにしたいが、このままだとわだかまりが残るだろう。それも好かん。さあ、納得するまで話してみろ」


 実のところドン・ボルボッサは、初めからこの話題に乗り気ではないかった。早い納得もそのためであり、腹心がどうしてもというので席を設けてやったのだ。


 マフィアの演劇を眺めながら、おおよその背景を推察していたエーは、向けられる熱い敵意に冷たい眼差しで返した。


「リストを渡せば売らないのか」


「ああ。ただ、魔法で顔を変えられたら、流石に対応できない」


「分かった。ドン、いいですか?」


 点けたばかりの葉巻をくゆらせながら頷いたドン。男はそれを確認すると、胸ポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出し、エーへと放り投げた。


「分かっていると思うが、その情報は漏らすなよ」


 子供じみてるなと思いつつも、紙を取るために席から立ち上がり中身を確認した。するとそこにはあれだけ嫌がっていた似顔絵と名前、そしてその家族の分まで載っていた。


「身内が買いに来るかもしれない。その為だ」


「ふーん、了解。これだけか?」


 のんべんだらりと過ごしていたエーに、ここへ来るようにと知らせがやってきた。何事かと慌てて駆けつけたエーだったが、まさかこの程度のことだとは思わず、少々呆れ気味に尋ねた。


「座ってくれ用はまだある」


 ドンに促され腰掛けると、なにやら神妙な面持ちになっていることに気付いた。


「メインはこれからってことか」


「コイツにとってはヤクの話がメインだ。俺にとっては、そうだな」


「で、どうした」


「お前んとこがシノギをしているジャルシム地区全てを譲る」


「……譲られても困るな。そもそも俺は縄張りなんていらない」


「これまで通り好きにすればいい。だが、俺たちは関与しないから、それだけ覚えておけ」


「あの地区全部から手を引く、か。オーランドは捨てて、どっか行くのか?」


 ジャルシム地区はオーランド市内で一番の面積を持つ中核部分。昔は、漁師と農民が住む何もないただの田舎だったが、戦争以来、国境と港を持つ、騎士と海兵が多い地区となった。

 そして、戦後だというのに、人口が一気に増えた町でもある。


 ボルボッサファミリアがかなりの投資をした地区というだけあって、治安もよく商いも盛んで、未だに公金が落ちてくる地区のはずだが、すんなりと明け渡すところを見れば、近づく戦争に関係があるのだろうと、簡単な想像で合点がいった。


「そういう事だ。残念な事にチルノ伯領から出るには金も人手も足りていない。だから、当面はここにいる予定だが、最終的にはオーランドを捨てるつもりだ」


「思い切ったな」


「死んでは元も子もないからな。そういう事だ、せいぜい管理するんだな」


「はあ、面倒だ」



 2年前の戦争でマルカーヴァ王国の領土1/5を失った。そして、ボルボッサファミリアの台頭と時を同じくしてCSOUが開業し、以来険悪なままの関係を維持していた。マフィアとしては、禁止されている女衒や薬物売買を始めたため、刈り取りを行おうとしたのだが、返り討ちにあってしまいメンツを潰されてしまった。CSOUとしては競合のいない商売を始めたところ、いきなり襲撃に遭い客が一気に引いてしまった。


 これから勢力を伸ばそうというマフィアにしてみれば、襲撃をいともたやすく跳ね返した者達との全面戦争は避けたかったが、メンツがそれを許さない。

 CSOUにしてみれば、半殺しにした襲撃者のマフィアという言葉でなんとなくの理解が得られた。マフィアという裏の組織がこの地域の支配者であり組織の全容も全くつかめない脅威。虎の尾を踏んだのだ。いかに転生者と言えども数の前には限界がある。そこで彼らの間で密約が結ばれた。相互に不可侵と麻薬取引の一部制限である。

 これは互いの妥協案であるが、同時にメリットもあった。マフィアには継続してこの地域の支配が約束され、ショバ代も支払われる。CSOUにとっては治安維持を担ってくれるマフィアがいるからこそ、人が集まり、安定的に収益を確保できる。そして、犯罪も許容される。

 出会いこそ最悪だったものの上手く共存できる環境が整ったわけであるが、物事はそう単純には進まなかった。


 マフィアの存在は王都からの騎士を始め、ここに腰を落ち着ける者にとっては有名な存在であった。つまり、実力行使を伴わずとも、抑止が働いていたわけである。しかし、ポッと出のCSOUは協定にない事にまで気を払うことはなく、仕事や趣味、アイデンティや習慣、それらの側面からいそいそと犯罪に手を染めていた。


 当初住民は、これらの犯罪がマフィアの制裁だと考え近寄らなかった。ボルボッサファミリアという存在を知らない市民などいるはずがない。そして、存在を知っていて犯罪に手を出すような自殺志願者の望みが叶うのはすぐだという事も知っていた。だから、マフィアの制裁行為の一環なのだろうと、真犯人がいるとは露ほども考えていなかった。

 しかし、立て続けに起きた数件の犯罪については思わず首を傾げるような態様とやり口だった。マフィアにしては一貫性がなく、現場にはメッセージが残されていなかった。普通は、制裁を科した理由を分かりやすい形で残す。市民の納得と見せしめの効果を得られるからだ。

 そして、誰もに慕われ市民とマフィアの架け橋のような役割を担っていた男が殺された。彼は暗黙の掟を従順に守っていた善良な市民だった。これで市民は違和感が確信へと変わりマフィアへと直に談判したのだ。

 そうしてマフィアと市民達は、連続して起きた犯罪者を見つけ出し、処断する事で合意した。本来ならば、こういった苦情を一切受け付けないマフィア側だったが、混乱ぶりを目の当たりにして会合を持ったのだ。


 マフィアの構成員は最初の犯罪が起きた時点で調査を始めていた。しかし、何の手掛かりも得られず再び犯罪が起きる。この世界の犯罪捜査で定番なのは魔力の残滓を調べ、記録することで犯人を探し出す手法だが、現場には被害者の魔力以外が全く残っていなかった。行き詰りを迎え、ドンは更に人員を増やし見回りをさせることにした。そこで目にしたのは、武器と松明をもってあたりをうろつく少数の自警団だった。ドンはこの報告で、自分たちの権益が悪化している事を悟り、早急な犯人の処刑を全構成員へと通達した。

 いくら人員を割いても、全く手掛かりが出ないこの事件にもついに動きがあった。市民側が話し合いの場を求めたのだ。これを突っぱねることは出来なかった。この事件が市民との関係を決定づけると分かっていたからだ。全面的に対立するか、協力関係でいられるかの瀬戸際だった。

 会合では、やはり事件についての説明と犯人の早急な処断を求める意見だった。ドンは虚実織り交ぜながらも、犯人が見つかっていない状況を明かし、全面的に協力してほしいと要請した。市民側の同意を得たことで、ジャルシム地区では武装した大勢の自警団とマフィア達がうろつくこととなった。



 王都からの騎士たちは、一連の犯罪をマフィアの仕業だと考えていた。

 ある意味でマフィアの治安を維持する能力を買っていたともいえるが、彼らが捕まえきれない、捕まえないというのは、彼ら自身が犯人だからだろう。マフィアを田舎でくすぶる木っ端悪人だと考えていた騎士の比較的分かりやすい思考は、そのように結論づけていた。

 当然腹に据えかねるものがあったのだが政府からの命により手出しはしなかった。公共事業の仲立ちとなっているマフィアと関係が悪化すると、復興の遅れを招き、下手をするとオーランド市全体が王都騎士へ敵対的になる可能性があるからだ。

 いくら掛け合っても取り合わない上層部に業を煮やし、抑えきれない正義に悶々と過ごしたとある騎士は遂に行動を起こした。遅ればせながらだが、未だに続く犯罪を抑止できるならばと現場を調べ、聞き込みをしたりと組織としてではなく個人として動いたのだ。




 そこである事件が起きる。

 悲鳴が路地から響き、駆けつけたのは正義に燃える騎士たちとマフィアの構成員数名だった。

 喉がぱっくりと割かれ、エラ呼吸をするように傷口がパクパクと動き血がとめどなく溢れていたその現場で、互いがタイミング良く顔を合わせてしまった。

 大きな誤解が生まれたまま、彼らは戦闘になった。マフィア数名が命を落とし、命からがら逃げ出した一人がこの顛末を報告した。

 そうして、マフィア対王都騎士の対立が鮮明になり、彼らの争いが泥沼になったことは言うまでもない。


 私用で町に繰り出した騎士は次々と報復を受け、騎士たちは組織として町に警らを出さざるを得なくなった。

 彼らは互いに、妥協点を探しながらの報復合戦を繰り広げていた。マフィアは王都騎士、つまり国を相手に戦おうなど考えてもいない。しかし、仲間の報復や、騎士とマフィアの戦いを目にした市民たちの声を無視することが出来なかった。

 王都騎士の最大の使命はオーランド市をいち早く防衛拠点として確立し、反撃地点として重要な町にすることだった。だが、マフィアと敵対した今、完全に全てが滞ってしまった。それどころか、市民には白い目で見られ、唾を吐きかけられる始末。何としてもマフィア側と話し合いの場を設け誤解を解きたかった。だが、構成員を殺してしまったという事実は重く、騎士団からの呼びかけには騎士の首で答えられた。完全な失態であった。

 落としどころのない、不毛な争いが起きている中、再び犯罪が起きてしまう。




 その頃CSOUはマフィアから会合への招待を受けていたが、参加しなかった。

 というのも、招待を受ける前、ちょうど騎士とマフィアが事件現場でばったり出くわす前に、ジェイを軍部に潜ませていたのだ。しかし、彼が殺されてしまったと判明し、報復という名の実技訓練をすることを決めた矢先の招待であったから、断らざるを得なかった。



 マフィアと王都騎士、そしてCSOU。彼らの泥沼の抗争が始まり、割りを食ったのは騎士であった。王都からの命に背き、果てはマフィアと対立。しかも、謎の第3勢力の介入もあって他国を警戒する余裕すら失われていた。

 そこで騎士団は、マフィアに対して停戦交渉を提案し、なんとか会合を設ける事になった。


 議題は当然、この争いの落とし所である。

 もはや、連続して起きた犯罪など議題にも上らなかった。

 マフィアとしては、きっかけとなった女騎士の首を要求したが、すぐに跳ね除けられた。曰く、英雄だからダメだと。そうして、妥結されたのが身代わりの首を騎士側が差し出すというものだった。

 騎士団は誤解である旨や、報復によって相当なダメージを負った事を一切引き合いに出さず、身代わりを立てた。これは、失態ができるだけ小さな傷の内に止めたかったという強い意思の表れだった。

 こうしてマフィア側を立てる形で停戦となったのだが、死者数で言えばマフィアの方が圧倒的だった。戦争屋で殺しを職業とする騎士を相手にしたのだから、この結果は当然だった。


 それから数日後、CSOUにやってきたドン・ボルボッサとの間で強引に話し合いの場が設けられた。内容は、一連の事件についてだった。マフィア側は騎士との抗争に割り込んできた謎の第三勢力がCSOUだとすぐに分かった。何故なら、この街のアンダーグラウンドで活動するのは、自分達とここの集団だけだからである。

 そして、その勢力の介入によって真犯人の目星もついていた。自分たちの敷くルールを嫌い、麻薬や売春で利ざやを得る集団。金にがめつい小悪党だと考えていたからこそ、容疑者からは外れていた。だが、彼らがもっと邪悪な存在ならば、話は変わってくる。

 ルール無用で常識や加減を知らない、欲望に忠実な者たちだとすれば、ずっと謎だった一連の犯人の姿がうっすらとだが現れる。


 細い説明を省き、直球の質問がエーに投げられた。


 そこで明らかにされたのは、CSOU社員の犯行であることと、社員全員が転生者であることだった。そしてそこで密約が交わされた。内容は犯罪行為の低減、大きな犯罪を行った場合は身代わりを立てること、そして、今般の犯罪実行者の首である。

 ドンは全てを飲むとは考えていなかったが、エーはあっさりと条件を飲んだ。

 そこで差し出されたのが、社員ケーの首だった。


 CSOUは密約を結び、騎士への攻撃を中止すると宣言したこともまた、ドンを驚かせた。


 そもそもエーが騎士たちの中に社員を送り込んだのは、英雄と呼ばれる転生者の強さや容姿、性格を確認する為であり、対立は一切望んでいなかった。しかし、ジェイが殺され一切の情報がなく、無駄足に終わりかけたことで、報復という名の偵察を行った訳である。

 騎士対CSOUの全面対決という様相を呈さない混乱状態というのが、報復を決断した要因の一つでもあった。

 つまり、マフィアが手を引き、ある程度、英雄の情報を得た今、戦い続ける意味がなくなったのである。


 マフィア側の要求を飲んだのも、治安維持を担う組織との敵対を避けるためであり、ケーの能力が受け継ぐに足る魅力的なものだったからである。


 CSOU、もといエーにとっては悪くない条件が揃ったので、全てが丸く収まったのだ。もちろん、これら全てがエーの謀略というわけではない。だが、部分的な成功を収めたエーは、満足気にケーの首を譲った。


 そうして、オーランド市の闇でひっそりと行われた戦いは幕を下ろした。


 そんな経緯のある街を譲られても、エーの手に余る。


「ちっ。具体的にいつだ。いつ引っ越すんだ?」


「戦争まで時間がない。半月以内といったところか」


「……」


 重しがいなくなって喜ぶのは、元々の支配層である領主と在領騎士である。その次に王都騎士たちや海兵などの政府勢力たち。それはつまり、CSOUにとって喜ばしからぬ者達があふれ出してくるという事。

 オーランド市から一切動く気の無いCSOUにとっては、かなり痛い状況となる。


「なんだ、寂しいのか?」


「ああ、今すぐアンタに抱いてほしいぐらいにな」


 苦虫を噛み潰したような表情で、投げやりな言葉を吐くエーだった。

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