第20話 隠し味
人物表
砂田明夫(36) ラーメン屋店員
砂田麻実(35) 砂田の妻
大岩一徹(69) ラーメン屋店主
金沢庄司(42) 闇金業者
男性客
老人
〇大岩ラーメン・店内
カウンター席のみの店内は満員。
カウンター内側で、砂田明夫(36)が鍋から麺を取り出す。
大岩一徹(69)がどんぶりにスープを注ぐ。
砂田、麵をどんぶりに入れる。
大岩、どんぶりに具をのせて、カウンター席の男性客の前に置く。
大岩「お待ち」
男性客、どんぷりを覗き込む。
男性客「やっときた」
と、嬉しそうにスープを飲む。
男性客「あー、やっぱりここのスープ最高だわ」
大岩「いつもありがとな」
と、にやりと笑う。
砂田、大岩と男性客を見て、微笑む。
〇同・店前(夜)
「スープ切れのため、本日終了」の張り紙。
〇同・店内(夜)
砂田、食器を洗っている。
大岩、鍋のスープをかき混ぜている。
砂田「今日も盛況でしたね」
大岩「ありがたい限りだ」
と、お玉でスープをすくって味見する。
大岩「……もう少しかな」
と、吊り戸棚から白い粉が入ったケースを取り出す。
砂田、大岩の方を見る。
砂田「その調味料……」
大岩「どうした?」
砂田「スープの隠し味ですよね?」
大岩「まあ、そんなところだ」
砂田「前から気になってたんですけど、なんですか、それ?」
大岩「そりゃ秘密だよ、隠し味なんだから」
と、笑う。
砂田も笑って、食器洗いを再開する。
大岩、真顔に戻って、
大岩「お前、ここで働き始めて何年経った?」
砂田、顔だけ大岩へ向けて、
砂田「……二年ちょっと、ですね」
大岩「もうそんなに経つか」
砂田「迷惑かけっぱなしで、すいません」
大岩「いや、お前にはかなり助けられてる」
と、スープ鍋を一瞥する。
大岩「……そろそろ良いか」
砂田、小首をかしげる。
大岩「お前にスープの作り方、教えてやる」
砂田、唖然とした顔で、大岩を見る。
大岩「この店、俺一代で終わらせるつもりだったが、お前になら任せても良いと思ってる」
砂田「こんな僕で、良いんですか」
大岩、うなずく。
大岩「俺の味……、継いでくれるか?」
砂田「はい!」
大岩、微笑む。
大岩「ありがとう」
砂田「礼を言うのは僕の方です、こんな僕を拾ってくれて……、本当にありがとうございます」
砂田、目を擦る。
大岩「何泣いてんだ、大変なのはこれからだぞ」
砂田「……はい」
大岩「明日からも頼んだぞ」
と、砂田の手を握る。
○ドトールコーヒー・店内
砂田と金沢庄司(36)が向かい合って座っている。
金沢の前に、開いた封筒。
金沢、紙幣の枚数を数えている。
砂田、上目遣いでじっと金沢を見つめている。
金沢、紙幣を数え切る。
金沢「今月分、確かに」
砂田、ほっと息を吐く。
金沢、札を封筒の中に入れて、ジャケットの懐にしまう。
金沢「今の店は順調そうだな」
砂田「ええ、まあ……」
金沢「そいつは良かった。こうしてちゃんと払って貰えるから、俺も手荒なことをしなくて済む……」
と、コーヒーカップを口へ持って行く。
砂田、金沢の手をじっと見つめる。金沢の手の甲に大きな傷がある。
金沢「……ところで、奥さんは元気?」
砂田「えっ?」
金沢、砂田をじっと見ている。
砂田「……まあ、はい」
金沢「本当?」
金沢、砂田を睨む。
砂田、うなだれる。
砂田「……最近、体調がすぐれない時が」
金沢「そりゃそうだろう。旦那は借金地獄、気苦労は絶えないだろうな」
砂田、自身の手を見る。薬指に結婚指輪。
金沢「完済まであと何年か、わかってるだろうな?」
うつむいたままの砂田。
金沢「……ビジネスの話をしよう」
砂田「はっ?」
と、顔をあげる。
金沢「お前が行ってる大岩ラーメン、スープが有名だそうだな」
砂田「あの、突然なんですか?」
金沢「そいつのレシピが知りたい」
砂田「えっ?」
金沢「叔父貴の知り合いが、ラーメン屋を開きたくて、そこのスープを参考にしたいんだと」
砂田「……店のスープの秘密を教えろって、ことですか?」
金沢「レシピを知りたい、それだけだ」
砂田、顔をしかめる。
砂田「……さすがにそれは」
金沢「見返りとして、お前の借金、チャラにしてやる」
砂田、目を見開く。
金沢「良い話だろ」
砂田「え、ええ……」
と、自身の手を見つめる。
砂田「でも……」
金沢、テーブルを拳で強く叩く。
砂田、震え上がる。
金沢「さっさと教えろ」
砂田、激しく首を振る。
砂田「知らないです」
金沢「嘘つけ、二年以上働いてるんだろ」
砂田「本当です。作り方自体はなんとなくわかります。でも隠し味の調味料が……」
金沢「だったら、その調味料をもってこい」
砂田「えっ」
金沢「調味料一つで借金チャラ、こんな好条件、二度とあると思うなよ」
と、席を立ち出て行く。
砂田、肩を振るわせる。
〇朝日荘・砂田の家・居間(夜)
砂田麻実(35)がテーブルに座っている。
テーブルに家計簿やレシートが置かれている。
麻美、頭を抱える。
わずかに開いたドアから、砂田が麻美を見ている。
麻美、胸を押さえて咳き込む。
砂田、両手を強く握りしめる。
○大岩ラーメン・店内
「準備中」の看板。
○同・店内
大岩がスープをかき混ぜている。
砂田が入ってくる。
砂田「おはようございます」
大岩「ちょうど良かった、スープの仕上げを始めたところだ。見せてやる」
砂田「あっ、……はい」
と、大岩に近づく。
大岩、砂田の顔を見て、
大岩「どうした、体調悪いのか?」
砂田「いえ……大丈夫です」
大岩「そうか……」
と、吊り戸棚から調味料の入ったケースを取り出す。
砂田、じっとケースを見つめる。
大岩「本当に大丈夫か?」
砂田、首を左右に振って、
砂田「はい」
大岩「なら良いんだが、無理はするなよ」
老人の声「おい、一徹さん」
大岩「いけね、忘れてた。ちょっと待っててくれ」
と、店の奥へ行く。
調理台に置かれた、調味料の入ったケース。
砂田、店の入り口へ目を向ける。
閉まった状態の扉。
店の奥へ目を向ける。
大岩と老人の笑い声が聞こえる。
砂田、自身の手を見つめる。
薬指に結婚指輪。
砂田、荒い呼吸で目を閉じる。
大岩の声「ありがとよ、じゃあ……」
砂田、ハッと顔をあげる。
扉の閉まる音がする。
砂田、店の奥を一瞥して、ケースを見る。
砂田、唇をきつく結ぶ。
砂田、ケースを掴んで、店の入り口から駆け出て行く。
シナリオ習作 under_ @under_
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