第19話 私の旅行
人物表
江口良美(28) 会社員
直野涼石(28) 会社員
水谷岩雄(60) 無職
○新千歳空港・全景
飛行機が着陸する。
○同・出口
リュックサックを背負った直野涼石(28)と、キャリーバッグを押す江口良美(28)が歩いている。
良美「ついに来た北海道!」
直野「初めてだっけ?」
良美「そう、だからここが北海道のどの辺りって聞かれても、わかんない」
直野「少しは予習しとけよ」
良美「そこは全て涼石くんにお任せします」
直野「……そう言うと思った」
と、スマホを取り出す。
スマホ画面には、電車の乗り換え時間や行き先など旅行の予定がびっしりと記載されている。
直野「まずい、もう電車が来る。急げ」
と、走り始める。
良美「ちょっと、待って」
良美も駆け出す。
○札幌時計台・建物前
良美と直野が笑顔で建物を眺めている。
○羊ヶ丘公園・園内(夕方)
クラーク像を前に良美と直野が自撮りする。
良美、スマホ画面を見て、
良美「よく撮れてる」
直野、腕時計を見て、
直野「次行こうか」
直野と良美、歩き出す。
良美「次は?」
直野「夕飯食ったら、テレビ塔で夜景を見る予定」
良美「いいね」
良美の視線の先に、ソフトクリーム屋の屋台が見える。
幟に「北海道産牛乳100%ソフトクリーム」と書かれている。
良美「あっ、美味しそう」
と、直野を見て、
良美「せっかくだし、食べようよ」
直野「ダメだ、バスがすぐに来る」
良美「いいじゃん、ちょっとくらい」
直野「本数が少ないんだ。これを乗り過ごすと、かなりのロスになる」
と、早足で歩き出す。
良美「そんな」
と、未練がましく屋台を見る。
屋台にカップルが並んでいる。
良美、直野の後を追う。
○ラーメン屋『雪山岳』・店前(夕方)
「味噌ラーメン 雪山岳」の看板。
長い行列ができている。
直野と良美がやってくる。
直野「ここだ、ここ」
良美「でも、すごい行列」
直野「最近テレビで紹介されたらしいから」
良美「これ、並ぶの?」
と、遠くの最後尾へ目を向ける。
直野「もちろん」
良美「時間は大丈夫なの?」
直野「時間?」
良美「次はテレビ塔へ行く予定でしょ?」
直野「多少予定は狂うけど、しようがない」
良美、口を尖らせる。
良美「(小声で)ソフトクリームはダメで、ラーメンはいいんだ」
直野「なんだって?」
良美「別に……」
直野「じゃあ、行くぞ」
と、行列の最後尾へ向かう。
良美、むすっとした表情でついて行く。
○札幌市・全景(夕方)
夕日が沈んでいく。
○ラーメン屋『雪山岳』・店前(夜)
長い行列の中に、直野と良美はそれぞれスマホを見ながら立っている。
直野と良美の後ろに、水谷岩雄(60)が並んでいる。
良美、直野を見て、
良美「なかなか進まないね」
直野、スマホをじっと見ている。
良美「お腹すいた……」
直野「うるさいな、我慢しろ」
良美、むすっとした表情で辺りに視線を向ける。
少し離れたところに、「札幌ラーメン 石田」と書かれた看板が見える。古そうな店構え。人は並んでない。
良美「ねえ」
直野「なんだよ」
良美「あっちなら、すぐに入れるんじゃ?」
と、「石田」の看板の店を指差す。
直野、眉根を寄せて、「石田」の看板を見る。
直野「……知らない店だな」
良美「あっちも札幌ラーメンだって」
直野「札幌ラーメンって書いてあるからって、全部同じわけじゃないんだぞ」
良美「わかってるけど……」
と、行列の先を見る。
良美「これじゃあ、いつ食べられるのか……」
直野、苦い表情で、スマホを操作する。
直野「……全然ヒットしない」
良美「食べてみたら案外美味しいかもよ」
直野、首を振る。
直野「ダメダメ、あんな店」
良美「どうして?」
直野「ネットに載ってない店なんて、ないも同じだ」
良美「それは言い過ぎじゃない」
直野「だってそうだろ、口コミがないってことは、誰にも相手にされないってことだからな」
良美「そう……なのかな?」
直野「そうだ。せっかくの北海道、美味いラーメンが食べたいだろ」
良美「それは、そうだけど」
直野「だったら、つべこべ言わず俺に任せておけばいいんだ」
良美「……うん」
と、顔をしかめる。
水谷の声「お二人さんはご旅行で?」
直野と良美、驚いた表情で水谷の方を振り返る。
水谷「何処から来たんですか?」
直野、警戒した表情で、
直野「あの、なんでしょうか?」
水谷「あっ、いや、話が聞こえて、気になったので」
直野「はあ」
水谷「何処からですか?」
直野「……東京ですけど」
水谷「だと思った。ご夫婦?」
良美「あっ、いやまだですけど……」
と、恥ずかしそうに顔を伏せる。
水谷「婚前旅行ってやつですか? 羨ましいですねえ」
直野、不快な表情で、
直野「さっきからなんですか?」
水谷「ここのラーメン、美味しいですよ」
直野「……知ってますよ、そんなこと」
水谷「失礼、リピーターでしたか」
直野「初めてだけど」
水谷「じゃあ、口コミを見て?」
直野「ええ」
水谷「僕も大好きです、ここ。よく通ってて」
良美「地元の方なんですか?」
水谷「ええ、そうです」
直野「良美」
と、良美の手を引っ張る。
水谷「でも、他にも美味しい店があります。何処だと思います?」
良美「えっ?」
と、首を傾げる。
水谷「あの店ですよ」
と、石田の看板を指差す。
良美、驚いた表情で、
良美「そうなんですか!」
水谷「そう、地元民のみが知る穴場中の穴場」
直野、振り返る。怒った表情で、
直野「おいおっさん、何騙そうとしてんだ?」
水谷「だ、騙す?」
直野「俺たちを列から追い出そうってしてるだろ」
水谷「まさか。本当のことだって」
直野「だったら、どうしてそんな店がネットにもなければ、行列もできてないんだ?」
水谷「あの店、完全予約制なの」
直野「えっ?」
水谷「それに一見さんお断りだから、口コミを書く理由がない」
直野「……嘘だ」
水谷「嘘じゃないって」
と、良美を見る。
水谷「なんなら、連れて行ってあげようか?」
良美「えっ?」
水谷「僕も石田さんの常連でさ。今日は雪山岳の気分だったけど……、これも何かの縁、お嬢さんさえ良ければ、話通してあげる」
良美、「石田」の看板へ目を向ける。
直野「おい、良美!」
直野は、怒った表情で良美を見る。
水谷は、柔和に微笑んでいる。
良美「……連れてってください」
水谷「いいとも」
直野、驚愕した顔で、
直野「良美、……何言ってるんだ。あんな怪しい店に、こんな怪しい男と行くのか?」
良美「涼石君はどうする?」
直野「行くわけないだろ」
良美「そう。でも私だって、私なりに旅行を楽しみたいの」
と、水谷と行列を離れていく。
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