第17話 合格発表の夜

人物表

 相良隼人(18) 高校生

 相良佳子(50) 隼人の母親

 相良義雄(75) 隼人の祖父

 石塚透(21) 大学生



◯稲田大学・正門


 正門に「稲田大学」の文字と大学のロゴが描かれている。

 高校生が次々に中へ入っていく。



◯同・校庭


 校庭奥に設置された大きな掲示板に高校生たちが集まっている。

 掲示板には「合格者一覧」と書かれている。

 掲示板を指差して喜んでいる高校生や、肩を落とす高校生がいる。

 高校生たちの中を相良隼人(18)が歩いている。

 隼人の手に受験票。手は小刻みに震えている。

 隼人、掲示板の前に立つ。大きく深呼吸して、掲示板を見つめる。

 隼人の目が大きく広がる。


隼人「っしゃー!」


 と、ガッツポーズする。



◯相良和菓子店・入口


 年季のある建物。

 入り口に「相良和菓子店」の看板が出ている。



◯同・店内


 相良佳子(50)と相良義雄(75)が大福餅をこねている。

 店の隅にある固定電話が鳴り始める。

 伸治と佳子、手を止める。


相良「佳子」


 佳子、驚いた表情を浮かべて、自身を指差す。

 相良、うなずく。

 佳子、渋い表情で相良を睨み、タオルで手を拭きながら電話に近づく。

 佳子、受話器を取る。


佳子「はい、相良和菓子店」

隼人の声「母さん、俺」


 佳子、相良を見る。

 相良も佳子を見ている。


佳子「どうだった?」

隼人の声「合格したよ!」


 佳子、目を丸くする。

 相良の表情は硬い。


隼人の声「母さん?」

佳子「そ、そう……おめでとう」


 と、相良を見る。

 相良、険しい表情。

 佳子、うなずく。


佳子「それで、隼人……」

隼人の声「母さん、本当にありがとう」

佳子「ん?」

隼人の声「母さんとじいちゃんが応援してくれたから合格できたんだ」


 佳子の気まずそうな表情。


隼人の声「俺、絶対に建築士になるから」

佳子「そ、そう……」

隼人の声「じゃあ、もう少し大学を見学してから帰るから」

佳子「あっ、ちょっとまだ話が……」


 受話器から終話音が聞こえる。

 佳子、受話器を置いて、相良のもとへ行く。


佳子「どうするの、お父さん」


 相良、顔をしかめる。


相良「どうするもこうするも……伝えるしかないだろ」

佳子「私には……無理よ」


 相良と佳子、うつむく。



◯稲田大学・校庭


 校庭の一角に、野球やサッカーなどのユニフォームを着た大学生が集まっていて、「合格おめでとう」と書かれた看板が立っている。

 隼人、大学生たちの方へ向かう。

 野球ユニフォーム姿の石塚透(21)が、隼人に近づいてくる。


石塚「君、合格?」

隼人「はい!」

石塚「おめでとう」


 と、拍手する。

 大学生たちが隼人の周りに集まってきて、拍手する。


隼人「ありがとうございます」

石塚「よし、胴上げだ!」

隼人「えっ?」


 隼人、大学生たちに体を掴まれ、胴上げされる。


石塚「おめでとう!」


 笑顔で胴上げされる、隼人。



○相良和菓子店・居間


 相良と佳子、難しい表情でテーブルの前に座っている。



◯同・厚生棟前


 隼人、たくさんのサークルチラシを持って歩いている。

 厚生棟前に「新入生歓迎」と書かれた看板がある。

 看板の横に、バイト情報やアパート情報誌が置かれている。

 隼人、足を止めて、興味深そうに情報誌を見つめる。



◯相良和菓子店・居間(夜)


 相良と佳子がテーブルの前に座っている。

 紙袋を持った隼人が入ってくる。紙袋には「稲田大学」の文字とロゴが入っている。


隼人「ただいま」

佳子「……おかえり」

隼人「遅くなってごめん、色々あって」


 隼人はテーブルの前に座り、紙袋をテーブルの上に置く。


佳子「何、それ?」


 隼人、紙袋から数枚の紙を取り出す。様々なサークル勧誘のチラシ。


隼人「先輩たちからもらった」

佳子「先輩……」


 と、相良を見る。

 相良、硬い表情でチラシを見下ろしている。


隼人「やっぱり、テニスサークルかな」

佳子「あのね、隼人……」

隼人「あと、それから」


 と、紙袋から「バイト情報」と書かれた雑誌を取り出す。


隼人「バイトもやらないと。大学生は色々と必要になるだろうし」

佳子「隼人」


 隼人、紙袋から更に雑誌を取り出す。表紙に、「学生アパート情報」と書かれている。


隼人「おじいちゃん、母さん」


 隼人、頭を下げる。

 相良と佳子、目を見開く。


隼人「お願い、独り暮らしさせて」

佳子「えっ!」

隼人「先輩の話を聞いて、やっぱり、大学に近いところに住んだほうがいいって」


 呆然とする、相良と佳子。


隼人「生活費は自分で稼ぐから」

佳子「隼人……」

隼人「お願いします」

佳子「ねえ……」

隼人「たまにはちゃんと帰ってくるから」

佳子「そうじゃないの」

隼人「どうしても、だめ?」

相良「隼人」


 隼人と佳子、相良を見る。


相良「お前を大学には行かせられん」

隼人「今、なんて?」

相良「お前は大学に行かず、俺の仕事を継ぐんだ」


 隼人、驚いた顔になる。


隼人「何を今更、受かったら大学行って良いって言ってくれたのに」

相良「そう、だったな……」

隼人「どうして?」


 相良、硬い表情。


隼人「金? だったらバイトで稼ぐから」

相良「……」

隼人「独り暮らしも諦めるから」

相良「……」

隼人「ずっと行きたかった大学なんだよ。建築の有名な先生もいて……」

相良「……」

隼人「母さん」


 と、佳子を見る。

 佳子、顔を背ける。


相良「金の問題じゃない」

隼人「じゃあ……店のこと」


 相良、うなずく。


相良「百年続いたこの店、俺の代で潰すわけにはいかん」

隼人「だったら、どうして受かったら大学行って良いなんて言ったの」


 相良、苦しそうな表情で視線を逸らす。


相良「お前が稲田に合格するなんて……思ってなかった」


 隼人、ハッとする。

 相良、うつむいている。

 隼人、佳子を見る。

 佳子、手で顔を覆う。


佳子「ごめんなさい」


 隼人、立ち上がり、テーブルに置かれたチラシや雑誌を握りしめて、振り上げる。

 隼人、歯を強く噛み締める。

 紙袋に書かれた稲田大学のマークが見える。

 隼人、上げた手をゆっくりと下ろし、

 チラシ等をテーブルに戻す。

 隼人、肩を落として居間から出ていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る