第16話 図書室の微笑み

人物表

 影山遊太(14) 中学生

 黒岩大我(14) 中学生

 浦本静音(14) 中学生

 江川俊平(35) 教師

 雪島典子(45) 司書



◯東中学校・図書室の書庫(夕方)


 書棚に本を片付けている影山遊太(14)。

 影山から少し離れたところで、浦本静音(14)。が、一つ一つの本を吟味しながら片付けている

 影山、静音の姿を盗み見ている。

 静音、一冊の本を手に取り、じっと見つめる。


影山「(小声で)その本……」


 静音、真剣な表情で本を見つめたまま。

 影山、肩を落とす。



◯同・図書室(夕方)


 壁に9月のカレンダー。

 雪島典子(45)がカウンターで書類の整理をしている。

 静音、数歩遅れて影山がやってくる。


静音「整理終わりました」

典子「二人ともありがとう。助かった」

静音「これ、借りていいですか?」


 と、古い本をカウンターに置く。


典子「またマニアックな本を見つけたね」


 と、本を受け取る。

 典子、バーコードを確認しながら、


典子「ところで、後期の係はどうするつもり?」


 影山と静音、小首を傾げる。


典子「また図書委員になってくれると嬉しいな。あなた達、特に仕事熱心だから」

静音「私も続けたいです。楽しいですから」

影山「(小声で)えっと、僕も……」


 典子は笑顔で、静音を見て、


典子「やった。浦本さん、期待してるから」


 と、本を静音に渡す。

 影山、うつむく。

 静音、会釈して図書館を出ていく。


典子「影山くん」


 影山、びくりと背中を震わせる。


影山「はっ、はい」

典子「君も何か借りていく?」

影山「えっ、あっ、はい」


 と、早足で本棚へ向かう。

 典子、にこにこ笑いながら、影山の背中を見る。



◯同・二年二組教室内


 黒板の一番右端に「10月2日」。その横に「後半期係決め」と書かれ、係名と名前が羅列されている。

 教壇に江川俊平(35)が立っている。

 教室一番後ろの隅の席に、影山が座っている。


江川「じゃあ次は図書委員だな。立候補はいるか?」


 前方の席にいる静音が手を挙げる。

 影山、悩ましげな表情で、黒板と、静音と、自分の手を交互に見つめる。


江川「浦本か。他は?」


 影山、目をギュッと閉じて、手をぐっと握りしめる。

 影山、ゆっくりと手を挙げる。


黒岩の声「(大声で)はいっ!」


 江川、声がした方へ向く。

 影山も目を開けて、声の方へ向く。

 黒岩大我(14)が、手を大きく振っている。


黒岩「俺も立候補する」


 静音、無表情のまま黒岩を一瞥する。

 影山は、目を丸めて、黒岩を見つめる。

 江川、驚いた表情で、


江川「黒岩、今なんの係決めてるのかわかってんのか?」

黒岩「図書委員でしょ、先生」

江川「本の整理整頓とか、お前できるのか?」

黒岩「馬鹿にするなよ、俺ん部屋の漫画本、綺麗に本棚に並んでんだから」


 教室から笑いが起こる。

 黒岩も笑う。

 目を丸くしたまま固まっている影山。


江川「まあいい。浦本と黒岩か」


 江川、影山を見る。


江川「ん? 影山、お前も手を挙げてるのか?」


 影山、手を頭くらいまで中途半端に上げている。


影山「えっ、えっと……」


 影山周囲を見渡す。

 黒岩がむすっとした表情で、影山を見ている。

 影山の手が、わずかに下がる。

 静音が無表情で影山の方を見ている。

 影山、唇をきつく結んで、すっと手を挙げる。


影山「はい」

江川「三人か。枠は二人だから一人辞退してもらわんとな」

静音「じゃあ私、辞退します」


 影山、口をぽかんと開く。


江川「そうか。なら影山と黒岩で決まりだな」

黒岩「(大声で)ちょっと待ってくれ!」

江川「なんだ、黒岩」

黒岩「係は男子と女子で一人ずつじゃないんですか?」

江川「別に、そう決まってるわけじゃないが」

黒岩「でも、男子女子偏りなく平等ってのがポリコレ的にも正しい姿でしょ」


 江川、呆れた表情を浮かべる。


江川「何言ってんだ、黒岩。まさか、浦本と同じ係になりたいのか?」


 影山、顔を伏せる。


黒岩「そ、そんなわけないっしょ」


 教室、笑いが起こる。

 黒岩、焦った様子で静音を見て、


黒岩「浦本だって、本当は図書委員がやりたいんだろ?」


 静音、無表情で黒岩を見る。

 黒岩、江川に向かって、


黒岩「ほら、浦本はそうだって」

江川「何も言ってないだろ」

黒岩「先生は生徒の気持ちがわかってない」


 江川、ムッとした表情で、


江川「なんだと?」

黒岩「とにかく、ここは俺と影山で話をつけるんで」


 影山、驚いた顔で黒岩を見る。


黒岩「影山、ちょっと来い」


 影山、唾を飲み込む。



◯同・廊下


 黒岩と影山が向かい合っている。


黒岩「頼むから、辞退してくれねえかな」


 影山、視線を落としている。


黒岩「俺、どうしても図書委員になりてえんだ」

影山「僕だって……」

黒岩「どうしてだよ?」

影山「それは……本が好きだから」

黒岩「本好きがみんな図書委員になるわけじゃねえだろ」

影山「そうだけど」

黒岩「じゃあ、別の係でもいいだろ」

影山「他にやりたいものもないし」

黒岩「みんな、やりたい係なんてねえよ」


 黒岩、影山をにらむ。

 影山、怯むも、視線は黒岩へ向けたまま。

 チャイムの音がする。


黒岩「お前、思ったより強情なんだな」


 と、足をゆする。


黒岩「まさか影山も、浦本のこと狙ってんのか?」


 影山、表情がこわばる。


黒岩「おい、どうなんだよ!」

江川の声「お前たち、まだやってるのか?」


 影山と黒岩が振り返る。江川が立っている。


江川「あとは図書委員だけだぞ」

黒岩「今決めますって」


 黒岩、影山を見て、首を振る。


黒岩「わかった。じゃんけんで決めるぞ」

影山「えっ?」

江川「最初から、そうすれば良いだろ」

黒岩「行くぞ。恨みっこなしだ」


 黒岩、拳を握る。


黒岩「じゃんけん!」


 と、手を伸ばす。

 影山、慌てて手を出す。



◯同・図書室(夕方)


 貸し出しカウンターに典子がいる。

 影山がやってきて、数冊の本を置く。


影山「貸し出し、お願いします」


 典子、本に貼られたバーコードを確認していく。


典子「影山くんも図書委員になると思ってたんだけどな」


 影山、うなだれる。


影山「すみません」


 典子、目を丸くして、


典子「別に怒っているわけじゃないのよ」

影山「僕も本当は……」


 と、グーの形にした拳を見つめる。


典子「私としては、浦本さんと良いコンビだって思ってたんだけど」


 と、視線を書棚の奥へ向ける。影山も視線を向ける。

 静音、本棚を片付けている。

 その奥で、黒岩があくびをして突っ立っている。

 影山、視線が下がっていく。

 静音、手を止めて、影山を見ると、手を振って微笑む。

 影山、息を大きく吸い込むと、出口に向かって早足で歩き出す。


典子「影山くん、本は?」


 影山、振り返らず出ていく。



◯同・廊下(夕方)


 夕陽に照らされた廊下。

 影山、両手を胸の前でぐっと握ると、廊下の奥へ駆け出していく。

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