第15話 寂しい夜

人物表

 川上峰子(45) 俳優

 臼井芳恵(44) 家政婦

 東山博和(30) 峰子のマネージャー

 土田昌治(59) 芸能事務所社長


 監督

 助監督


◯撮影所・スタジオ


 室内セットの中で、川上峰子(45)が笑顔で、男性俳優を見ている。


監督の声「カット! オッケーです」


 峰子、真顔になる。


助監督の声「今日の撮影は終了です。おつかれさまでした」


 峰子、早足でセットから出ていく。

 東山博和(30)がやってくる。


東山「おつかれさまでした。今日も良かったと思います」

峰子「そう」

東山「今日はこれで終わりですが、どうしますか?」

峰子「帰るわ、送って」


 峰子、スタジオから出ていく。東山、後を追う。



◯ガーデンパレス・外観(夕方)


 綺麗な高層マンション。

 地下駐車場に、自動車が入っていく。



◯同・地下駐車場(夕方)


 自動車が停止する。



◯同・同・車内(夕方)


 後部座席に峰子、運転席に東山。

 東山、峰子に振り返って、


東山「明日も8時に迎えにきます」


 峰子、身を乗り出し、東山に口付けする。

 東山、峰子の肩に手をまわす。


峰子「不自由ね」

東山「仕方ない、夫持ちの大女優様だから」

峰子「その夫は今、どこで何してるやら」

東山「地方で撮影中だろ」

峰子「さてね。とにかく、今家には誰もいないわけ」

東山「まだ仕事が残ってるだ」

峰子「いいじゃない、そんなの」


 峰子、唇を近づけるが、東山は距離をおく。


東山「そういうわけにはいかない」

峰子「私とどっちが大事なの?」

東山「困らせないでくれ」


 と、前を向く。

 峰子、悲しい表情で、


峰子「もういいわ」


 と、自動車から出る。

 乱暴に自動車のドアを閉める。



◯同・川上家・玄関(夕方)


 鍵の開く音。

 扉が開く。峰子が入ってくる。

 玄関に薄汚れたスニーカー。


芳恵の声「ああ、奥様」


 廊下の奥から、エプロン姿の臼井芳恵(44)がやってくる。


峰子「あれ、芳恵さん? 今日お願いしてたっけ?」

芳恵「はい」

峰子「すっかり忘れてた」

芳恵「掃除は終わりましたが、まだ食事の方が。遅くなって申し訳ございません」


 芳恵、頭を下げる。


峰子「気にしないで、たまたま早く終わっただけだから。とりあえず着替えてくるわ」


 と、奥の部屋へ向かう。



◯同・同・LDK(夜)


 キッチンで、芳恵が作業している。

 着替えた峰子が入ってくる。

 ダイニングテーブルに料理が並んでいる。


峰子「いつも助かるわ」

芳恵「これが仕事ですから」

峰子「すごいわ。綺麗に掃除してくれるし、料理も上手だし、細かいところにも気がきくし」

芳恵「ありがとうございます」

峰子「私だけだったらとてもこんな広い家、維持できない」

芳恵「仕方ないですよ、奥様はテレビのお仕事でお忙しいですから」

峰子「役じゃ円満家庭の有能主婦、でも現実は、家事はからきしダメ、家庭だって崩壊寸前。笑っちゃうわね」


 芳恵、峰子の近くにやってくる。


芳恵「いつも通り、料理の残りは冷凍庫に入れてあります。本日はこれで」

峰子「ありがとう」


 と、壁の時計を見る。六時過ぎ。


峰子「ねえ、芳恵さん。まだ時間ある?」

芳恵「何か用事でしょうか?」

峰子「ううん。良かったら少し付き合ってくれない?」


 と、ダイニング壁側にある小型ワインセラーの前へ向かう。


芳恵「はあ?」


 と、目で峰子を追う。


峰子「いつも助けてもらっているから、たまにはお礼がしたいの」


 峰子、ワインセラーからワインボトルを取り出す。


峰子「一緒にどう?」

芳恵「それ、旦那様のワインでは?」

峰子「いいのよ、ほとんど家に帰ってこない奴のことなんて」


 と、ワインボトルをにらむ。

 芳恵、微笑んで、


芳恵「わかりました。私でよければお付き合いいたします」


 と、うなずく。



◯同・同・同(夜)


 テーブルに、空になったワイングラスが置いてある。

 赤ら顔の峰子と、顔色の変わっていない芳恵が座っている。

 峰子、ニコニコ笑っている。


峰子「……それで、監督が犬に追いかけまわされて、出演者もスタッフも大爆笑」


 芳恵、くすくすと笑う。


芳恵「そんな面白いことがあったんですね」

峰子「あの時は本当に楽しかったわ。旦那と出会ったのもその頃」


 と、空のワインボトルを弄ぶ。


峰子「どうして、こうなっちゃったのかしら……」


 峰子、薄暗い、リビングへ目を向ける。


峰子「こんな広い家で一人は、寂しいわ」

芳恵「奥様……」

峰子「ごめんなさい、変な話ししちゃって」


 玄関からインターホンの呼出音が鳴る。

 峰子と芳恵、壁掛け時計を見る。八時過ぎ。


芳恵「誰でしょうか? こんな時間に」

峰子「あ、私が出るわ」


 と、立ち上がる。


峰子「今日は引き止めちゃってごめんなさい」

芳恵「いえ、大丈夫です」

峰子「でも、あなたと話せて良かった。よければまた付き合ってくれない?」

芳恵「もちろんです、奥様。私も奥様と話せて楽しかったです」

峰子「ありがと」


 と、笑う。

 インターホンの呼出音。


峰子「今行くわ」


 と、玄関へ向かう。


芳恵「テーブルだけ、片付けておきますね」

 と、出ていく峰子、後ろ姿を見る。



◯同・同・玄関(夜)


 テレビドアホンの前に、峰子が立っている。

 モニターに、マンションエントランスに立つ東山が写っている。


峰子「東山くん……」

東山の声「仕事、思ったより早く終わったんだ。……入っていい?」


 峰子、リビングの扉を一瞥して、


峰子「もちろん」


 峰子、微笑んで、開錠ボタンを押す。



◯撮影所・スタジオ


 峰子、室内セットの内で座っている。


監督の声「カット! オーケーです」


 峰子、立ち上がり、セットから出て、周囲を見渡す。

 峰子の横を助監督が通り過ぎようとする。


峰子「ねえ、私のマネージャーは?」

助監督「えっと……、見てないですね」

土田の声「おい」


 土田昌治(59)がやってくる。


峰子「社長?」


 土田、むすっとした表情。


峰子「あの、東山くんは?」

土田「それより、ちょっと来い」


 土田、峰子を連れてスタジオを出る。



◯同・廊下


 土田が厳しい表情で峰子を見ている。


土田「これ、どういうことだ?」


 と、紙を峰子に突き出す。


土田「週刊誌の知り合いから教えてもらった」


 峰子、紙を見る。大きく、「川上峰子、不倫」と書かれている。

 目を丸くする峰子。

 紙に「相手はマネージャー」「夜の自宅密会」と書かれている。

 峰子の手が震える。


峰子「これは……?」

土田「聞きたいのはこっちだ、これは本当のことなのか?」


 峰子、再び紙に目を向ける。「家政婦の証言」という文言に目を止める。

 峰子、唇をきつく結ぶと、紙を強く握りしめる。

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