第13話 大根事変

人物表

 小此木美保(31) 会社員

 小此木洋司(30) 美保の夫

 柴田努(40) 会社員


 宅配業者


◯三島商事・事務所


 スーツ姿の小此木美保(31)が、席に座って、PCを操作している。

 美保の席に柴田努(40)がやってくる。


柴田「これ、週明けまでにお願い」


 と、席に資料の束を置く。


美保「えっ!」


 柴田、申し訳なさそうな表情で、


柴田「来週の会議で必要なんだ、頼んだよ」


 美保、肩を落とす。



◯ミツワアパート・エントランス(夜)


 スーツ姿の美保が、疲れた様子で歩いてくる。



◯同・小此木家・LDK(夜)


 カッターシャツ姿の小此木洋司(30)がキッチンで、料理をしている。

 ドアが開いて、美保が入ってくる。


小此木「おかえり」

美保「ただいま」


 と、ダイニングテーブルに並んだ料理を見て、


美保「ごめんね、洋司くん」


 小此木、ダイニングへ移動しながら、


小此木「良いよ、良いよ」

美保「洋司くんだって、忙しいでしょ?」

小此木「困ったときはお互い様。さっ、食べよ」


 小此木、テーブルに座る。

 美保、申し訳なさそうな表情で、テーブルに座る。


美保「仕事が落ち着いたら、ちゃんと作るから」

小此木「期待してる」


と、笑う。



◯同・同・同


 部屋着姿の美保、リビングテーブルで、PCを前にして、難しい顔をしている。

 インターフォンの音。

 美保、PCに視線を向けたまま、


美保「洋司くん、お願い」


 遠くで掃除機の音。

 再び、インターホンの音。


美保「はいはい、今行きますよ」


 と、立ち上がる。



◯同・同・玄関


 美保、玄関扉を開ける。

 段ボールを抱えた宅配業者が立っている。


宅配業者「お届け物です」

美保「ありがとうございます」


 と、段ボールを受け取る。

 送り主に「小此木純子」と書かれている。

 美保、険しい表情になる。



◯同・同・LDK


 リビングテーブルに置かれた段ボールを前に、美保が立っている。

 小此木が入ってくる。


小此木「ごめん、気づかなかった」


 と、段ボールを見て、


小此木「誰から?」

美保「お義母さんからよ」

小此木「へえ」


 と、段ボールに近寄り、開ける。

 小此木、段ボールから大根を取り出す。

 美保、目を丸くして、


美保「大きい。それ、実家で採れたの?」

小此木「そうだろうね」


 と、段ボールから手紙を取り出す。


美保「なんて書いてあるの?」

小此木「ただの近況報告。たくさん採れたから大根はお裾分けだって」


 美保、小此木から大根を受け取る。


美保「せっかくだから、これで、何か作りたいけど」


 と、テーブルに置かれたPCを見る。


小此木「無理しないで。仕事を優先して」

美保「うん、そうね……」


 と、小此木が持っている手紙を覗き込む。

 手紙に「ご飯、ちゃんと食べてますか?」という文言が書かれている。

 美保、息を呑む。


小此木「どうしたの?」

美保「べ、別に」


 と、大根を見る。


美保「やっぱり、今日の夜はこれで何か作る」

小此木「大丈夫?」

美保「ええ」


 と、大根を強く掴む。



◯スーパーマーケット(夕方)


 美保、スマホ片手に、買い物カートを押している。

美保「ああは言ったものの……、大根ってどう使えば良いんだっけ?」


 と、スマホのレシピサイトと、陳列棚を交互に見る。

 棚におでんセットが置いてある。


美保「まあ……、無難よね」


 スマホからLINEの通知音。

 美保、スマホを見る。

 送り主欄は「義母」。具沢山なおでんの写真と、「大根の使い方、参考にしてください」とメッセージ。

 美保、むっとして、棚から去っていく。



◯ミツワアパート・小此木家・LDK(夜)


 美保、キッチンで、大根を切っている。

 切れた大根はふぞろい。

 美保、煮だった鍋に、切った大根を勢いよく入れる。

 鍋の汁が飛び跳ね、美保の手に当たる。


美保「熱っ!」


 と、手をさする。



◯同・同・同(夜)


 ダイニングテーブルに、美保と洋司が座っている。

 テーブルに、ぶり大根がある。

 小此木、ぶり大根を覗き込んで、


小此木「美味しそう」


 美保、自慢げに、


美保「私だって、やるときはやるのよ」

小此木「いただきます」


 と、ぶり大根に箸を伸ばそうとする。


美保「ちょっと待って」


 と、スマホを取り出す。


美保「せっかくだから」


 と、ぶり大根を撮影する。



◯同・同・同(夜)


 空になったぶり大根の器。

 美保、ダイニングテーブルに座ってスマホを見ている。

 LINEの画面。相手は「義母」。送信入力メッセージ欄には、ぶり大根の写真。

 美保、送信ボタンを押し、ほくそ笑む



◯三島商事・事務所


 美保、疲れた表情で、柴田に書類を渡す。

柴田「申し訳ないね、大変だったでしょ」

美保「これよりも、嫁の沽券に関わる問題がありまして」

柴田「はあ?」


 と、首を傾げる。



◯ミツワアパート・小此木家・LDK(夜)


 壁の時計が9時を指している。

 ダイニングテーブルに、パックに入った惣菜が置いてある。

 スーツ姿の美保と小此木が、テーブルに座っている。


美保「ごめんね、やっぱり平日はこんなものしか用意できなくて」

小此木「しようがないよ、お互い働いてるんだから」

美保「そう言ってくれるだけで助かる」


 玄関チャイムの音。


美保「何? こんな夜遅くに」


 と、立ち上がる。



◯同・同・玄関(夜)


 美保、玄関扉を開ける。

 段ボールを持った宅配業者が立っている。


宅配業者「お届け物です」

美保「ごくろうさま」


 と、段ボールを受け取る。

 送り主に「小此木純子」と書かれている。

 美保、目を見開く。



◯同・同・LDK(夜)


 リビングテーブルに置かれた段ボール。

 美保、段ボールを開ける。

 中には、手紙と三本の大根。

 美保、唖然として、


美保「なに、これ?」

小此木「大根だろ」

美保「わかってるわよ。この前送ってくれたばかりでしょ?」


 小此木が、手紙を取り出す。


小此木「なになに……、ぶり大根美味しそうですね。大根はまだまだあるので、いろんな料理を洋司に食べさせてやってください、だって……」

美保「ちょっと見せて」


 と、小此木から手紙をひったくる。


小此木「美保ちゃん?」


 美保、手紙を見て、手を振るわせる。


美保「良いわ、やってやるわよ」


 と、大根を睨みつける。

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