第12話 子の心親知らず

人物表

 綱島大輝(17) 高校生

 綱島吾郎(45) 大輝の父親

 綱島みどり(30) 大輝の母親

 井上守(46) 高校教師

 水野駿(17) 高校生

 山下和人(17) 高校生


◯崎田高校・校庭


 色づき始めた銀杏。その奥にある校舎の時計が、12時過ぎを指している。

 チャイムの音。



◯同・廊下


 「三年五組」と書かれた札。

 学生鞄を持った生徒たちが、教室から出てくる。



○同・三年五組教室内


 綱島大輝(17)、席から立ち上がる。水野駿(17)と山下和人(17)が、大輝の元へやってくる。

 水野、大輝の肩に手をまわす。


水野「大輝も三者面談は明日だろ」

大輝「ああ」

水野「たまには息抜きで、遊びに行こうぜ」

大輝「悪い、これからバイトなんだ」

水野「えっ?」

大輝「じゃ、また明日」


 と、早足で教室を出ていく。

 水野、大輝の背中を目で追いながら、


水野「あいつのバイト、夕方からじゃなかったか?」

山下「三者面談の期間中、シフト追加したんだろ。がんばるねえ」

水野「それで、夜は受験勉強。体壊さないか?」

山下「しようがないよ。あいつの家、事情が事情だから」


 心配そうな表情で窓を見る、水野と山下。



◯同・校庭


 生徒たちが校門へ向かって、歩いている。

 大輝、早足で生徒を抜かしていく。



◯喫茶店・店内


 ウェイター姿の大輝が、テーブルを拭いている。

 店内奥のテーブルに、崎田高校の制服を着た高校生1と高校生2がいる。


高校生1「お前、東京の大学志望だっけ?」

高校生2「そうだけど?」

高校生1「一人暮らし? 親許してくれた?」

高校生2「家賃は出すって約束してくれた」


 大輝、学生たちを一瞥し、再びテーブルを拭き始める。



◯道路(夜)


 学生服姿の大輝が歩いている。

 枯れ葉が舞う。

 大輝、体をぶるっと震わせて、早足になる。



◯綱島家・玄関前(夜)


 平屋の古びた家の玄関前に、大輝が立っている。

 大輝、玄関扉に手を伸ばす。

 大輝の手が玄関扉に届く前に、扉が開く。

 ボサボサ頭にジャージ姿の綱島吾郎(45)の姿がある。


大輝「あっ」


 吾郎、あくびして、


吾郎「帰ってきたのか?」

大輝「こんな時間に、どこいくんだよ?」

吾郎「どこって……、決まってるだろ」


 吾郎、手で麻雀牌をひっくり返す仕草をして、ニヤリと笑う。

 大輝、吾郎を睨みつける。


吾郎「子どもは、風呂に入ってさっさと寝るんだぞ」


 と、大木の横を通り過ぎていく。

 大輝、拳を握りしめる。



◯同・大輝の部屋(夜)


 大輝、学生鞄を乱暴に勉強机に置く。

 学生服の上着を脱ぎ捨てて、勉強机に座る。

 大輝、机の前の壁を見る。

 「東京の大学に合格!」と書かれた紙が貼ってある。


大輝「あんな人間にだけは、絶対にならねえからな」


 大輝、鞄から教科書を取り出す。

 鞄から紙が一枚、滑り落ちる。

 大輝、紙を拾って広げる。

 紙には「保護者各位 三者面談のお知らせ」と書かれている。

 大輝、紙を握りつぶして、ゴミ箱に投げ入れる。



◯同・外観(夜)


 綱島家の一つの窓からだけ、明かりがついている。



◯同・大輝の部屋(夜)


 大輝、机で勉強している。

 勉強机にチョコバー。

 大輝、チョコバーを掴んで食べる。



◯同・居間(朝)


 箪笥の上に、綱島みどり(30)の遺影と位牌が置かれている。遺影の前に、チョコバーが供えられている。

 大輝、遺影に向かって手を合わせている。


大輝「行ってきます、母さん」


 と、居間を出ていく。



◯同・吾郎の部屋の前の廊下(朝)


 大輝、廊下を歩いている。

 吾郎のいびき声が聞こえてくる。

 大輝、足を止め、襖をそっと開ける。

 吾郎、布団の上で、涎を垂らして寝ている。

 大輝、舌打ちする。



◯崎田高校・三年五組教室


 大輝と井上守(46)が向かい合って座っている。

 井上、机に広げた資料を見ながら、


井上「今日、親御さんは?」

大輝「父はどうしても外せない用事があると言って……」

井上「三者面談の日程はかなり前に伝えてあるんだけどなあ。綱島くんのお父さんって今なんの仕事してるんだっけ?」

大輝「えっと……」


 井上、上目遣いで大輝を見る。


井上「もしかして、今日の三者面談のこと、伝えていない?」


 大輝、井上から視線を逸らす。


井上「いろいろ難しい年頃だってのはわかるけど、もう少しお父さんと話したほうがいいんじゃないのか」


 大輝、井上へ視線を戻して、


大輝「(力強く)必要ないです」


 井上、硬い表情で大輝を見つめる。


大輝「親父の力なんてなくても、俺はちゃんと大学へ行きますから」

井上「おまえの学力なんて誰も心配してないよ。でも、将来について、ちゃんとお父さんと話をしないと。たった二人の家族なら尚更だ」


 大輝、唇を噛む。



◯綱島家・大輝の部屋(夜)


 勉強机でシャーペンを持って宿題をしている大輝。

 机の隅にチョコバー。

 大輝、チョコバーに手を伸ばす。

 微かに玄関が開く音。


吾郎の声「(陽気な声で)大輝、今帰ったぞ!」


 大輝、シャーペンを動かし続ける。


吾郎の声「聞こえてるのか。お父さんが帰ってきたぞ」


 大輝、シャーペンをグッと握りしめる。


吾郎の声「大輝!」


 大輝、シャーペンを机に叩きつける。


大輝「うるせえな、もうっ!」


 と、立ち上がる。



◯同・玄関(夜)


 吾郎、真っ赤な顔で、座り込んでいる。

 大輝、足を踏み鳴らして、玄関にやってくる。


大輝「なんだよ、うるせえな」

吾郎「(呂律が回ってない)今日は勝ったから……、ほら、土産だ」


 と、大輝に向かって手を伸ばす。

 手にはチョコバーが握られている。

 大輝、吾郎の手を叩く。

 チョコバーが床に落ちる。


大輝「ふざけんなよ!」


 吾郎、眠そうな目で大輝を見上げる。


大輝「俺の邪魔ばっかりしやがって。誰のせいで、こんなに苦労してると思ってんだ!」


 吾郎、うなだれる。


大輝「お前なんて、俺の父親じゃねえ!」


 大輝、吾郎を睨みつける。

 吾郎のいびきが聞こえる。


大輝「何が話し合えだ。聞く気がねえのはあっちだろ」


 吾郎に背を向けて、歩き出す。


吾郎の声「(小声で)……ごめんな」


 ハッと振り返る大輝。

 吾郎、うつむいたまま。いびきが聞こえる。

 大輝、床に落ちたチョコバーを見て、ため息をつく


大輝「風邪ひいても知らねえからな」


 と、吾郎に近づき、体を抱え上げる。

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