第10話 理想の住処を求めて
人物表
照沼茂樹(35) 会社員
照沼真由美(35) 茂樹の妻
照沼貴史(9) 茂樹の息子
林原重隆(55) 不動産屋
◯山手線・線路(朝)
電車がひっきりなしに走っている。
◯同・電車内(朝)
半袖、マスク姿の大勢の客が、汗をかいて、ぎゅうぎゅう詰めになっている。
人混みの中に、照沼茂樹(35)が、立っている。額にはたくさんの汗。
車体が揺れる。
隣の人の鞄が照沼の脇腹を押す。
照沼、苦痛の表情で天井を見上げる。
「軽井沢 東京から一時間で、別世界へ!」と書かれた吊革広告がある。
照沼、広告をじっと見つめる。
◯カフェ・テラス席
マスクをつけた照沼が座っている。
テーブルにはノートパソコン。
モニタには、林原重隆(55)の顔が映っている。
林原の声「なるほどなるほど、それで、軽井沢への移住をご希望と」
照沼「ええ」
林原の声「よくわかります。このご時世ですから、移住を希望する人が多いんですよ」
照沼「そうなんですか。ただ、仕事は東京で続けたくて」
にこりと笑う林原の映像が映る。
林原の声「そんな照沼様に、軽井沢はうってつけですよ。夏は快適、自然は豊か、それなのに東京まで二時間かからないですから」
照沼「それは良いですね」
林原の声「自信を持ってお薦めできます。是非一度、遊びに来てください。いくつか物件も紹介できますから」
照沼「ありがとうございます」
照沼、笑顔で頭を下げる。
◯フジタハイツ・照沼の家・リビング(夜)
照沼と照沼真由美(35)が並んでソファーに座っている。
テーブルには、ノートパソコンが置かれている。
真由美は、唖然とした表情で照沼を見ている。
真由美「冗談でしょ」
照沼、まじめな表情で、
照沼「本気だよ」
真由美「信じられない!」
照沼「どうして?」
真由美「今の生活どうするの」
照沼「仕事はもちろん続けるよ」
真由美「あなたの会社、テレワーク制度なんて、あったっけ?」
照沼「ないよ。でも、東京まで意外と近いらしいんだ」
真由美「私はどうするのよ。それに貴史の学校も」
照沼「自然豊かで、空気も綺麗で、ここよりずっと環境がいいさ」
真由美、ため息をつく。
真由美「無理よ、いきなり田舎に引っ越すなんて」
照沼、ノートパソコンを真由美の方へ押しやる。画面には軽井沢プリンスショッピングプラザの画像。
照沼「生活はそれほど不便だと思わなけけど」
真由美「それは、観光向けでしょ。生活するとなると話は別よ」
照沼「でも、観光地に住むって、テンション上がらないか?」
真由美「……」
照沼「軽井沢に住むって、なんかセレブな感じがするじゃないか」
と、ノートパソコンを操作する。
真由美、ノートパソコンへ視線を向ける。
洒落た建物と、楽しそうにテニスをする男女の画像などが映っている。
真由美「そう……ね」
照沼、にやりと笑う。
照沼「次の休みに不動産屋と会う約束をしたんだ。観光ついでに話を聞いてみよう」
◯新幹線内(朝)
ほぼ満員の車内。
座席で寝ている照沼。
観光ガイドを熱心に見ている真由美。
黙々と携帯ゲームで遊んでいる照沼貴史(9)。
◯軽井沢駅・駅前
軽井沢駅に掲げられた「軽井沢駅」の看板。
◯旧軽井沢銀座
観光客で賑わう街並み。
真由美、観光ガイド片手に、嬉しそうにお店を指差す。
照沼、笑顔で両手にカレーパンを持っている。
つまらなそうな表情の貴史。
◯三笠通り
高い木々の間から、所々にお洒落な別荘の建物が見える。
真由美と照沼、目を輝かせながら歩いていく。
その後ろをとぼとぼとついていく貴史。
◯レストラン・店内
照沼と真由美と貴史がテーブルに座っている。
真由美「本当、良いところね」
照沼「来てよかっただろ」
真由美「ええ。貴史もそう思うでしょ」
と、貴史を見る。
貴史、むすっとしている。
照沼「人が多いのが嫌か?」
貴史、むすっとしたまま。
真由美「そのうち慣れるわ」
と、照沼を見て、
真由美「それで、不動産屋はどこにあるの?」
照沼「ちょっと待って」
と、ポケットからスマホを取り出す。
◯中軽井沢駅・駅前
普通の住宅街。
照沼、真由美、貴史が立っている。
真由美の目が点になっている。
真由美「ただの田舎町、ね」
照沼「そうだな……」
と、不安そうな顔をする。
◯林原不動産・外観
「林原不動産」の年季のある看板。
◯同・店内
照沼、真由美、貴史が席に座っている。対面には林原が座っている。
林原「本日はようこそおいでくださいました。軽井沢はいかがですか?」
照沼「ええ、涼しくて、快適ですね」
林原「そうでしょうとも、日本有数の避暑地ですからね」
照沼「それで、移住について……」
林原「ええ、ええ。しっかりサポートさせていただきますので、ご安心ください」
真由美「住むところって、具体的にはどこですか?」
林原「そうですよね、気になりますよね。ご安心ください。ご予算に合う物件も探してあります。ここからすぐ近くですよ」
真由美「(呟く)近く……」
照沼「ここって、軽井沢ですよね?」
林原「もちろんですとも。長野県北佐久郡軽井沢町です」
真由美「随分、イメージと違うような」
林原「この辺りは、地元住民の居住地で、旧軽井沢とは雰囲気は違いますね。でも、もう少し北へ行けば、教会とか温泉とか、人気スポットもありますよ」
真由美「はあ……」
と、表情をひきつらせる。
照沼「本当にここから、東京まで通勤できますか?」
林原「もちろんですとも。大勢通ってらっしゃいます」
照沼「新幹線なら二時間かからないでしょうけど、ここから新幹線の駅まで、どうやって行けば」
林原「電車もバスもありますよ」
照沼「でも、ここへ来るときに時刻表見たんですが、本数が」
林原「まあ、都心に比べれば少ないでしょう」
照沼「寝坊は、できないな」
林原「規則正しい生活ができると思えば、むしろ健康的ですよ」
と、笑う。
照沼「はあ……」
と、表情をひきつらせる。
林原「通勤もそうですが、生活のことを考えれば、車は必須でしょう。免許はお持ちで?」
照沼「一応ありますが、ペーパーでして……」
真由美「私も……」
林原「大丈夫です、運転なんてすぐに慣れますよ。ただ、シカやクマとの衝突には気をつけてください」
照沼と真由美、ぞっとした表情で顔を見合わせる。
林原「じゃあ、物件を案内いたします」
と、腰を浮かせる。
照沼、焦った表情で、
照沼「ええっと……」
貴史「(呟くように)僕、もう帰りたい」
照沼と真由美、貴史を見る。
貴史、眠そうな表情。
照沼、ホッと表情が緩んで、
照沼「そうだな」
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