第9話 ダム男とグルメ女
人物表
北浜静香(25) 会社員
山部勇人(25) 会社員
本間優作(32) 会社員
本間敬子(32) 本間の妻
◯東町アパート・静香の部屋(夜)
パジャマ姿の北浜静香(25)がベッドに寝転がって、スマホを見ている。
待ち受け画面には、静香と山部勇人(25)のツーショット。スマホ画面の時計は0時過ぎを指している。
静香、ブラウザのアイコンをタップする。検索フォームに「南山湖 ジビエ おすすめ」と入力する。
検索結果が多数表示される。
静香はニヤニヤしながら、スマホを操作する。
◯同・駐車場
晴天。太陽は高く登っている。
自動車の横に、山部勇人(25)が立っている。
山部はイラついた表情で、腕時計と、アパートの建物を交互に見ている。
静香が、息を切らせて、山部の元に駆け寄ってくる。
静香「ごめん!」
山部「何時だと思ってるんだ」
静香「寝坊しちゃった」
と、手を合わせて山部に頭を下げる。
山部「時間がない、急げ」
と、自動車の運転席のドアを開けて、乗り込む。
静香も、助手席のドアを開けて、乗り込む。
自動車が急発進する。
◯高速道路
山部の自動車が、物凄いスピードで次々と車を追い越していく。
◯山部の自動車・車中
山部、ハンドルを握っている。
助手席の静香、心配そうな様子で山部を見る。
静香「安全運転で走ってよ」
山部「急がないと間に合わないんだ」
静香「えっと、なんだっけ。行き先のダム」
山部「南山ダム」
静香「その、南山ダムの放流ってそんなに貴重なの?」
山部「あそこのダムの放流は不定期で、今日を逃したら今度はいつ見られるかわからないんだ」
静香「はぁ」
と、呆れた表情を浮かべる。
山部「俺、ずっとこの日を楽しみにしてたんだからな」
静香、助手席ドアの窓へ目を向ける。
静香「まあ良いけど。終わったら、ジビエ料理のお店に連れてってよね」
山部「放流の後でな」
と、アクセルを踏む。
◯南山湖・駐車場
ほぼ満車の駐車場。
山部の自動車が入ってきて、停止する。
山部と静香が出てくる。
山部「ギリギリ間に合った」
と、上り坂を駆け登っていく。
静香「ちょっと! もう」
不満げな表情を浮かべ、上り坂を歩き始める。
◯同・ダム
ダムから大量の水が放出されて、虹ができている。
◯同・ダム展望台
大勢の人々が集まっている。
静香が展望台にやってきて、ぎょっとする。
静香「うそ、こんなに人がいるの」
と、周囲を見渡しながら歩く。
静香「勇人、どこに行ったの?」
静香、立ち止まる。
静香の近くに本間優作(32)と本間敬子(32)がいる。
敬子はスマホを見ている。
本間がダムを指を差す。
本間「おおっ、凄い」
敬子、スマホから顔を上げる。
敬子「ああ、本当。綺麗」
静香、つまらなそうな表情で、放流中のダムを見る。
静香「水が流れてるだけじゃん。あっ」
前方に、山部がいる。
山部はスマホカメラで、ダムの写真を撮りまくっている。
静香、足を止めて、表情をひきつらせる。
◯同・ダム
ダムからの放流が止まる。
◯同・駐車場
山部と静香が並んで歩いている。
山部はニコニコしている。
山部「凄かったなあ! 静香もそう思うだろ」
静香「うっ、うん……」
山部「今度は、平山岳のダムでも放流があるから、また行こう」
静香「それよりもジビエ料理食べに行こうよ」
山部、表情が固くなる。
山部「ああ、そうだったな」
静香「近くに気になってた店があるの」
と、軽い足取りで自動車へ向かう。
◯同・休憩所
窓からダム湖が見える寂れた休憩所。
店員が、テーブルにラーメンが二杯を置く。
静香は、愕然とした表情でラーメンをじっと見つめる。
山部は、ラーメンをすすり始める。
静香「どうして……」
山部「しようがないだろ、あの店、品切れだったんだから」
静香「でも、こんな寂れた店のラーメンじゃなくてもいいじゃない。ジビエの店は他にもあるんだし」
山部「別に良いだろ。腹ペコだったんだし。ここのラーメンだって美味いぞ」
静香、ラーメンを食べる山部をじっと見つめる。
静香「(小声で)何よ、自分ばっかり」
山部、箸を止めて、静香を見る。
山部「なんだよ?」
静香「私だって楽しみにしてたんだから。
もっと真剣に探してくれても良いじゃない」
山部「誰が車を出してるんだと思ってるんだ? そもそも静香が遅れたのが悪いんだろ」
静香「そうだけど、……でも」
山部、席を立つ。
山部「(ぶっきらぼうに)トイレ」
と、去っていく。
静香、山部背中を目で追う。
静香「はあ」
と、頭を抱える。
静香「私のバカ」
本間と敬子が入ってきて、席に座る。
本間「付き合ってもらって、悪かったな」
敬子「大丈夫」
本間「退屈じゃなかったか?」
敬子「ううん。思ったよりもずっと楽しかった。ダムの放流って、あんなに凄かったのね」
本間「雨が多くて、水位が高かったから。格別だよ」
敬子「へえ」
本間「良い時に来れた。ラッキーだ」
静香、本間と敬子をじっと見ている。
敬子「そうそう、今度宝塚のお芝居があるの。一緒に行く?」
本間、考え込むような表情で、
本間「宝塚か……」
敬子「嫌?」
本間「うーん。そうだな、物は試しだ、行ってみるか」
敬子「嬉しい」
山部が戻ってくる。
静香、視線をテーブルに戻す。
山部、席に座り、ラーメンを食べはじめる。
静香「ねえ、勇人」
山部、麺をくわえた状態で、視線だけを静香に向ける。
静香「今度はどこのダムに行きたいって、言ってたっけ?」
山部、静香に視線を向けたまま、麺をすすり切る。
山部「平山岳だけど」
静香「どういうところ?」
山部、箸を置く。
山部「かなり古いダムだけど、形が独特で味わい深いんだ」
静香「へえ、そうなんだ。どのあたりが見どころなの」
山部、にこりと笑って、
山部「たくさんある。今度ゆっくり教えてやるよ」
静香、微笑んで、
静香「楽しみ」
山部、頭を下げる。
山部「さっきは悪かった。今度はちゃんと店を探すよ」
静香「私の方もごめん。私だって勇人にジビエの良さを教えてあげたいの」
山部「うん、楽しみだ」
静香「奥は深いよ」
と、ラーメンをすすり始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます