第8話 クリスマスショーウィンドウ

人物表

 千田俊雄(58) 玩具屋店主

 千田悦子(58) 千田の妻

 宮野航(10) 小学生

 宮野純香(8) 航の妹

 宮野仁美(37) 航の母

 山下誠(66) 商店街会長



◯千田玩具店・店前(夕方)


 買物客で賑わうアーケード街。

 千田玩具店の看板。

 店のショーウィンドウ内、たくさんの人形や玩具が置かれている。

 ガラスに「メリークリスマス」の文字が貼られている。

 店から少し離れたところに、千田俊雄(58)が立っている。ショーウィンドウを見つめ、満足そうにうなずく。

 買い物袋を持った、宮野航(10)が店前にやってくる。

 航、店前で足を止め、ショーウィンドウへ向く。

 ショーウィンドウ内に置かれた、15センチくらいのクマのぬいぐるみ。

 航、ガラスに額を押し付けて、物欲しそうな目でぬいぐるみを見つめる。

 千田が航に近づいてくる。


千田「男の子なら、あっちの方が良いんじゃないか?」


 と、ショーウィンドウ内を指差す。

 戦隊ヒーローのロボットが置かれている。

 航、千田を見上げる。

 千田、笑みを浮かべる。

 航、走り去ってしまう。


千田「あれ?」


 と、困惑顔で、航の背中を見る。

 千田悦子(58)が店から出てくる。


悦子「あなた、あれはダメよ」

千田「どうして?」

悦子「今の子どもの興味はいろいろ複雑なのよ」


 千田、首を傾げ、


千田「はあ?」

悦子「本当に、あなたって古いわね」


 と、アーケードの出口の方を見る。


悦子「でもあの子って、宮野さんの所の長男よね。大丈夫かしら」

千田「大丈夫って、何が?」


 悦子、険しい表情になる。


悦子「たしか、あそこの旦那さん……」



◯宮野家・居間(夕方)


 薄暗い室内。

 宮野仁美(37)がテーブルで缶ビールを飲んでいる。

 航が入ってくる。


航「(小声で)ただいま……」


 仁美、航を一瞥するが、缶ビールを口につける。

 奥から、純香のすすり泣く声が聞こえてくる。

 航、早足で奥へ行く。


◯同・航と純香の寝室(夕方)


 宮野純香(8)が、部屋の隅で、うずくまって泣いている。片方の手で、ボロボロのクマのぬいぐるみを強く握っている。

 航が駆け寄る。


航「純香」


 純香が顔を上げる。頬が赤く腫れ上がっている。


純香「お兄ちゃん」


 と、航に抱きつく。

 航、純香を抱き返す。


仁美の声「(怒鳴って)うるさい!」


 航、居間の方を睨みつける。



◯千田玩具店・店前(朝)


 千田、店のシャッターを上げる。

 山下誠(66)が通りかかる。


山下「よう、おはよう」

千田「おはようございます」

山下「その飾り付け、今年も気合が入ってるねえ」

千田「ええ、まあ」

山下「儲かると良いねえ」


と、笑いながら去っていく。



◯同・店内


 店の奥、千田が週刊誌を読んでいる。

 千田、欠伸をする。



◯同・店前(夕方)


 買い物袋を持った航がやってくる。

 足を止めて、ショーウィンドウ内のクマのぬいぐるみを見つめる。

 3000円の値札が付いている。

 航、財布を取り出し、開ける。

 財布の中身は小銭のみ。

 航、落胆の表情を浮かべる。

 アーケードのスピーカーから夕焼け小焼けの曲が流れ始める。



◯同・店内(夕方)


 千田、うたた寝をしている。

 外から、夕焼け小焼けの曲が聞こえてくる。

 千田、目を覚ます。

 ショーウィンドウの前に、航が立っている。

 航と目が合う。


千田「おい」


 と、立ち上がる。

 航、びくりと肩を震わせて、走り去っていく。



◯宮野家・航と純香の寝室(夕方)


 仁美が、純香の肩を強く握って、激しく揺すっている。


仁美「どうして、お前はいつも私の言うことが聞けないの!」


 純香、涙で顔がくしゃくしゃ。


仁美「お前たちのせいで、新一は出ていったんだ!」


 と、右手を挙げる。


航の声「純香!」


 航が駆け寄ってきて、仁美の腕を掴む。


航「お母さん、やめて」

仁美「離せ!」


 航を力一杯振り解く。

 航、倒れる。


仁美「お前も打たれたいの!」


 と、航を睨みつける。

 航、仁美を睨み返す。

 仁美、わずかに怯む。


仁美「お前たちなんて、生まれてこなきゃ良かったんだ!」


 と、足音を立てて部屋を出ていく。



◯同・家の前(夜)


 街灯が点く。



◯同・航と純香の寝室(夜)


 純香、布団で横になって、眠っている。その横で、航が座って見守っている。


純香「(寝言で)お父さん」


 航、自分の目を拭いながら、立ち上がる。

 床にクマのぬいぐるみが落ちている。航、拾い上げると、腕が取れてしまう。

 航、不安げな顔で、純香の顔を見る。



◯同・居間(夜)


 仁美がテーブルに突っ伏して、眠っている。手には空いた缶ビール。

 航、部屋に入ってくる。


仁美「(寝言で)新一」


 仁美の目から、一雫の涙。

 航、静かに通り過ぎていく。



◯同・仁美の部屋(夜)


 ベッドが二つ。服が散乱している。

 航が入ってくる。

 床に鞄が落ちている。

 航、鞄から財布を拾い上げる。



◯千田玩具店・店内(夜)


 壁の時計が7時少し前を指している。

 千田、大きく背伸びをする。


千田「そろそろ閉めるか」


 と、外を見ると、ショーウィンドウの前に航が立っている。



◯同・店前(夜)


 航、財布を持って、ショーウィンドウの中を凝視している。

 商品の中に一角だけ空いたスペース。

 航、ショーウィンドウ内のあちこちへ視線を動かす。

 千田が出てくる。


千田「クマのぬいぐるみを探しているのか?」


 航、千田を見る。

 千田が航をじっと見ている。

 航、うなずく。

 千田、申し訳なさそうな顔で、


千田「悪いな、さっき売れたんだ」


 航、目を見開く。


千田「人気商品らしくて、追加の入荷もできそうにないんだ」


 航、顔をくしゃくしゃにして泣き始める。

 千田、航の財布を一瞥する。


千田「妹のためか?」


 航、うなずく。


千田「クマのぬいぐるみはないけど、おじさんと一緒に代わりを探さないか?」

航「でも、純香はあれじゃないと……」

千田「兄ちゃんが選んでくれたやつなら、なんでも喜ぶさ」


 航、顔を上げ、千田を見る。


千田「とりあえず、外は寒いから中に入れ」


 と、航に手を伸ばす。

 航、ショーウィンドウを一瞥して、千田の手を掴む。

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