第7話 すすきヶ原の別荘
人物表
井口夏帆(30) 会社員
井口透(31) 夏帆の夫
柴崎隆(48) 不動産屋
笠井卓(30) 夏帆の父
◯高速道路
空いている高速道路を、自動車が走っていく。
◯自動車内
井口透(31)が運転している。
助手席には井口夏帆(30)。
カーステレオからはアップテンポな曲が流れている。
井口「いまだに信じられないよな」
夏帆「何が?」
井口「お義姉さんが、お義父さんの遺産の別荘を俺たちに譲ってくれるなんて。いっちゃあなんだけど、お義姉さんって……」
と、井口言い淀む。
夏帆「ケチって言いたいの?」
井口「あっ、うん……」
夏帆、笑う。
夏帆「私も同感だから、気にしないで」
井口、苦笑する。
井口「どんなところだろうね?」
夏帆「私も行ったことはないんだけど、避暑地で有名なところだから、きっと良いところよ」
井口「そりゃあ、楽しみだ」
◯別荘地帯
森の中に洒落た建物が点在している。
自動車が走っていく。
◯別荘・駐車場
駐車場に自動車が止まる。井口と夏帆が出てくる。
井口「ここだよね?」
夏帆「そのはずだけど」
と、戸惑った表情で辺りを見渡す。
周囲は一面、背丈よりも大きなすすきに覆われている。
井口「別荘はどこだろう?」
すすきの奥から、大きなカバンを持った柴崎隆(48)が現れる。
柴崎「どうもどうも、井口さんですか?」
井口「もしかして、別荘の管理人?」
柴崎「柴崎と申します。遠路はるばるご苦労様です」
井口「よろしくお願いします。早速なんですけど、別荘ってどこにあるんですか?」
柴崎「こちらです」
と、すすきの奥へ進んでいく。
顔を見合わせる井口と夏帆。
少し遅れて、柴崎の後を追う。
◯同・外観
ポカンと口を開けて別荘を見上げる、井口と夏帆。
朽ち果てた二階建ての古い建物がある。
井口、柴崎に向かって、
井口「これ、ですか?」
柴崎「はい、そうです」
井口「マジか……」
と、別荘を見上げる。
夏帆「どおりで、姉さんが私たちに譲ってくれたわけよ」
柴崎「一応、中も見てみますか?」
と、別荘の玄関を開けて、中に入っていく。
井口と夏帆、ため息をついて、思い足取りで後に続く。
◯同・リビング
埃にまみれた洋風リビング。
井口と夏帆が口を抑えて入ってくる。
井口「うわっ!」
と、飛び退る。
床をムカデが這っている。
柴崎が入ってくる。
柴崎「気をつけてください、結構虫が入り込んでますんで」
夏帆「ここ、ずっとこうなんですか?」
柴崎「そうですね、最後に使われたのは30年くらい前だと聞いてます」
井口、困惑した顔で夏帆を見る。
井口「これ、どうする?」
夏帆、渋い顔でリビングを見渡す。
壁の一角に写真が飾られている。
夏帆、写真に近づく。
写真には、すすきに覆われた綺麗な別荘と笑顔を浮かべる複数の男女が写っている。その中に絵の具で汚れたエプロンを着た笠井卓(30)がいる。
夏帆、写真に向かって手を伸ばす。
夏帆「お父さん……」
柴崎、鞄からバインダーを取り出して、広げる。
柴崎「井口さんが、この別荘をご相続されたという話ですか、如何いたしましょうか?」
井口「と、言うと?」
柴崎「このまま、ここを別荘としてご利用になられますか?」
井口「それは……」
柴崎「電気水道は生きてますが、まあ、住むという気は起こらないでしょうなあ。ハハハッ」
と、笑う。
井口「えっ、ええ……」
と、苦笑して、夏帆を見る。
夏帆、周囲を見回しながらリビングを歩き回っている。
柴崎「ただ、このまま放っておくというのもあまりよろしくないかと」
井口「どういうことですか?」
柴崎「税金がかかってしまいますからね」
井口「えっ?」
と、目を丸くする。
夏帆、リビングを出ていく。
柴崎「最近多いんですわ。遺産相続で不動産の押し付け合いが……。まあ、貧乏くじを引かされましたな」
井口、悲しい顔で、
井口「管理人さん、どうしたら良いんでしょう」
柴崎「そうですねえ、リノベーションをすれば多少税金は安くなりますが……」
柴崎、口元にうっすらと笑みを浮かべる。
◯同・アトリエ
扉が開いて、夏帆が入ってくる。
埃だらけのアトリエ。
井口の声「そんなお金、ないですよ」
隅のイーゼルに、布が被せられたキャンバスが立てかけられている。
夏帆、カンバスに近づく
柴崎の声「でしたら売りに出すのが良いかと思います」
夏帆、布を取り外す。
カンバスには、油彩ですすきの平原が描かれている。
夏帆、息を呑む。
◯同・リビング
井口、縋るような目で柴崎を見ている。
井口「いくらで売れるんですか?」
柴崎「うーん、いくらここが高級別荘地とはいえ、ここまで状態がひどいと……」
柴崎、難しそうな表情でリビングをぐるりと見渡して、
柴崎「売れれば儲けものと思っていただいた方が」
井口「もし売れなかったら」
柴崎「一生使わない土地と建物に対して、税金を払い続けることになるでしょう」
井口、愕然とする。
井口「そんな……」
柴崎、舌で唇を舐める。
柴崎「ご安心ください、私にお任せくだされば、必ず買い手を見つけてみせますよ」
井口、明るい表情になる。
井口「本当ですか!」
柴崎「ええ、私の会社には、多数の優良顧客がいますから」
井口「よろしくおねがい……」
夏帆の声「(大声で)待って!」
夏帆が、リビングに入ってくる。
井口と柴崎が夏帆の方へ振り返る。
夏帆「この別荘、売らないから」
井口、目を丸くする。
井口「管理人さんの話を聞いてなかったのか。ここを売らないと、俺たち税金地獄だぞ」
夏帆「ここはお父さんが大事にしていた場所なのよ」
井口「こんなボロ別荘を?」
夏帆「ここには、お父さんの夢が残っているの」
と、壁の写真を一瞥する。
夏帆「ここは売らないから」
井口「でも、俺たちにも生活があるだろ」
柴崎「そうですよ。後腐れなくぱっと売っちゃいましょう」
夏帆、柴崎を睨みつける。
夏帆「ここは私の土地よ。勝手に決めないで!」
と、リビングから飛び出す。
井口「夏帆!」
と、夏帆を追ってリビングから出ていく。
柴崎「くそっ、あと少しだったのに、あの女……」
と、舌打ちする。
◯同・外観
夏帆が玄関から出てきて、別荘を振り返る。
すすきに囲まれた古びた別荘。
夏帆「お父さん、ここは私が守るから」
と、拳を握りしめる。
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