第6話 チケットは遠く
人物表
鈴村千秋(23) 会社員
鈴村涼子(50) 千秋の母
金沢優(31) 声優
石田喜美子(50) スーパーの店員
大学生1
大学生2
老婆
◯鈴村家・千秋の部屋
机にノートPC。その周りにたくさんの男性アニメキャラのぬいぐるみ。
壁に、金沢優(31)のポスター。
鈴村千秋(23)がスマホを持って座っている。
PC画面に、「金沢優 1stライブ チケット10時より発売」と表示されている。
スマホの画面も、同じページが表示されている。画面左上の時計は9時半を指している。
千秋、深呼吸する。
涼子の声「千秋!」
千秋、部屋の入り口へ振り向いて、
千秋「(大声で)なに?」
涼子の声「ちょっと」
千秋「今忙しいの!」
涼子の声「いいから、ちょっと!」
千秋、ため息をついて立ち上がる。
◯同・台所
鈴村涼子(50)が料理をしている。
千秋が入ってくる。
千秋「何の用?」
涼子「スーパーで牛乳買ってきて」
千秋「はあ? 自分で行ってきてよ」
涼子「今手が離せないのよ。いいじゃない。どうせ家でゴロゴロしてるだけでしょ」
千秋「今、気合いを入れているところ」
涼子「ああ」
キッチンテーブルにスマホ。涼子が覗き込む。9時35分と表示されている。
涼子「パッと行って帰ってこれば大丈夫よ」
と、財布を千秋に差し出す。
千秋「もうっ!」
と、ひったくるように財布を取る。
◯同・玄関前
玄関から千秋が出てくる。
千秋、スマホを確認する。
9時40分と表示されている。
スマホのメッセージ受信音が鳴る。
涼子から「卵もよろしく」のメッセージ。
千秋「信じられない」
千秋、玄関ドアを睨みつけ、駆け出す。
◯バスケットスーパー・外観
ビルの一階にある、小さなスーパー。
入り口に駆け込む千秋。
◯同・店内入り口
誰もいない店内。入り口前にあるレジにも人はいない。
千秋、店内に入る。買い物カゴを取り、早足で奥へ進む。
◯同・店内奥
何も置かれていない棚がある。「おいしい牛乳 159円」の値札だけが貼ってある。
千秋が棚に近寄る。
千秋「あれ?」
と、周囲を見渡す。
空いた棚の隣に、豆乳と飲むヨーグルトが並んでいる。
千秋「(大声で)すいません!」
誰もいない店内。
千秋「(もっと大声で)すみません!」
石田喜美子(50)が寄ってくる。
喜美子「はい、どうしましたか?」
千秋「あの、牛乳は?」
喜美子、空いた棚を見る。
喜美子「すみません。ちょうど商品を入れるところで」
千秋「一つ欲しいんですけど、急いでて」
喜美子「はい、ちょっとお待ちください」
喜美子、バックヤードへ向かう。
千秋「もう……」
と、スマホを見る。9時43分と表示。
◯同・店内入り口
大学生1、大学生2が入ってくる。
◯同・店内奥
卵がたくさん並んだ棚。
千秋、近寄る。
千秋「よかった、こっちはある」
と、卵パックを買い物カゴに入れる。
喜美子が両手に牛乳パックを持って、千秋に近づいてくる。
喜美子「お客様。お待たせしました」
と、二つの牛乳パックを持ち上げる。
喜美子「普通の牛乳と、低脂肪乳がありますが、どちらにしますか?」
千秋、しかめ面をして、
千秋「どっちでもいいです!」
と、普通の牛乳をつかむ。
大学生1の声「すみませーん!」
喜美子、店の入り口の方を見て、
喜美子「はーい」
と、去っていく。
◯同・店内入り口
千秋、レジにやってくる。
レジに、喜美子と大学生1と大学生2。
レジ台には、ペットボトルとお菓子が大量に入った複数の買い物カゴ。
千秋「嘘でしょ」
と、目を見張る。
喜美子、商品のバーコードを読み取っている。
千秋スマホを見る。表示は9時45分。
喜美子、お菓子の袋を落とす。
喜美子「申し訳ありません」
大学生2「急がなくていいですよ」
喜美子「すみません」
千秋、大学生2を睨みつける。
スマホの画面は、9時50分の文字。
ペースを落としてバーコードを読み込む、喜美子。
足をゆする千秋。
パンパンになったビニル袋を持ち上げる、大学生1、2。
喜美子「ありがとうございました」
と、大学生1、2にお辞儀する。
大学生1、2は去っていく。
千秋、乱暴に買い物カゴをレジ台に置く。
千秋「急いでください!」
喜美子、驚いた顔で、
喜美子「あっ、はい」
と、バーコードを読み取り始める。
むすっとした表情の千秋。
喜美子、レジ打ちを終える。
喜美子「312円になります」
千秋、財布を取り出だす。小銭入れを見ると、何も入っていない。札束入れを見ると、一万円札が一枚だけ入っている。
千秋「(小声で)お母さん、なにやってるのよ」
千秋、頭を下げて、
千秋「すみません、一万円札で……」
喜美子、不満そうな表情で受け取る。
◯十字路
信号機のある道の細い十字路。奥に公園がある。
ビニル袋を持った千秋が走ってくる。
信号が赤に変わる。
千秋、立ち止まる。
千秋「もう!」
ソワソワしながら、スマホを見る。9時58分と表示されている。
千秋、信号向こうの公園を見る。
千秋「しようがない。本当はPCも使いたいけど」
信号が青に変わる。
千秋、駆け足で横断歩道を渡ろうとすると、自動車が通り過ぎていく。
千秋「危ないな」
千秋、横断歩道を渡り、公園に入る。
スマホを見る。9時59分。
チケット販売サイトを表示する。
千秋「よし、間に合った」
と、スマホを強く握りしめる。
スマホの時計が10時になる。
「チケット受付開始しました」の文字が表示される。
車の急ブレーキの音。
老婆の声「ひやぁ!」
千秋「えっ、なに?」
と、顔を上げる。横断歩道に車が止まっていて、その横で老婆が倒れている。
車が走り去っていく。
千秋「当て逃げ、嘘でしょ!」
千秋、周囲を見渡す。誰もいない。
千秋「えっ、ええっと……」
スマホ画面、老婆を交互に見る。
老婆のうめき声が聞こえる。
千秋「もうっ! なんなのよ!」
と、スマホの電話アプリのボタンを押し、119とボタンを押す。
◯鈴村家・キッチン
涼子が椅子に座ってスマホを見ている。
画面の時計は10時45分。
千秋の声「(沈んだ声で)ただいま……」
肩を落とした千秋が入ってくる。
涼子「遅かったわね、どうしたの?」
千秋、ビニル袋をキッチンに置く。
千秋「もう、散々……」
と、台所を出ていこうとする。
涼子「そうそう、金沢くんのチケット、取れたわよ」
千秋、振り返って目を丸くする。
千秋「今なんて!」
涼子、にこりと笑って、
涼子「実は、私も行きたかったのよね」
と、スマホを千秋に見せる。
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