第5話 笑い鏡
人物表
西島圭一(28) 会社員
西島由紀(28) 圭一の妻
土田俊哉(41) 会社員
桜山譲治(48) 骨董店店主
◯ミナミヤマハイツ・入り口(夜)
真新しいマンションの建物。
入り口掲示板に、ハロウィーンパーティーのポスターが貼ってある。
◯同・外廊下(夜)
「西島」の表札。
由紀の声「きゃっ!」
鏡の割れる音。
◯同・西島家寝室(夜)
床に、手鏡と眉毛ハサミ、割れた鏡が落ちている。
唖然とした表情で手鏡を見下ろす、西島由紀(28)。
申し訳なさそうにうなだれる、西島圭一(28)。手には、ゾンビの被り物。
西島「ごめん、由紀ちゃん。ちょっとした悪戯だったんだ」
由紀、手鏡を拾い上げる。鏡部分が半分なくなっている。ひっくり返すと、「由紀」という字が彫られている。
由紀「おばあちゃんが買ってくれて、ずっと大切にしてたのに」
西島「本当に、ごめん」
由紀「どうして、いつもいつも、そんな子供っぽいことするの」
西島「僕はただ、由紀ちゃんが笑ってくれたらって、思って……」
由紀、ムッとした表情で西島を見る。
由紀「時と場合を考えてよ」
由紀、寝室を出て行く。
西島「由紀ちゃん」
扉が乱暴に閉じられる。
◯同・西島家ダイニング(朝)
スーツ姿の西島が入ってくる。
テーブルで、由紀がトーストを食べている。
西島「お、おはよう」
由紀、食べ続ける。
西島、テーブルに座り、目をむく。
テーブルに水だけが置かれている。
西島「えっ、由紀ちゃん?」
由紀、空いた食器を持って立ち上がり、キッチンへ行ってしまう。
◯バンザイ玩具社・会議室
西島、土田俊哉(41)、他社員たちが、たくさんの紙資料が置かれたテーブルに、輪になって座っている。
西島の目はうつろ。
土田「今度も良い商品になりそうだ。引き続き頼んだぞ」
社員たち、立ち上がり、会議室を出ていく。西島は座ったまま。
土田「おい、西島」
西島「あっ、はい!」
西島、慌てて資料を手繰り寄せる。
土田「会議はもう終わった」
西島「すみません」
土田「何かあったのか?」
西島「あっ、いえ、その……」
土田「そんな顔されてちゃあ、上司としてほっとけるか。話してみろ」
西島「そんな、家庭のことですし」
土田「お前たちの披露宴で祝辞を読んだのが誰か覚えてないのか? いいから話してみろ」
西島、土田の顔を数秒じっと見て、
西島「はい、実は……、由紀、妻が大切にしていた手鏡を不注意で割ってしまって、それ以来口も聞いてくれないんです」
土田「なんだ、そんなことか」
西島、ムッとして、
西島「僕にとっては大切なことですよ」
土田「悪い。でも、俺の家も似たようなことでしょっちゅう、喧嘩になってるから」
西島「どうしたら良いんでしょう?」
土田「とにかく、謝るしかないな」
西島「謝りましたよ。でも……」
土田「だったら、あとは、お詫びの印にプレゼントでも贈るか」
西島「プレゼント?」
土田「代わりの手鏡を買うとか」
西島「それです!」
西島、立ち上がる。
西島「ありがとうございます。早速買ってきます」
と、会議室から出ていこうとする。
土田「待て」
西島、立ち止まり、振り返る。
土田「まだ、仕事中だぞ。それに、どこへ買いにいくつもりだ」
西島「えっと……」
土田「百均で買ってきたものを、ハイどうぞって渡しても、火に油を注ぐだけだぞ」
西島、うろたえる。
西島「じゃあ、どうしたら」
土田「そうだな……」
と、ズボンポケットから財布を取り出し、名刺を一枚抜き出す。
土田「ここなんてどうだ?」
と、名刺を西島に渡す。
「桜山骨董店」と書かれている。
西島「骨董、ですか?」
土田「俺の先輩が始めたんだ。そこなら掘り出し物が見つかるかもしれない」
西島「ありがとうございます。行ってみます」
西島、軽い足取りで会議室を出ていく。
◯桜山骨董店・店前(夜)
名刺を持って、西島が歩いてくる。
西島「ここか」
と、立ち止まり、建物を見上げる。
一面蔦に覆われた、古めかしい洋館風の建物。
◯同・店内(夜)
西島が入ってくる。
明るい店内。商品が綺麗に並べられている。
西島、期待する面持ちで店内を見渡す。
桜山の声「いらっしゃい」
店の奥から、桜山譲治(48)がやってくる。
桜山「何をお探しで?」
西島「えっと、手鏡を」
桜山「あそこですね」
と、指差す。テーブルに大小様々な鏡が並んでいる。
西島、近寄り、物色を始める。
真新しい純銀製の手鏡を手に取る。
桜山「お目が高い」
西島、肩をびくりと震わせて、後ろを振り返る。
桜山が近づいてくる。
桜山「純銀製で、かのエリザベス女王も愛用した名品ですよ」
西島「うそっ!」
桜山「うそです」
西島、ポカンとする。
桜山、ニヤリと笑って、
桜山「ほんのジョークですよ、お客さん」
西島「ああ、そう」
と、苦笑いを浮かべる。
桜山「でも、純銀製は本当です。良い品ですよ。プレゼントにはぴったりです」
西島「確かに」
西島、手鏡についていた値札を見て、目を見開く。
値札には十万円と書かれている。
西島「でも、もう少し安い方が……」
桜山「そうですね。では、これはどうでしょう。三千円ですよ」
桜山、机の隅にあった手鏡を持って、西島へ向ける。
鏡に、目がへの字の形になり、口角が吊り上がった、西島の顔が写っている。
西島、吹き出す。
桜山、笑って、
桜山「一部に細かな凹凸があって、笑ったような顔が映るんですよ。おもしろいでしょ」
西島、鏡に顔を近づける。
鏡に映る西島の顔が大きくなっていく。
西島、ニヤリと笑う。
鏡の西島の顔が、更に笑い顔に歪む。
◯西島家・リビング(夜)
テーブルに由紀が座っている。
西島、プレゼント箱を持って入ってくる。
由紀、立ち上がる。
由紀「圭くん」
西島「由紀ちゃん」
由紀、頭を下げる。
由紀「昨日はごめん。私、圭くんの気持ちも考えず、怒っちゃって」
西島「僕のほうこそ、ごめん」
と、頭を下げる。
西島「お詫びの印、受け取って」
西島、箱を由紀に渡す。
由紀「そんな、気にしなくていいのに……」
西島「良いから。僕は由紀ちゃんの笑顔をいつも見ていたいんだ」
由紀、微笑んで、
由紀「ありがとう」
と、箱を受け取り、中の手鏡を取り上げる。
鏡に、目がへの字、口角が上がった由紀の顔が映っている。
由紀「なにこれ!」
由紀、大笑いする。
西島「面白いでしょ」
と、笑う。
由紀「そうだけど」
真顔になる由紀。
由紀「でもこれじゃあ、お化粧もできないじゃない」
西島、表情が強張る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます