第4話 枝光兄弟のアトリエ

人物表

 枝光弘一(34) 動画作家

 枝光裕二(33) 弘一の弟

 浅田英治(52) UFO研究家

 井上庄一郎(39) アナウンサー

 杉江翔(28) アイドル


 女子高生1

 女子高生2



◯テレビスタジオ


 グロテスクな雰囲気のスタジオ。


 上部に「実録怪奇現象スペシャル」と書かれた看板がぶら下がっている。


 スタジオ中央に大きなモニター。


 モニターを挟んで、浅田英治(52)と井上庄一郎(39)が座っている。


 井上の後ろに、タレントが数人座っている。


 浅田の前に「UFO研究家 浅田英治」と書かれたネームプレートが置いてある。


井上「浅田さん、今回は衝撃の映像を持ってきてくださったとか」


 浅田、うなずいて、


浅田「ええ、長年研究を続けてきましたが、これほど衝撃を受けた映像はありません」


井上「なるほど、では早速見てみましょう」


 VTRが始まる。



◯林(夜)


 あたり一面、大きな杉の木に取り囲まれている。


 重低音が響き渡る。


 林の中から、無数の光り輝くUFOが現れ、空へ向かって登っていく。



◯テレビスタジオ


 どよめくタレントたち。


 呆然とする井上。


 満足そうな表情を浮かべる浅田。


井上「これ……、本当ですか? にわかには信じ難いんですが」


浅田「私も最初は偽物じゃないかって疑いましたよ。でもこんなリアルな映像、とても合成で作れるとは思えません……」



◯枝光兄弟のアトリエ(夜)


 荷物が乱雑に置かれた薄暗い部屋。机に大きなパソコンが置かれている。


 テレビに浅田の顔が映っている。タレントたちのざわつき声が聞こえる。


 枝光弘一(34)がニヤニヤしながらテレビを見ている。


 ビニル袋を持った、枝光裕二(33)が入ってくる。


裕二「兄貴、何見てるんだ?」


 弘一、振り返って、


弘一「見てみろよ、面白いぞ」


 裕二、弘一の隣に移動して、テレビを見る。UFOが飛び出す映像が映っている。


裕二「これ、この前兄貴が作ってたやつか?」


弘一「ああ、それを見た専門家が、騒いでるんだ」


裕二「そうか……」


 と、弘一から離れ、部屋隅にある冷蔵庫へ向かう。


弘一「興味なさそうだな」


 裕二、冷蔵庫を開け、ビニル袋の中身をしまい始める。


 弘一、舌打ちして、


弘一「俺たちが作った動画が、また注目されてるんだぞ。もっと喜べよ」


裕二「……」


弘一「次も、面白い動画にしてやる」


 と、パソコンに向かう。


 裕二、弘一へ振り返り、背中をじっと見つめる。


 鼻歌を歌いながらパソコン作業する弘一。


 裕二、冷蔵庫の上の壁へ視線を移す。


 賞状を持った弘一と裕二の写真が飾られている。賞状には「村木写真展 優秀賞」と書かれている。


 その横に、雪山の大判写真が飾られている。


 裕二、立ち上がって、


裕二「ちょっと出かけてくる」


弘一「おい」


 と、振り返る。


弘一「動画、サーバに上げといたから、編集しといてくれよ」


 裕二、唇を噛む。


裕二「わかった。後でやっておく」


弘一「頼んだぞ」


 パソコンに向かう弘一。


裕二、ため息をつき、アトリエを出ていく。



◯ハンバーガーショップ・店内(夜)


 賑やかな店内。


 裕二がテーブルに座っている。


 手元に、写真集。オビに「新進気鋭写真家 大山駿 初写真集!」と書かれている。


 悔しい表情で写真集を見つめる裕二。


 裕二の隣の席に、女子高生1と女子高生2がスマホを見ている。


女子高生1「(大声で)うそでしょ」


 裕二、女子高生1の方へ視線を向ける。


女子高生2「どういうこと、翔くん。信じてたのに……」


裕二「何かあったのか?」


 裕二、スマホを取り出し、ニュースサイトを開く。


 一番上に「人気アイドル杉江翔自殺か?」と書かれ、杉江翔(28)の顔写真がある。


 目を大きく見開く裕二。


 動画サイトを開き、動画を再生させる。


 薄暗い室内で、上半身裸の杉江が、下着姿の女性といちゃつく映像。


 震える裕二の手。


 裕二、席からさっと立ち上がる。



◯枝光兄弟のアトリエ(夜)


 パソコンで作業している弘一。


 裕二が駆け込んでくる。


 裕二、弘一に詰め寄る。


裕二「おい、兄貴、これを見ろ」


 と、杉江のニュース記事が表示されたスマホを、弘一の目の前に突き出す。


 弘一、ニュースの字面をさっと見て、顔を上げる。


弘一「これがどうした?」


裕二「覚えてないのか? この前兄貴が作ったフェイク動画の」


 弘一、目を細めて、スマホを見る。


弘一「そう言えば、そんなこともしたな」


裕二「もしかして杉江が自殺した理由って……」


 弘一、鼻で笑う。


弘一「馬鹿な、動画一本で」


裕二「でも、兄貴の動画がきっかけで、杉江は芸能界から干されたんじゃ」


弘一「考えすぎだ」


 不安げな裕二の顔。


 弘一、鼻をフンと鳴らす。


弘一「確かにあれを作ったのは俺たちで、それがきっかけに杉江のスキャンダルが話題になった。でも、実際、杉江が女たらしなのは事実だったんだろ」


裕二「そう、だったみたいだな」


弘一「だったら、杉江の自殺の原因がスキャンダルだったとしても、俺たちのせいじゃない」


裕二「それは」


 と、うつむく。


弘一「それとも、こう考えてもいい」


 弘一、不敵な笑みを浮かべる。


弘一「ゲス野郎に天誅を下すきっかけになったわけで、むしろ誇るべきことじゃないか」


 裕二、息を呑む。


裕二「兄貴、何言ってるんだ。人が死んでるんだぞ」


弘一「あの男に泣かされた女はたくさんいるんだろ」


裕二「でも……」


 弘一、裕二を睨み上げる。


弘一「結局、裕二は俺に何が言いたい? フェイク動画を作ったことを罪だと責めたいのか? だったらお前も同罪だろ」


裕二「それは……」


 と、視線を逸らす。


弘一「気にするな、芸能人の自殺なんてよくある話だ」


 と、パソコン作業を始める。


 裕二、肩を落とし、ふらつく足取りで冷蔵庫へ向かう。


 缶ビールを取り出し、一気に飲み干す。


 壁に貼られた、賞状を持つ弘一裕二の写真と、雪山の写真が目に入ってくる。


 裕二、賞状の写真に触れる。


裕二「なあ兄貴、なんで俺たちこんなことしてるんだろうな?」


 弘一、パソコンに向かったまま。


裕二「あのまま頑張ってたら今頃、俺たちの作品が写真集になったり、美術館の展覧会に出品されたりしてたかもしれないのに」


 弘一、パソコンを見たまま、


弘一「芸術家で食ってくなんて、夢のまた夢だって、お前もよくわかってるだろ」


裕二「そうだけど……、でも俺と兄貴だったら」


 裕二が持つビールの缶に、ぽたぽたと涙が落ちる。


 弘一、パソコン机を強く叩く。


弘一「(大声で)もうその話をするな! 裕二、お前は帰れ、作業の邪魔だ」


裕二「兄貴……」


 弘一、パソコンの方を向いている。


 裕二、腕で目を擦る。アトリエを出ていく。


 弘一、アトリエの出口を一瞥する。


弘一「もう俺たちは、これで生きてくしかないんだよ」


 パソコン作業をする弘一。


 パソコン机に、涙が一滴落ちる。

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