第3話 なるようになるさ

人物表

 金子裕司(41) 会社員

 金子幸子(39) 裕司の妻

 金子美里(13) 裕司の娘

 井上竜也(28) 会社員

 西野弘之(49) バーテンダー

 三輪ダニエル(56) 歌手



◯金子の家・ダイニング(朝)


 食卓で、スーツ姿の金子裕司(41)が新聞を読んでいる。


 パジャマ姿の金子美里(13)が、空になったマグカップを置く。


美里「(小声で)ごちそうさま」


 と、立ち上がる。


 金子幸子(39)がやってくる。


 幸子、美里の背中に向かって、


幸子「美里、行けそう?」


 金子、美里を見る。


 美里、大きく首を左右に振って、早足でダイニングを出ていく。


 幸子、ため息をつき、金子を見る。


 金子、新聞をたたみ、立ち上がる。


幸子「あなた、今日帰りは?」


金子「どうかしたのか?」


幸子「美里のことで。お父さんが返事を催促してきて」


 金子、顔をしかめる。


金子「簡単に決められるわけないだろ。こっちにだって事情がある」


幸子「そうだけど、このままじゃ美里が」


 と、出口を一瞥する。


幸子「私も、お父さんの言う通り、環境を変えた方が美里のためだと思うの」


金子「……」


幸子「お父さんのところなら自然もあるし、美里も元気になるんじゃないかって」


 金子、イラついた声で、


金子「その話はまた今度な。会社に行く時間だ」


 と、出口へ向かう。


幸子「あなたもちゃんと考えてよ」


 金子、出ていく。



◯同・玄関前(朝)


 金子、玄関から出てくる。


 自宅を見上げる。


 カーテンが閉まった二階の窓。


金子「(つぶやき声で)簡単に言ってくれる」


 と、歩き出す。



◯電車内(朝)


 車内は混雑している。


 金子、立ってスマホを見ている。画面には、検索サイトが表示されている。


 「四十代転職 無謀」「四十代 地方に仕事なし」「転職は三十代までに」などの検索結果が表示されている。


 金子、ため息をつく。



◯ヒダ商事・ビル前


 ヒダ商事の大きなビル。一番上に会社のロゴがある。



◯同・事務室


 自席でパソコンに向かって作業している金子。


 井上竜也(28)がやってくる。


井上「金子さん」


 金子、振り返る。


井上「今日で最後なんで。短い間でしたけどお世話になりました」


金子「ああ、そうか」


 と、体も井上へ向ける。


金子「次はベンチャーに行くんだっけ。大変だろうに」


 井上、笑って、


井上「ここよりは良いですよ」


 金子、ぎょっとする。


井上「福利厚生は悪くないんですけど、これからの自分の成長を考えると……。挑戦するなら今かな、と思いまして」


 金子、苦笑いして、


金子「そうか。頑張って」


井上「はい」


 と、お辞儀して去っていく。


 金子、苦々しげな表情で、井上の背中を見送る。



◯同・エントランス(夜)


 エントランスの壁にある時計は、六時過ぎを指している。


 金子、スマホ片手にやってくる。


 スマホのメッセンジャー画面に、幸子宛で、「遅くなる。夕食はいらない」の文字。


 送信ボタンを押す。


 金子、エントランスを出ていく。



◯バー「ディベリド」・店前(夜)


 地下に降りる階段の前に、「ディベリド」と書かれた看板が置いてある。



◯同・店内(夜)


 ステージがある店内。数組の客がいる。


 西野弘之(49)が、カウンターでグラスを磨いている。


 その前に、金子が座っている。


 金子、酒の入ったグラスをゆっくりとした動きで口につける。


西野「金子さん。何か、辛いことでもありましたか?」


 金子、顔を上げて、


金子「まあ、色々と。もし今の仕事を辞めたら、どうなるだろうなって考えて」


西野「そういう悩みはよく聞きます」


 数人の拍手の音が聞こえる。


 金子、振り返る。


 ステージに、大きなメキシカンハットをかぶり、ギターを持った三輪ダニエル(56)が立っている。


三輪「(陽気な声で)それでは一曲お聴きください」


 三輪、ギターを鳴らして、


三輪「(音程を外して)ケセラセラ〜」


 客たちが失笑する。


 金子、口を歪めて、西野を見る。


金子「何です、あれ?」


 西野、渋い表情で、


西野「うちのオーナーと知り会いらしくて、時々ステージを貸してるんですよ」


金子「はぁ」


 と、首を捻りながら、ステージを見る。


 三輪、体を左右に揺らしながら、


三輪「ケセラセラ〜」


 歌を無視して会話をする客たち。


 呆然と三輪を見る金子。


 三輪、ギターを下ろす。メキシカンハットをぬいで頭を下げる。


 三輪、ステージを降りる。


 金子、西野を見る。


金子「よくもまあ、あれで歌えたもんだ」


三輪の声「どうも」


 金子、慌てて振り返ると、三輪が立っている。


 三輪、金子の隣に座る。


三輪「ビールちょうだい」


西野「はい」


 と、ビール瓶を出す。


 三輪、ビール瓶を持って、金子を見る。


三輪「聞いてくれて、ありがとね」


 と、瓶を金子の前に出す。


金子「え、ええ……」


 と、ためらいがちにグラスを瓶に当てる。


 三輪、笑って、ビールを飲む。


三輪「歌はいいです。陽気な気分になれる」


 金子、顔をひきつらせて、


金子「そ、そうですね」


三輪「メキシコにいた時は、歌に何度も助けられました」


 金子、素の顔に戻って、


金子「メキシコにいたんですか?」


三輪「向こうの方が長かったね。これも本場のものだよ」


 と、被っていたメキシカンハットを、カウンターテーブルに置く。


金子「大変だったでしょうに」


三輪「最初はね、でも案外なるようになったよ」


金子「そんなもんですかねえ」


 三輪、笑って両手を大きく広げる。


三輪「今こうしてあなたと話せてる、これが何よりの証拠」


 金子も笑って、


金子「確かに」


 と、メキシカンハットへ目を向ける。


三輪「これ、お近づきの印に差し上げましょう」


金子「えっ!」


 と、驚いた顔で三輪を見返す。


三輪「気にしないで、高いものでもないし」


金子「いや、そういうわけじゃ」


三輪「良いから良いから」


 と、立ち上がる。


三輪「それじゃ、アディオース」


 と、店の出口へ向かう。


金子「ちょっと」


 三輪、出ていく。


 西野、苦笑して、


西野「あの人いつもあんな感じなんですよ。困ったもんでしょ」


金子「ええ」


西野「それ、置いていって良いですよ。俺から返しておくから」


金子「あっ、うん」


 と、メキシカンハットを見つめる。


金子「いや、もらっていくよ」


と、メキシカンハットを持ち上げる。



◯同・店先(夜)


 金子が階段を登ってくる。


 メキシカンハットを両手で抱えて、


金子「(つぶやき声で)簡単に言ってくれる」


 と、ハットをかぶって歩き出す。


金子「(ひどい音程で)ケセラセラ〜」

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