第2話 マッチテラピー
人物表
林洋子(40) パート
林一郎(41) 洋子の夫
園田圭子(41) パート
村田雪江(45) パート
買物客1
買物客2
◯ヤマダスーパー・外観
広い駐車場を持つ大型スーパーマーケット。
◯同・店内レジ
林洋子(40)がエプロンを着て、レジ打ちをしている。
買い物カゴに山盛りの商品。
買物客1がイライラして待っている。
買物客1「早くしてくださいよ」
洋子「お待たせしました。4900円になります」
買物客1、5000円札を渡す。
洋子「おつり、100円です」
洋子、釣銭を落とす。
洋子「あっ」
買物客1「ったく、何やってんだよ」
洋子「申し訳ありません」
と落とした釣り銭を買物客1に渡す。
買物客1、舌打ちして去っていく。
洋子、疲れた表情で見送る。
〇同・従業員休憩室
洋子と、園田圭子(41)が缶コーヒーを持って、並んで座っている。
洋子「私、この仕事向いてないのかな」
圭子、微笑んで、
圭子「林さんはよくやってるわよ、考えすぎ」
洋子「でも、今日もお客さんに怒られて」
圭子「客からのクレームなんてしょっちゅうよ。いちいち気にしてちゃだめ」
洋子「うーん」
と、缶コーヒーをじっと見る。
圭子、いたずらっぽい笑みを浮かべて、
圭子「おまじないを教えてあげよっか」
洋子「おなじない?」
圭子「まあ、ちょっとした気休めだけど」
と、エプロンのポケットから、ブックマッチを取り出す。表面には『ヤマダスーパー』と書かれている。
洋子「このスーパー、そんなの作ってたの?」
圭子「昔はね」
と、ブックマッチを指でくるくると回す。
洋子「で、それをどうするの?」
圭子「ムカつく時に、マッチに火を点けて、じっと見つめるの。するとあら不思議、心も落ち着くってわけ」
洋子「ほんとに?」
洋子、胡乱な目を圭子の手にあるブックマッチへ向ける。
圭子「ものは試しよ。だまされたと思って試してみて」
洋子「うん……」
圭子、洋子にブックマッチを渡す。
〇同・店内レジ
買物客2から代金を貰い、レシートを渡す洋子。
買物客2、レシートを洋子に見せる。
買物客2「ちょっと、計算おかしくない?」
洋子「いえ、そんなはずは」
買物客2「だって、今日はきゅうり2本で10円引きでしょ」
洋子「きゅうりの特売は昨日ですが」
買物客2「うそでしょ。だったら買わなかったのに、どうして教えてくれなかったの」
洋子「そのようなこと言われましても……」
買物客2「役立たずな店員ね。返品するわ」
洋子「返品は、サービスカウンターでお願いいたします」
買物客2、洋子をにらむ。
買物客2「本当にムカつくわね」
と、去っていく。
洋子、エプロンのポケットに手を突っ込み、ブックマッチを触る。
〇同・喫煙所
村田雪江(45)がタバコを吸っている。
洋子が辛い表情で入ってくる。口に手を当て、咳き込みながら、奥へ行く。
雪江、詮索するような目で洋子の動きを追う。
洋子、エプロンのポケットからブックマッチを取り出す。
ブックマッチの表裏を交互に見て、マッチ棒を一本ちぎる。
洋子、マッチ棒で、側面でこするが、火をつけ損じる。
もう一度こすって、火が点く。
洋子、火をじっと見つめる。
穏やかな表情になっていく。
雪江、唖然とした表情で洋子を見る。
マッチの火が消える。
洋子、煙を追って、視線をわずかに上に向ける。
洋子、マッチを吸い殻入れに捨て、入り口の方へ振り返る。
雪江、肩をびくりとさせる。
洋子、笑顔で、
洋子「村田さん、お疲れさまです」
雪江「お、お疲れさま」
洋子、軽い足取りで出ていく。
雪江、洋子がいなくなるまで入口に目を向け続けて、
雪江「なにあれ?」
雪江の手に持ったタバコから灰が落ちていく。
〇同・店内レジ
レジ打ちする洋子。目の前にいる買物客に向かって、笑顔で、
洋子「いらっしゃいませ」
〇林家・LDK(夜)
林一郎(41)、リビングのソファーに座ってテレビを見ている。
キッチンの流し場で洋子が炊事をしている。
林、テーブルに置かれている湯呑を手に取り、口をつける。
林、顔をしかめる。
林「洋子」
蛇口から流れる水の音。洋子は林に背中を向けたまま、炊事を続ける。
林「(大きな声で)洋子!」
洋子、林の方へ振り返る。
洋子「なんですか?」
林「なんですか、じゃない。さっきから呼んでるだろ」
洋子、林のもとにやってくる。
林、湯呑を指差して、
林「不味いお茶だな、ちゃんと淹れたのか」
洋子、呆れた表情を浮かべて、
洋子「いつもと変わりませんよ」
林、更に険しい顔になって、
林「こんなに渋いわけないだろ」
洋子「なら、ちょっと葉っぱが多かったかも」
林「そらみろ、淹れ直せ」
洋子、眉間にしわを寄せる。
林「なんだよ、その顔?」
洋子「別に」
洋子、早足でリビングから出ていく。
〇同・寝室(夜)
洋子が入ってくる。
壁に、スーパーのエプロンがかかっている。
エプロンのポケットから、ブックマッチを取り出し、ベランダに出る。
洋子、マッチ棒を一本ちぎり、火をつける。うっとりとした表情で、火を見つめる。
〇同・LDK(夜)
林、むっとした顔でテレビを見ている。
テーブルに洋子の手が伸びてきて、湯呑を置く。
林、顔を上げる。
にこやかな表情で林を見返す、洋子。
〇ヤマダスーパー・従業員控室
圭子がコーヒーを飲んでいる。
雪江が入ってくる。
圭子「お疲れさまです」
雪江「お疲れさま」
と、圭子の隣に座る。
雪江「(小声で)ねえ、園田さん。この前林さんが喫煙所にやってきたんだけど」
圭子「うん?」
雪江「彼女、タバコ吸うわけでもなく、マッチの火をじっと見てたのよね。私、気味が悪くなっちゃって、何か知ってる?」
圭子、首を傾げるが、
圭子「ああ……」
と、うなずき、
圭子「ちょっとしたおまじないを教えてあげたの」
雪江「おまじない?」
圭子、いたずらっぽい笑みを浮かべて、
圭子「林さんがあまりに悩んでたから、ちょっとからかいたくなって」
雪江「あなたって人は……」
憔悴した洋子が入ってくる。
洋子「園田さん、マッチをもう一つもらえない?」
圭子、目を丸くして、
圭子「まさか、もう使い切ったの」
洋子「お願い、マッチなんて最近どこにもなくて」
洋子、圭子の腕にすがりつく。
洋子「あれがないと、私……」
圭子「あれが最後の一個だったのよ」
洋子「そんな」
洋子、泣き始める。
圭子、困惑した表情で、雪絵を見る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます