仲間がいるから
『とびとり』の事務所で、紅音たちいつものメンバー三人は、賢二が作った曲を聴いていた。
紅音が賢二に出したオーダーは、「切ない」「雨」「気持ちの強さ」をイメージした曲である。そのイメージにピッタリくる曲になっていた。さすがだ。インスピレーションが湧いて今にも歌詞が浮かんできそうだ。
サプライズを企画し代行する『とびとり』では、依頼者のシチュエーションに合わせた「オリジナルソング」を作成することを一つのウリにしている。楽器を弾きこなし作曲までできる優秀なスタッフがいるおかげで、それが可能だ。賢二はここでの仕事でその才能を存分に発揮してくれている。少し頼りすぎているところもあるが、いつも紅音の無茶に付き合ってくれる。
「いいね。心に響くメロディだ。素晴らしい」
紅音が曲に対する感想を述べると、賢二はほっとしたような照れたような顔になった。対人関係はあまり得意でない彼だが、内向的だからこそ活きる部分もある。
「イントロはピアノだね。そういえば、サッキーは昔ピアノ習ってたとか言ってなかったっけ?」
「はい。一応」
咲来は淡々と答えた。
「それじゃあ、弾いてみる?」
「弾く、とは?」
「サプライズ本番で、サッキーがピアノを弾くんだ」
紅音の言葉に、咲来が珍しく言葉を詰まらせた。
「そんな。私には荷が重いです」
「大丈夫。重かったら、一緒に持って軽くしてあげるよ」
「でも」
「でもモモンガもない」
「前に聞いた台詞ですね」
「今日からピアノ練習しよう。そのぶんの仕事はケンケンに押しつけて」
「僕ですか」
「他に誰がいる?」
「ソラさ……なんでもないです」
「あたしは遺跡発掘業で今日も忙しいんだ」
「はい」
「おい、ちゃんとつっこんでくれなきゃあたしがただの変な人みたいになるだろ」
「充分変な人だと思いますが」
「言ってくれるな」
「それで、曲はできましたけど、具体的にどういうサプライズを行うんですか?」
「結婚式の最中にさ、急に花嫁の元カレ的な奴が出てきて花嫁を連れ去ろうとするやつあるじゃん」
「はあ」
「それをやろう」
「マジですか?」
「マジマジ」
「意味がわかりませんけど。それが一体何になるんですか?」
「面白そうじゃん」
「僕は不安でいっぱいです」
真はこの日もダンスの練習のため、『とびとり』のスタジオに行った。
ダンサーたちに挨拶をした後、周りを見回して物足りなさに気づく。真は、いつも通り暗そうな顔をしている賢二に話しかけた。
「紅音っち、今日はいないの?」
「紅音っち!?」
賢二は予想外の大袈裟な反応を示した。
「なんだよ」
「いえ、べつに。そんな呼び方をしてるんだなと思って」
「向こうがマコッちゃんとか呼んでくるからさ。こっちだけ他人行儀だとおかしいじゃん」
「そう、ですね」
「変わってるよな、あの人」
「はい」
「なんか気になるんだよね」
「何がどう気になるんですか?」
思いの外、賢二の語気が強い。意外とわかりやすくて、可笑しかった。
「大丈夫、大丈夫。そんなつもりじゃないから」
「そんなつもりってどんなつもりのことを言っているんですか?」
「ちょっとー、そこのおじさん二人ー」
痺れを切らした七菜が口を挿んできた。
「僕はまだ二十五ですよ」
賢二が返す。
「七菜からしたらじゅーぶんおじさんです。二人ともそんなにソラさんのことばっか気にして。今目の前にこんなステキなレディがいるというのに」
「素敵なレディ? あれ、俺の目には見えないな」
真は演技をしながらわざとらしく言う。
「キィー! 七菜のことバカにしたらソラさんに言いつけてやりますよ」
「それはなんかちょっとやだな。めんどくさそう」
「ソウチョーさんも何か言ってやってください」
七菜があぐらをかいて座っている聡一を促した。
「ん、あー……」
「どうだ、見ましたか! ソウチョーさん渾身の、ん、あー」
「そろそろ練習を始めましょうか」
「ケンケンさん、あなたって人はー!」
一方そのころ、紅音は喫茶店にいた。紅音と向かい合うように、二人の人物が座っている。
坂下桃と、
「うへへへ~。それじゃあお二人の馴れ初め話なんか聞かせてもらっちゃったりしていいかな~?」
桃と優紀が変質者でも見るような目で紅音を見てきた。
「そんなに引くなよ。場を和ませようと愉快な人物を演じただけじゃないか」
「そ、そうなんですね」
桃の顔にはやはり真の面影がある。丸っとした顔の輪郭に、小さめのくりっとした目。兄の目はもう少し細いが。優紀のほうは、真面目な好青年といった印象だ。いじめてその端正な顔を歪ませ泣きっ面でも拝ませてもらいたいと思うような、ハンサムボーイである。
紅音は目の前の二人から、真に関する話を聞いた。二人は今回の結婚を、真に喜んでもらいたいと思っていた。桃は初めからそのことを優紀に伝えていた。もし兄が反対したら結婚はできないとさえ言っていたようだった。
紅音は桃と真が羨ましかった。一人っ子の自分に、そこまで頼れる身近な存在などいない。親と子の関係とはまた違う。友達とも、恋人とも違う。他にいない、唯一無二の存在。
紅音は桃と真の関係を壊したくなかった。二人の関係は、とても美しいものだと思ったから。そのために自分ができることがあれば、協力は惜しまない。
桃と優紀の二人と別れた後、紅音は急に人恋しくなった。珍しくセンチメンタルな自分に少し驚く。
紅音は両親に会いたかった。家族というものの温かさを感じた記憶は、はるか遠くだ。
自分が『とびとり』で仲間たちと戯れているのは、この切なさを紛らわせようと思っているからなのかもしれない。
もしその仲間たちが自分のもとからいなくなってしまったら、自分は独りぼっちだ。その孤独には、きっと耐えられない。
みんなの前ではいつも陽気なキャラクターを演じているけど、実はこんな寂しがり屋だったんだと思って、自分で可笑しくなった。
みんなに会いたかった。仲間に。
その時、まるでタイミングを計っていたかのように、スマートフォンがメッセージの着信を告げた。
賢二からメッセージが来ている。
『最近駅前にオープンした焼き肉屋。今キャンペーン中で安いみたいですよ。よかったら今日の夜ご飯一緒に食べませんか? あっ、もちろん咲来さんも一緒です』
なに慌てて付け加えているのかと、笑ってしまう。サシで誘う勇気はないのか。
紅音は胸の内に温かくなるものを感じながら、返信するメッセージを打ち込んだ。
『OK。七時に現地集合。遅れた者は罰として、一週間朝の挨拶の時に「おはようございマッスル」と言わなきゃいけない刑執行ね』
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