練習、始め!!

 その日紅音は賢二と一緒に結婚式場の下見に来ていた。向こうのウェディング・プランナーと会い、打ち合わせをした。

 相手方は紅音の無茶な注文に苦い顔をしたが、それは慣れっこだ。賢二がどうにかフォローを入れつつ、話を強引にまとめる。

『とびとり』への依頼内容で、結婚式の余興でフラッシュモブを披露したいというものは多々ある。真もその過去の実績などを考慮して連絡を寄越したのだろう。

 紅音と賢二は桃が当日式を行う予定のチャペルに入った。左右に座席が並ぶ通路を歩いていく。

 賢二の足音が途絶えた気がしたので、紅音は振り返った。賢二は入口近くで白い顔をして佇んでいた。

「ケンケン、どうしたの?」

「いや、正夢になったと思って」

「正夢?」

「いえ、なんでもないです」

「あら、もしかしてあたしと結婚式を挙げる夢でも見た?」

「そういうわけじゃ」

「じゃあせっかくだしちょっとやってみようか」

「えっ?」

 紅音は賢二のところに戻っていって、彼の手を引いた。顔を赤らめて戸惑う姿が可愛い。

 通路を進んで祭壇の前まで行き、賢二をこちらに向かせて立たせた。

「えっと、何て言うんだっけ? 汝、魔王を倒して世界を救うことを誓いますか、だっけ?」

「違うと思いますよ。勇者じゃないので」

「じゃあ、生涯愛することを誓いますか?」

「ちょっと、やめましょうよ」

「なに、あたしに恥をかかせるつもり? あたしのこと嫌いなの?」

「そんなこと」

「じゃあ、好きって言ってみてよ」

「無理やり言わせるようなことじゃないでしょう」

「それじゃあ、行動で示して」

「はっ?」

 紅音は落ち着かない賢二の様子を捉えている視界を閉じた。目を瞑り、唇を少しだけ突き出して彼の訪れを待つ。

 十秒以上経過したが、一向に何かが触れてくる気配はない。

 紅音がそっと目を開けると、賢二がチャペルの入り口に向かって一目散に走り出す姿が見えた。

「待ちやがれ! 逃げんなゴラァァァ!」



 真は、『とびとり』のスタジオにいた。十人以上いるダンサーたちに一斉に注目され、居心地が悪い。

「こちら、次期総理の坂下真さんです」

 紅音がダンサーたちに紹介をした。

「ジキソーリ!? それって、次にソーリダイジンになる人だってことですか!? やばばっ」

 まだ小学生に見える女の子が大袈裟に反応した。

「いや、そんなわけないだろ」

 真はぼそぼそっと呟く。

「じゃあ、マコッちゃんからも簡単な挨拶と、オリンピック出場に向けた意気込みなんかも言ってもらえる?」

「だから、指相撲はオリンピック競技じゃないって。仮にそうだとしても、俺はべつに指相撲が得意ってわけじゃない」

「何をブツブツ言ってるんですか?」

 さっきの女の子が突っかかってきた。ずいぶん威勢のいい子供だ。将来大物になりそうな気がする。

「はいはい。えー、ご紹介に預かりました、坂下真です。みなさんと一緒に妹の結婚式で披露するフラッシュモブの練習をさせてもらいます。どうぞお手柔らかにお願いいたします、っと」

 集まったダンサーたちからパチパチと拍手が起きた。

「よーし。じゃあ今日は実際に披露する振りつけに入る前に、簡単なダンスで体を慣らしていこうか。ソウチョー」

 紅音がパンパンと手を鳴らした。真が紅音の向いているほうに目を向けると、一人スタジオの隅っこであぐらをかいている男が目に入った。あれが、ソウチョー? もしかして、マジのやつ?

 ソウチョーと呼ばれた男は気だるそうに立ち上がり、真のほうに近づいてきた。なんだか、雰囲気が怖い。

「彼がうちのダンスチームのリーダー。厳つい顔して大のスイーツ好き」

「ちっ」

 ソウチョーはあからさまな舌打ちをした。もしかしてこの人とマンツーマンか?

「あ、あの、できたら可愛らしい女の子に教えてもらったほうがモチベーションが」

「ああ!?」

 ソウチョーがガンつけてくる。

「まあまあ。でも確かに、男二人が手取り足取り教え合っている絵も美しくないな」

「それじゃあ七菜がマコッちゃんさんに教えるっていうのはどーでしょー」

 威勢のいい女の子が話に入ってくる。七菜という名前か。それにしても、マコッちゃんさんって。

「おっ、ナナナ。この重要任務、任されてくれるか?」

「任されて差し上げましょー」

 こんな小さな女の子が先生役か。あの族の総長よりはましだが、大丈夫だろうか?


 数十分後。

「ゲロゲロー。もー無理ー」

 真はスタジオの床にうつ伏せに倒れ込んだ。息が続かず、体も重い。なんか嫌な汗もかいてきた。吐き気もする。

「だっらしないですねー。それでも大人の男の人ですかー?」

 すぐ近くで七菜がクルクル回って意気揚々と踊っている。やばい、甘く見ていた。ダンスがこんなにきついなんて。

「先が思いやられるな」

 ソウチョー(聡一という名前らしい)が仁王様のように腕を組み、へたれ込んでいる真を見下ろしている。はい、何も言い返せません。

「まっ、大丈夫。なんとかなるさ」

 紅音が肯定的に請け負ってくれているが、本当に大丈夫だろうか? 結婚式まであまり時間はないぞ。

「マコッちゃんは、妹思いのお兄ちゃんだからね」

 紅音にそう言われ、真は体を起こした。

「やめてくれ。恥ずかしい」

「恥ずかしがってる場合か。本気で勇気を振り絞らないと、伝えたいことも伝えられないよ」

 真は紅音に言われたことを考える。

 確かに、その通りだった。そのせいでズルズルとここまできてしまった。今回が最後の砦だ。ここで失敗すれば、桃とは一生道を違うことになると思う。すれ違ったまま、後戻りもできない。

 真は立ち上がり、七菜に向かって真っすぐ立った。

「先生、もう一度お願いします」

 小学生の女の子に向かって丁寧にお辞儀をする。

 七菜は得意気にニコッと笑った。

「よろしー。ジキソーリにわたしが直々に教えてしんぜよー」

「次期総理じゃねえわ!」

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