繋がれゆく友情

「ちーっす」

 朝、紅音は『とびとり』の事務所に入りそう口にした。デスクでは賢二と咲来がPCと向き合って仕事をしている。

 紅音がいつものようにソファのほうでくつろいでいると、咲来がコーヒーを淹れてくれた。

「どうぞ」

「スペシャルサンクス」

 咲来はささっと自分の席へ戻っていく。

「それにしてもサッキー、昨日は楽しかったね」

 紅音は賢二にも聞こえるようにわざと大きめの声で言った。予想通り、賢二の体がピクッと震えて反応を示した。

「こんなことや、あんなことまでやってしまったよね」

「誤解を招くような言い方しないでください」

 自分で気づいているかわからないが、賢二のそわそわしている様子が完全に体に出てしまっていた。見ていて面白い。

「ケンケン、そんな寂しそうな顔するなよ。ケンケンを仲間外れにしたわけじゃなくてたまたまだったんだ」

「僕は何も言ってませんし何も感じてませんし寂しい顔だってしていません」

「今度遊ぶ時はケンケンも誘うからさ」

「だから僕は何も言ってませんし感じてませんしショックで意味もなく部屋の中を掃除して回ってみようなんて思っていませんから」

「だからごめんって。代わりと言ってはなんだがこいつを進呈しよう」

 紅音は賢二に青い鳥のぬいぐるみを差し出した。

「そいつをあたしの生まれ変わりだと思って事務所の好きな場所に飾ってくれ」

「ソラさんはいつお亡くなりになったんですか?」

 そう言いながら賢二はぬいぐるみを受け取った。

「ちなみにそれはあたしじゃなくてサッキーがUFOキャッチャーでゲットしたものだよ」

 賢二の体がまたピクッと小さく震えた。その反応から彼の心情を想像して紅音はニッと笑った。

「それでさ、いきなりだけど、ケンケンに重要な頼みごとがあるんだ」

「新島さんに頼めばいいんじゃないですか?」

 拗ねておる。かわゆい奴め。

「ケンケンにしか頼めないんだ」

 紅音の真剣な声色から何かを感じ取ったのか、賢二が彼女に顔を向けた。

「曲を作ってほしい」

「曲? また依頼ですか?」

「いや、あたしの個人的なもの」

 紅音はぐっと力を込めて拳を握り締めた。

「友達のために作る、大切な曲なんだ」



 午後、スタジオで近々フラッシュモブを披露することになるイベントのダンスの練習をした。練習が終わった後、十名以上いるダンサーたちに向けて紅音が声をかける。

「みんなー、疲れてるとこ悪いんだけどちょっと聞いてー」

 それぞれ帰り支度をしていたダンサーたちが紅音のほうを振り向く。

「あたしの個人的なお願いがあるんだ。仕事じゃないからギャラは出ないんだけど、今度披露したい演目があるんだ。できるかぎり多くの人を集めたい。それに協力してほしい。もちろん強制じゃないので、日頃お世話になっているあたしにここぞとばかり恩を返したいと考えている人だけ聞いてくれ」

「そういうこと自分で言いますか?」

 賢二が呆れた顔で言った。

「なんですかなんですかなにするんですか!? 楽しそうなことなら七菜も参加しますよ」

 七菜がピョンピョン跳ねながら言った。

「おっ、早速参加者一名ゲッツ。愛してるぜナナナ」

「ソラさん、そういう言葉ケンケンさんの前で軽く口にしないでください。しっとがなにかとめんどーなので」

「なんで僕が」

「大丈夫さ、ナナナ。あたしは初めからケンケンに嫉妬させるつもりで言ってるから」

「……」

 みんなその場で留まっている中、一人足音を立ててスタジオから出ていこうとしている人物がいた。紅音はその男の背中に向かって声をかける。

「ソウチョー、待ってよ。一緒に協力して」

「強制じゃないんだろ」

「ソウチョーとあたしの仲じゃないか」

「その言葉、小僧が嫉妬するぞ」

「小僧って僕のことですか?」

 完全にイジられ役に回されている賢二がぼそっと言った。



 紅音は病院の廊下を歩いていた。

 するともはや顔馴染みとなったベテラン女性看護師が楽しそうに声をかけてきた。

「こんにちは。今日もまた来たのね」

「ういっす」

 軽く挨拶をしてすれ違う。

 菫の病室の前まできて中を窺うと、菫はベッドから出て背もたれのある椅子に座り、本を読んでいた。紅音は部屋の中に入る。

「やあ菫。エロ本でも読んでるの?」

 本を読んでいた菫が顔を上げて紅音を見る。

「はい、エロ本読んでいました」

「えっ、本当に?」

「嘘です」

「……」

 カウンターで不意を衝かれた紅音はつい一瞬言葉を失ってしまった。その紅音の様子を見て菫がクスッと笑った。

「まさかあの真面目な菫の口から冗談が飛び出す日が来るなんて」

「毎日紅音さんと会っている副作用ですね」

「だけど、あたしをからかうなんてまだまだ百年早いぜ」

「それじゃあ、頑張ってあと百年生きないとですね」

 その菫の言葉は自虐的なものではなく、楽しそうな雰囲気を伴って放たれていた。

「なんだか元気そうだね」

「はい、紅音さんのおかげです」

「あたしなんにもしてないけど」

「そういうところですよ」

「なにが?」

「私、もっと早く紅音さんに会ってみたかったです。そしたら一緒にいろんなことできたのかなって」

「今からでも遅くないじゃん」

「そう、ですね。私たち友達ですもんね」

「うん」

 紅音が頷くと、菫は満面の笑みを浮かべた。その顔は地平線に輝く夕陽のように美しかった。

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