第10話 捕食という屈辱
登場人物
―流浪の歩哨…悪魔同士の戦争に参戦する孤高の傭兵、宇宙を渡り歩く無数の手足の麗人、眼群に覆われたコズミック・エンティティ。
推定数十万年前:不明銀河、不明星系、不明惑星の遥か上空
有害な放射線があちこちを飛び交っていた。それ自体は宇宙空間の常であるようにも思われたが、しかし奇妙な作用によってその多くが大気圏を貫通し、亜光速で飛び散った放射線が遠方の別惑星の大気を持たない地表へと突き刺さった。
悍しい激突が発生している高度から遥か下方にて栄える都市では、巨岩作りの市政庁舎が真っ先にその影響を受け、放射線に対して特別の耐性を持つでも無い原住種族が悶え苦しみ、硝酸を主成分にした血液が肉体の上端から生えている腕じみた器官からだらだらと流れ出ていた。それらの様が他のまだ無事であろう個体どもの恐怖を誘い、特殊な匂いを使用したコミュニケーション媒体があちこちで飛散し、エメラルドのごとき空の下で事故や病死が多発した。
無論の事、その肉体上で大量の眼球を常にあちこちへと向けている流浪の歩哨はそれらの地獄絵図を確認していたものの、しかしかの実体は別段慈しみ深いわけでもなく、その女でもなければ男でもないしそれ以外の様々な性別にも該当しないこの実体にとっては、眼下で人間どもが苦悶と共に倒れる様などは人間の子供にとっての極小動物の観察とその消極的虐待と変わり無かった。かの実体は激怒しており、それは己を突如鷲掴みにした命知らずの阿呆へと向けられたものであったのだ。
流浪の歩哨は信じられないような巨体を誇る何者かが己の全身を巨大な手で握り潰そうとしているという事実がひたすら気に入らなかった。己は魔王どもと戦争をするある種の傭兵であり、義勇兵であり、孤高のウォーモンガーであった。そのような自画像を侵害する事象など許せるはずもあるまい。鉤爪じみた無数の器官を動かすと、それによって己を握る星空の巨人の手の内側が削れている感触があった。それは空間というか、『そこにあるべきではあろうが、しかしあってはならない何か』を切削しているという奇妙な感触であり、流浪の歩哨の永い生においても経験が無かった。
正三角形状に配置された目が輝いており、上半身のみが惑星上空にて顕現しているその謎の実体は明らかに流浪の歩哨を餌だと認識していた。そのような事実は当然ながら流浪の歩哨のような実体にとっては気に入るはずも無く、眼群より放出させる石化の呪いが全く効いていない事もまた、その怒りを増幅させるのであった。
〔お前を破壊してやる。お前を叩き壊し、お前の残骸をそこらのブラックホールに破棄してやる〕
多数の声が重複して響き渡り、何百万マイル先からでも観測できる光言語やその他の媒体による言語によって同じ言葉が紡がれていた。怒りの形相は麗人の美しさを損ねるでも無かったが、しかし可能であればそれらの無数の目には今だけでも見られたくないと他者に思わせるだけの恐ろしさがあった。
The Collisions――星界の巨神同士の激突 シェパード @hagezevier
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