第6話 蹂躙される魔王

登場人物

―ルリム・シャイコース…妖艶なる白蛆の魔王、肥えた大蛇のごとき麗人、己の領界ドメインの支配者。

―レベル5の異常重力体…自我を持つ邪悪なブラックホール、星々を渡り歩くコズミック・エンティティ。



詳細不明(リニア時間線的観点では恐らくコロニー襲撃事件以前):魔王の領界ドメイン


 中性子星が爆弾のごとく投下された際、その凄まじい重力故にその周囲の万物が粉々に砕かれるか、引き伸ばされて一点へと引き込まれるような、終末じみた光景が広がった。薄明かりに照らされた永夜の降雪は完全に消滅し、単なる中性子星以上のものであるからか、周囲にぼうっと光る輪を備えた漆黒のレンズ状のものがその周囲のあらゆる全てを蹂躙し、それはもはやブラックホールと変わらなかった。

 尋常ならざる悪意を湛えたコズミック・エンティティは新たなブラックホール誕生に費やされたエネルギーそのものを兵器として使用し、その単純明快な超新星爆発じみた凄まじい放射が魔王の宮殿を焼き尽くさんとした。実際、その不可解な材質で建造された『本人がそう望む限りは破壊不能の』宮殿の外壁が剥がれ始め、その周囲では山も大地もその上にある積雪も区別無く、殺戮の嵐の中で死に絶えていた。

 己の領界ドメインの中では神々の王や武神でさえ歯が立たぬ程の難攻不落性を誇るはずの魔王がやや押されており、およそ六対四の力量の割合で鍔迫り合いに興じているとも言えた。理論上は三次元宇宙と同じ広さを持つこの吹雪く異次元にて、魔王は己の物理的肉体を構成する原形質を再構成し、それを相手からは触る事のできない十天文単位程の大きさで顕現させた。妖艶なる白蛆の魔王は天を覆い尽くす巨体として君臨し、必要とあらば更に巨大化する事も容易であった。ロキの息子の大蛇のごとく世界そのものを威圧する咆哮を発し、その声が響き渡る星団程度の範囲内では万物が死刑に処された。しかしその程度の死の強要でレベル5の異常重力体を殺すには程遠く、というよりも飼い猫のあくび程度の影響しか与えられなかった。

 ルリム・シャイコースは珍しく苛立ち、思い上がった巨大なブラックホールを締め上げるために更に巨大化して襲い掛かった。しかし両者は間際無く巨大化合戦を繰り広げ、その間に魔王その人の意志で全てが書き換えられ続けるはずの自由自在な粘土細工のこの地が腐敗し、裏返り、自殺すらした。

 今更になり、タイフォン卿とロイド=ブソス卿が恋しくなった。かの神々が己のために戦ってくれる事を祈ったが、しかし領界ドメインの内側にしか作用しない力の限界が露呈した。搾取する側がされる側となる屈辱に首まで浸かり、煮え立つ怒りが内側から肉体を焼き、絶対零度を遥かに超えた物理的にあり得ない低温にて、恐らくは三次元の法則に準拠しているであろう敵対者の構成そのものを強く踏み躙った。さすがにこれは堪えたらしく、邪悪な巨大ブラックホールは抽象的に咳をしながらも、しかし未だに笑っていた。

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