第2話 魔王その人を小馬鹿にする者

登場人物

―ルリム・シャイコース…妖艶なる白蛆の魔王、肥えた大蛇のごとき麗人、己の領界ドメインの支配者。

―レベル5の異常重力体…自我を持つ邪悪なブラックホール、星々を渡り歩くコズミック・エンティティ。



『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。


詳細不明(リニア時間線的観点では恐らくコロニー襲撃事件以前):魔王の領界ドメイン


 異常重力そのものが天を覆い、それは明白な自我を持っていた。信じられないような悪意を湛え、重力の作用や時間の停滞などを使って『嘲笑って』さえいた。不遜そのものの様子で領界ドメインの持ち主を見下ろし、己が存在する事によって周囲の環境が捻じ曲げられゆく様を眺めては、傲慢さの化身のごとく振る舞っていた。

 そして現在の状況について冷静に考えればこういう事であろう――この自我を持つ邪悪なブラックホールは、魔王その人の質問を畏れ多くも答えぬまま、小馬鹿にして下に見ていた。その名を口にするだけでも忌むべき作用が発生するような邪悪の中の邪悪を相手にして、『だからどうした』という態度を取って侮辱する行為は、少なくともこの領界ドメインにおいてはあり得ない、否、想像する事すら万死に値する愚行であった。小間使いの悪魔どもは主人がいかにして怒るかを想像して恐れ慄き、凍えるこの地の自然環境は自死する寸前で思い悩む有り様であった。

 妖艶なる白蛆の魔王ルリム・シャイコースその人が望まぬ限りそうならないはずの現象がひっきりなしに発生しており、それは明らかに宣戦布告であるか、あるいは下等な実体であるとして見下みくだしに来たのではないか。何も見えない真の闇として存在するそれは歪められた光を己の輪郭として纏い、ぞっとする程威圧感のある降着円盤を衣服として着ているらしかった。両者の相対距離は恐らく六〇万天文単位程かと思われ、しかしその距離でも異常なブラックホールからはおどろおどろしいものが漂っていた。

 それの起源は謎に包まれていた。自我を持ったせいか、あるいは因果関係がその反対なのかは不明だが、なんであれ銀河中心部クラスの超巨大ブラックホールが無制限に肥大化し続ける悪夢じみた巨獣のごとく成長し、そしてそれは信じられないような邪悪さであらゆるものを飲み込むか、己の存在規模がもたらす歪みによって下々の生物の生活圏が崩壊する様を、ある種の吐き気を催す邪悪極まる娯楽として束の間の慰めにしていると思われた。この実体はいつの間にか煉獄の腐れ果てた拷問者どもや〈深淵〉アビスの悍しいサディストどもですら震え上がる化け物となり、一種のコズミック・エンティティや頂点捕食者として星の海を闊歩しているらしかった。

 魔王はとぐろを巻いて『仕方が無いですね』と呟き、その言葉は呪いとして領界ドメインに広がり、超次元的な作用によってブラックホールを拘束しようとした。概念上の有刺鉄線が言霊のように働いて襲い掛かり、不可視かつ不可知の回避不能の何かが締め上げようとしていた。尋常ならざる異常重力体は相手を小馬鹿にしながら己の影響力を広げ、それは絡み付こうとして周囲から作用する何かと鍔迫り合いをしているものと思われた。音にならない悪意さえある異音が響き渡り、遠方の猛吹雪が爆ぜて消え失せ、氷河の山脈が流血して死に始めた。

 頂点捕食者同士の争いとは、往々にして地獄めいているものであった。

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