第11話 ホルモンの脂の魅力
リオン・アースゲイル……。
親父の仲間か。
親父から、その武勇は聞かされたが、直接会ったことはない。たしかに国宝級の偉人だが、魔王を封印したというのは、俺のガキの頃の話なので、もはや勇者一行の物語など、歴史としてしか認識していない。
「そのリオンの娘が、俺になんの用だ?」
「なんの用だ……じゃないわよ。あんた、勇者としての自覚はあるの?」
「自覚……?」
「魔王が復活したせいで、世界が大変なことになっているのよ? そりゃ、ラングリードは平和かもしれないけど、イエンサードも他の国も苦しんでるの。こんなところでかき氷食べてる場合じゃないでしょ」
俺は気まずそうな表情で「あー」と、間延びしたかのような声を漏らす。
アスティナの言っていることはもっともだ。けど、ラングリードにも事情があるし、俺個人の事情もある。
というのも、俺の能力は攻めに向いていない。いまは守りに徹して魔王軍の戦力を削ぐのがいちばんなのである。
それに、俺がラングリードからいなくなったら民も困るのだ。それがゆえに、俺を他国に派遣することを王はよく思っていない。
「最低ね、自分たちの国さえ助かれば、それでいいってワケ?」
そう言われると弱いのだが、闇雲に戦って死んでしまえば元も子もない。魔王軍も、俺を放っておくとは思えないし、ならばと専守防衛で機会を窺うのが上策なのである。
言われっぱなしなのが気に入らないのか、メリアが庇ってくれる。
「私たちだって戦っているのです。つい先日も、魔人ヴァルディスを倒したんですよ!」
「知ってる。けど、その肝心のヴァルディスは取り逃がしたんでしょう?」
「そ、それは……」
取り逃がしたというか、俺が家に帰したんだけどな。メリアが困っているので、俺が言葉を滑らせる。
「いいだろ、別に。結果として、ラングリードから魔王軍が撤退したんだから」
アスティナは「ふん」と、鼻を鳴らす。
「まあいいわ。とにかく、あんたに言わなきゃならないことがあるの」
「なんだ?」
「イエンサード地方にいた五大魔将のひとり、プリメーラがこのラングリード地方に入ったらしいわ」
――魔王軍五大魔将、暗略のプリメーラ。
魔王軍のブレインと謳われる、最高の頭脳の持ち主。イエンサード地方にて活動していたそうなのだが、ヴァルディスの敗北によって方針を変えたようだ。
プリメーラの部隊が、ラングリード地方へと侵入。この町を――いや、俺の命を狙っているのだという。
「それをわざわざ、伝えにきてくださったというわけか」
アスティナは、イエンサードの騎士団に所属しているという。
立場は俺と似たようなもので、特定の上司を持たずに、ある程度の自由を許されている。ということは、それなりの実力者なのだろう。
「プリメーラには頭にきてる。あいつは、イエンサードの民を大勢苦しめた。この手で奴を倒すために、このアスティナ様がイエンサードを代表してきたってワケ」
時代や物語によって、勇者パーティの形態というのは様々だ。ワンマン勇者もいれば、仲間たちと力を合わせるタイプもいる。歴史書によれば、犬、猿、鳥などの人外生物とパーティを組む勇者もいると言われている。
その中でも、俺のご先祖、サウナ勇者ヘルキスは異端だ。
ヘルキス以外のすべてが支援。仲間すべてが勇者のために行動する。勇者のサウナ力を活かすことだけを考えて戦う。こいつも、リオンの娘ならば、そういった能力を携えているのかもしれない。
「けど、いまのあんたに協力する気にはなれないわね。世界が大変なときに、美女と一緒にバカンスなんて、ヘルキスが知ったらむせび泣くわ」
「ベイルくんは、ひとときの休息を満喫しているだけです! 日常の一コマだけを見て、判断しないでください!」
「正直なところ失望した。腑抜けの勇者に力を貸す気にはなれない。あたしは、あんたを認めない」
「別に認めてもらわなくてもいいぜ。俺は、俺のやり方で町の人たちを守るだけだ。イエンサードの国王様には、断られたって言っといてくれ。勇者ベイルは、アスティナの助けは必要ないって」
「そ、そういうわけにもいかないでしょ! こっちにだって立場ってものがあるの! もうちょっと、ほら、なんかないの! まずは反省するとか、実力で認めさせてやるとか!」
俺が遊びほうけているのをいいことに、マウントを取るつもりだったみたいだ。上手くいかないので困ってしまっているアスティナ。
「……そもそも、遊んでいるっていうけどさ。おまえの、その格好はなんだ?」
うん。俺のことを散々責め立てているけど、アスティナも水着なんだよね。水色のビキニに日焼け防止用のパーカーを軽く羽織っている。
完全に遊ぶ気満々だ。このプールを満喫しようとしている。
「こ、これはプールだから仕方ないでしょ!」
「いや、プールだからといって水着じゃなきゃダメってわけじゃ――」
「いいじゃない! イエンサードから遠路はるばるきてやってるのよ! あんたと違ってしっかり働いてるの! これぐらい許されるのは当然でしょ!」
きっとプールに惹かれたんだろうなぁ。わからなくもない。ラングリードは世界最大の娯楽都市だし、アスティナからすれば夢の国だったに違いない。
「と・に・か・く! あたしの力を借りたかったら、まずは認めさせるコトね! 勇者らしいところをちゃんと見せるの!」
「わかったわかった。けど、とりあえず今日は仕事もないし、プールを満喫しようぜ」
「うー!」
「おまえだって、流れるプールで泳いでみたいだろ?」
俺が親指でプールを指し示す。アスティナが、それを一瞥する。子供たちが、歓喜の声をあげながら流されていく様子を羨ましそうに見ている。こんな大規模プール、他の国にはないもんな。
「波のプールも気になるだろ?」
今度は、そちらをチラリ。身体がうずうずしているのがわかる。こいつ、見た目よりもずっとお子様だ。
そんな時、焼きそばを買いに行ったフランシェが、ちょうど戻ってきた。
「焼きそば買ってきました」
そう言って、差し出されるホルモン焼きそば。俺は、頼んだ覚えがないのだが、気を利かせて、俺たちのぶんまで買ってきてしまったようだ。
「いや、俺。かき氷があるし……」
「そうですか。残念です」
「どうせなら、アスティナ。食べるか?」
そう言って、アスティナへと促してみる。
「え? いいの? ……じゃなくて! ええと、えっと――」
「この方は?」
「イエンサードからきてくれたアスティナだ」
「それはそれは、遠くから大変でしたでしょう。よかったら、この焼きそばをお召し上がりください」
フランシェが、ずいと差し出した。アスティナは目を輝かる。涎がツゥと垂れてきている。
「そ、そんなわけには――」
「食べてくれると、助かるんだが」と、俺も進める。残すのも、もったいないしね。
「そこまで言うのなら、食べてあげないこともないけど……。仕方ないわね」
あくまで強気な姿勢を崩さず、彼女はホルモン焼きそばを受け取る。
そして、プールサイドには彼女の「うンまぁぁぁぁぁぁぁぁいッ!」という、歓喜の叫びが響き渡るのだった。
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