第12話 スクランブル・サウナ


 数日後、アスティナの情報どおり、ラングリードの様相は一変した。都市の外にプリメーラ軍が展開、布陣している。数は3万といったところか。


 俺は、城壁からそれらを眺めてポツリとこぼす。


「アレが、プリメーラ軍か……」


 アスティナのおかげで、ラングリード軍の準備も完了していた。都市内にいる兵はいつでも出陣可能。サウナストーンを使った防衛設備だって、いつでも発動可能だ。


「油断しない方がいいわよ。プリメーラ軍は精鋭中の精鋭。魔物の質は、ヴァルディス軍を遙かに上回るというわ。事実、イエンサードは劣勢を強いられてきた。そして――」


 肩を並べながら、アスティナが語る。


「――なにより、戦が上手い」


 まるで、真綿で首を絞められるような戦いだったという。戦が長期化していたら、イエンサードは確実に滅ぼされていた。


「慎重かつ確実か。まるで軍師のお手本のような奴だな」


 プリメーラは知略のみで、魔王軍の幹部に抜擢されたほどだという。おそらく、戦の上手さに関しては、ヴァルディスの上を行くだろう。


 事実、現状でも十分つらい。プリメーラ軍が町を包囲してからというもの、動きを見せないのだ。


 観光都市としては経済的に痛手。旅行者が入ることができない。さらには、商人も動けないので輸入も輸出もできない。国民の不安感情も高まっていく。


「さて、ラングリード騎士団のお手並み拝見といこうかしら」


 アスティナが、得意げに嫌味を滑らせた。


     ☆


 俺とアスティナは城へと戻る。

 執務室にて、フランシェに報告をする。


「数も布陣もたいしたことない。いくら強い魔物が揃っているとはいえ、俺たちなら、なんとかなるだろう」


「ふむ……アスティナさんの情報通りでしたね」


「あら、もしかして疑っていたのかしら?」


「そんなことはありません。有益な情報をありがとうございます。ラングリードを代表してお礼を申し上げます」


「お礼は、プリメーラをぶっ飛ばすことで返してもらうわ。あいつは一筋縄ではいかないわよ。侮っていると痛い目を見るわ」


 フランシェは、得心するかのように深く頷いた。


「……ベイル、なにか策はありますか?」


「俺に聞くのか?」


「ラングリード軍はあなたが要。意見を伺うのは当然です」


 ふむふむと相槌を打つ俺。


「……じゃあ、こっちから仕掛けるか」


「は? バカじゃないの? これは防衛戦なのよ? わざわざアドバンテージを捨てるなんて、どうかしてるわ」


 城郭都市は、守る側が非常に有利だ。城壁に弓隊を配置すれば、より遠くの敵を射抜ける。魔法で狙い撃ちができる。人間の戦ならば、例え相手が倍の戦力を揃えていても負けることはほぼないのだ。


 ゆえに、こちらから城門を抜けて、正面から戦うなど愚者の采配でしかない。アスティナは、そう言いたいのだろう。


 しかし、サウナ勇者である俺がいれば話は別だ。ととのいさえすれば、3万の魔物ぐらい蹂躙してみせる。どんな罠があったとしても、意に介することはない。


「大丈夫ですよ、アスティナさん。ベイルがととのえば、魔王軍など恐るるに足りません。安心して――」


 だが、その時だった。慌てふためくように、メリアが入室してくる。


「た、大変です! プリメーラ軍が動き出しました!」


 俺とフランシェは顔を見合わせる。そして、俺はすぐさま部屋を飛び出した。


「ちょ、ベイル! あんた、どこへ行くのッ?」


緊急スクランブルサウナだ」


 有事の際は、とにかくサウナへと向かう。これが、俺の使命である。


「フランシェ、町の防衛を頼むぜ」


「はい」


     ☆


 残されたアスティナは、フランシェを訝しげに睨んでいた。


「不可解ですか?」


「まあね……」


 ――サウナ勇者。


 アスティナは、その実力を見たことはないが、言い伝えでは無敵の力で魔王を封印にまで至らしめたと言われている。


 ベイルの強さを侮ってはいないが、相手は五大魔将のプリメーラだ。彼一人でなんとかするなんて、眉唾でしかなかった。


「ベイルの強さは本物です。彼が本気を出したら、騎士団が束になっても敵いませんよ」


「本当にそうかしら?」


 アスティナは、少し意地悪を言った。


 真のサウナ勇者だったヘルキスは、仲間がいたからこそ強かった。


 彼の残した言葉にも『信頼できる友がいたからこそ世界を救えた』と、ある。事実アスティナの母、大魔道士リオンも務めを果たしていた。


 ――だから――。


「彼ひとりで、なんとかできると思えない」


 嫉妬だ。ベイルは大勢の人を助けている。こうして信頼もされている。


 しかし、アスティナは無力だった。プリメーラ軍には辛酸を舐めさせられ続けた。


 ベイルの活躍がイエンサードに届く度、活躍できない自分が嫌になった。才能のなさが嫌になる。なぜ、ベイルみたいになれないのだろう。英雄になれないのだろう……。


「仲間の大切さは、ベイルもよくわかっていますよ」


「そうは思えないけど」


「サウナは時間がかかります。彼は、いつもそのことを気に懸けています。彼がととのうまでの間、大勢の人が傷つき、時には息絶えることもある……気丈に振る舞っていますが、ベイルはいつも胸を痛めているのです」


「……そんなふうには見えないわ」


「彼は戦が終わると、仲間たちの見舞いに行きます。勇敢に戦った戦士たちへの墓標にも祈りを捧げます。彼は世界の平和を背負っている自覚がある。紛うことなき英雄ですよ」


「随分と奴の肩を持つのね」


「ええ、幾度となく命を救われていますから」


 フランシェの表情が、ほんのわずかに緩んだ。


「さて、魔物退治です。大魔道士アスティナ、力を貸してくれますか?」


「言われるまでもなく。プリメーラは、あたしが倒す。むしろ、あんたたちが、あたしの戦いに力を貸すのよ」

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