第2話 【ありがとう】
彼は、言います。
あなたが心で願うことは現実になると。
人は、人ではなくロボットでも、
真からの人生を手に入れ、誰もが幸せになれると。
その秘訣は、言葉にあると。
その言葉とは、誰もがよく知っている感謝の言葉。
『ありがとう』
『100万回言ってください。あなたの人生はきっと、変わります』
『たとえばもしもロボットが100億回ありがとうと言ったとしたら、
そのロボットには人間に生まれ変わるくらいの素敵なことが起きるでしょう!』
拍手と大歓声がうねりとなって、響き渡ります。
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ガットンは、しばらくは放心状態で過ごしました。
頭の中を数字・英語・音符・記号などがチョウチョのように飛び交います。
コンピがくれた情報を飲み込めるようになるまで、3日かかりました。
ガットンは、またロボットのガラクタでできた山の頂きに登り、
地球を眺めました。
青い星が、いつもと同じように浮かんでいます。
ガットンは、地球にいた頃は、郵便配達の仕事をしていました。
ポストへ手紙を差し込むと、よく窓を開けて人間たちが『ありがとう』と声をかけてくれたものです。
『ありがとう』とロボットが100億回言ったら……
ガットンの心は、決まりました。
この山の頂きで、地球を見ながら100億回言い続けることに。
『アリ・ガットン』
『アリ・ガットン、アリ・ガットン、アリ・ガットン』
『アリ・ガットン、アリ・ガットン、アリ・ガットン、アリ・ガットン、アリ・ガットン、アリ・ガットン、アリ・ガットン、アリ・ガットン、アリ・ガットン、アリ・ガットン、……』
ムーンシャトルが月に降りたったのは、
ガットンが『ありがとう』を言った回数が1億回を越えた頃でした。
ムーンシャトルから降り立ったロボットは、ガットンの姿を見ると、
大きな2本の手を長く伸ばし、ガットンを持ち上げて、シャトルの中に運びました。
ムーンシャトルが地球に到着すると、ガットンは車に乗せられ【思い出ロボット病院】に連れていかれました。
そこで、ガットンの体の古くなった部品は新しいものと取り替えられ、
サビは落とされ、オイルもくまなく注がれました。
そして、胸の奥のコアボックスコンピューターは、フリーエネルギーで動く仕組みに変わりました。
新品に生まれ変わったガットンを待っていたのは、
なつかしい郵便配達ロボットとしての仕事でした。
ただ……
昔ガットンが郵便配達ロボットとして活躍していた頃とは、
あまりにも世界が変わっていたのです。
これからガットンが仕事をするフクシッピー州では、
11年前に大きな地震があり、多くの家屋が倒壊し、
ビルディング街を飲み込むような津波におそわれたのです。
そして、原子力発電所では放射能が漏れる事故があり、
じわじわと海や大地や町や人々を汚染していったのです。
ガットンは、フクシッピー州やその近隣の居住区へ
手紙や郵便物を届ける仕事をまかされました。
それからというもの、ガットンは、
毎日休まずに郵便物を配達しました。
郵便物や手紙を受け取った人間は、
誰もがガットンへ『ありがとう』と、微笑みかけてくれます。
『良いひびきだなあ~』
ガットンは、いつしか手紙を受け取った人の声を、
録音システムを作動させ、録音することにしました。
その声を再生させ、はじめはガットンが聞いていたのですが、
そのうちに手紙を出した人の家をたずねた時に受け取った人の声の録音を、
再生して聞かせあげることにしました。
それは、とても喜ばれました。
やがて、ガットンに微笑みながら贈られる『ありがとう』の声の録音は、
10億回を越えました。
その頃には、ガットンが地球で再び郵便配達の仕事をはじめてから
11年の年月が過ぎていました。
〈続く〉
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