第31話 前哨戦

※メルティア=ユミゴール視点


 兄の婚約者であるウィリアンヌ様よりお預かりした小箱。

 これが魔法具マジックアイテムだと言われた時は耳を疑った。

 しかし、微かに魔力を感じるのは事実で、コレの使用方法が人智の及ぶところではないのも事実。


 わたくしは風呂敷に包んだ魔法具ラジオを持って王宮に戻った。


 アンねぇ様は「これをエリザベッラ嬢のお部屋に置くといいですよ」と簡単におっしゃるけど、その方法を教えてくださらなかった。

 そっちの方が肝心でしょうに。


 突然、わたくしから贈り物をされても不審がられるでしょうし、かといって無断で部屋に入るわけにもいかない。

 何より彼女は王宮内に私室を持っていないのだから手段がなかった。


 エリザベッラ嬢はあくまでも王宮に仕える使用人であり、与えられた役目がイザーク王太子殿下の給仕係というだけだ。


 それなのに、突然、「イザーク王太子殿下はメルティア様のことを愛していません」だなんて。

 思い出しただけでも腹が立ちますわ。


 あなたに何が分かるのかしら。

 わたくしは生まれて、まだママすら言えない頃から殿下の婚約者なのですわよ。

 それが、片田舎から出てきた男爵家の娘が偉そ――


 おっと、失礼いたしました。


 わたしくこういう一面がありまして。

 兄が感情表現に乏しい恥ずかしがり屋なもので、反面教師として何でも考えなく言っちゃう性格なのです。


 王宮内でありのままの自分をさらけ出すと各所からお小言をいただくのは目に見えていますから淑女を気取っていますが、本当なら口喧嘩では負けませんのよ。

 などと、偉そうなことばかり言っていますが、わたくしが動揺したのは紛れもない事実ですわね。それもこれもお兄様とアンねぇ様が悪いのです。


 あのお二人の仲睦まじさを見せつけられて不安にならないはずがないでしょう。


 言葉を交わさなくても、視線の動きや呼吸の強弱で互いの気持ちを読み合い、絶妙な間合いを巧みに掴んでいるのよ。

 同じことをイザーク王太子殿下とやれ、と言われましてもできないと断言できますわ。


 わたくしたちの間にそこまでの愛の絆はない。

 あるのはただ国を守り、支え、発展させていくという使命が繋ぐ固い絆のみ。


 その絆がお兄様とアンねぇ様の絆に負けているとは思いません。

 だけど、愛という希薄ですぐにでも消えてしまいそうな感情に夢を見てしまっているのもまた事実。


 わたくしの弱いところですわ。


「……考えるのが面倒になりましたわ。どうせ、夜まで待たなければいけないのなら、正面切って我が部屋へお誘いしましょう」



◇◆◇◆◇◆



 実家である公爵邸よりも広くて煌びやかな、わたくしのお部屋。

 エリザベッラ嬢は最初こそ、興奮してルームツアーを楽しんでいたけれど、次第に表情が陰り始めた。


「メルティア様? これは何かの嫌がらせでしょうか。明日の朝も早いので、もう使用人の部屋に戻ってもよろしいですか?」


 3時間前からわたしの部屋で軟禁状態のエリザベッラ男爵令嬢が口を開いた。

 この無言の空間で過ごすのも限界でしょうね。

 よくも、まぁ、3時間も持った方ですわ。褒めて差し上げます。


 ソレがおしゃべりを始めるのは日付が変わる頃だとアンねぇ様には聞いていましたが、そんな深い時間まで待つ必要はなかった。



 ジジ……ジジジジ……ジーー



『メルティアはどうして突然、王宮を去ってしまったのかな。まぁ、戻って来たから良いが』


 その小箱はイザーク殿下のおっとりとした声にノイズを混ぜて語り始めた。

 当然のようにエリザベッラ男爵令嬢は飛び退き、わたしもまた驚いたが、洋扇子で口元を隠して平静を装った。


「な、なんですか、これ!?」

「お黙りなさい。これから聞くのはイザーク殿下の御心。あなたが言うように殿下がわたくしのことを愛していないのか一緒に確認しようではありませんか」


 ローテーブルの上に置いた魔法具マジックアイテムから距離を取るエリザベッラ男爵令嬢を横目にカップを傾ける。


『最近、給仕係になった令嬢は距離が近くて困る。なぜ、触れるのかな。いちいちハンカチで拭き取る手間が増えて面倒だ』


 見た目もおっとりなら、声も話し方もおっとりしておられるイザーク王太子殿下。

 当然のように性格もおっとりしておられる。

 ただし、殿下の言動は受け取り手によってはひどく心に突き刺さる。


『部屋の花も勝手に替えられると捨てるのが面倒なのに』


 パサッと何かが置かれる音が小箱の小さな穴から聞こえた。


「う、嘘ですよね、イザーク様。どうして……っ。だって花は好きだって。私が摘んだお花を綺麗だって言ってくれたのに」


 エリザベッラ男爵令嬢の想像通り、イザーク殿下が今日の昼間に生けられた生花をゴミ箱に捨てられたのでしょう。


「あなた、給仕係なのに殿下のお部屋を見ていないの?」

「見ていますよ! あまりにも殺風景で小さな一輪挿ししかないから、もっと華やかにしようって思ったのに。あんまりです」


 エリザベッラ男爵令嬢はいとも簡単に涙を流した。

 この子は泣きたいときに泣くことを許されて育てられたのでしょうね。

 要するに、わがままな子でしかない。


『余の部屋には国花しか飾らないのに』


「そ、そんな。どうしてそんな決め事を。誰に強要されているの!?」

「まったく。呆れた子ですわね」


 わたくしは苛立ちを隠すように洋扇子を扇いだ。


「殿下は国を愛されているのです。好きな花は国花、好きな鳥は国鳥、好きな武芸は国技、好きな色は国色。全てが国を象徴する、法律で定められているものを好まれます。そんなことは、わざわざ聞かなくても母国のことを知っていれば簡単に気づくことができますわ。そこに気づけないということは国を知らないということ」


 いけませんわ。

 だんだんと素が……出てしまいそう。


「国を愛していない女性ヒトをイザーク殿下が愛するなんてことは絶対にあり得ません」


 あぁ、わたくし、今、きっとすごく悪い顔をしているのでしょうね。

 エリザベッラ嬢は萎縮してしまっているもの。


 恥ずかしさと悔しさからスカートを握り締め、涙をこらえることなく、唇を噛む姿は男性心をくすぐるのかしら。

 わたくしは女なので何も感じないどころか、不愉快なだけですけどね。


「嘘よ! こんなおもちゃまで用意して。格下の男爵家の娘だからって馬鹿にしてますよね! 私を騙そうとされてもそうはいかないんですから!」

「そう。では明日、イザーク殿下の口から直接お聞きましょう」


 魔法具マジックアイテムはやがて砂嵐のような雑音を流すだけになってしまった。


「長い間、待たせて悪かったわね。部屋に戻って結構よ」


 歯を食いしばるエリザベッラ男爵令嬢は逃げるように退室し、とても貴族令嬢とは思えない扉の閉め方をした。


「……アンねぇ様、信じますからね。このメモをイザーク殿下に読んでいただければ、わずらわしいことからは解放されますのよね。でも、どうしてわたくしが書き直す必要があったのかしら。アンねぇ様の字の方がお綺麗なのに」


 わたくしは、そんなことをつぶやきながらテーブルの引き出しの中にしまってあるふみを覗いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る