第15話 要求
あの息が詰まる朝食から2日後、所用で屋敷を不在にしていたユミゴール公爵様と夫人がご帰宅された。
代々公爵家に仕えている執事長からの報告を受けたであろうユミゴール公爵様に呼び出されたわたしは、開口一番の謝罪に目を丸くして立ち尽くした。
「不快な思いをさせてしまって申し訳なかった」
威厳のある心の底からの謝罪に手を振って応える。
「いえ。お気になさらないでください。彼女も屋敷を去ったわけですし」
セシリー=ブロンは自主的に公爵家でのお勤め期間を終わらせた。
同僚には理由を語らなかったらしいが、この時期に去るということは言わずもがなだ。
誰しもが気づいていたが、それを口にせずに彼女を送り出したのだから、やはり公爵家の使用人は人間ができているというか、空気が読めるというか。
セシリーに関しての悪い噂は流れてはいない。今のところは、だけれど。
「ウィリアンヌ嬢は無実の使用人たちを救ってくれたと聞いている。皆に代わって言わせてくれ。ありがとう」
「もったいないお言葉です」
この屋敷において、わたしの専属はセラだけ。
セラと一緒にわたしの身の回りのお世話をしてくれている侍女やメイドは一時的なもので、本来の主は別にいる。
いわば、借りものだ。
そんな人たちが不当な理由で解雇されたとあっては彼女たちの主人に顔向けできない。
「なぜこんなにも馬鹿な真似をしたのか理解に苦しむ」
公爵様は目尻を押え、疲労感を全面に押し出して重々しいため息をつかれた。
どうやらセシリーは窃盗の動機を語らなかったらしい。
この世でわたしだけがセシリーの勘違いを知っている。
彼女は「ケネス様は新しくできた婚約者を嫌っているから意地悪をしても構わない」と思い込んでしまったのだ。
まさか、こんなにも大事になるとは想像していなかったでしょうね。
「魔が差したのではないでしょうか」
「寛大な心には敬意を表するが、時にはわがままを言うことも必要だ。あまり我慢させると心が疲れてしまう」
「肝に銘じます」
ふぅ……と腑に落ちない様子の公爵様に一礼して退室したわたしを待ち構えていたのはケネス様だった。
「話せるか」
「もちろんです」
無言のままケネス様の後を追う。
行き先は分かっている。きっと庭園だ。
庭園の真ん中に置かれた純白のテーブルと二脚の椅子。
廊下に向かって左側がケネス様で、右側がわたしと決まっている定位置に腰掛けた。
「それで?」
相変わらずの言葉足らずに呆れてしまった。
今回の事件はケネス様の口下手と表現不足。わたしの態度と先回りした行動がもたらしたものといえる。
要するに婚約者間のコミュニケーションエラーが問題だった。
だから、わたしはちゃんとケネス様に説明しようと思う。
同じ過ちを二度も犯さないように。
あと、わたしは大人なので。
「セシリー=ブロンは勘違いしていたのです。ケネス様がわたしのことを煙たがっている。わたしがケネス様に好かれようと一生懸命、尻尾を振っていることに迷惑されている、と」
もっとも、わたしが嫌われないように振る舞っているのは勘違いではなく、事実なのだけれど。
「なんだと!?」
ケネス様の心の乱れを体現するようにテーブルが大きく揺れ、驚いたわたしの肩も震えた。
「そんなわけがないだろ!」
肩を掴み、顔を覗かれる。
あまりにも真剣な眼差しに、思わず目を背けてしまった。
「少なくとも彼女にはそう見えていたという話です。セシリーにとっては、わたしの髪留めを盗んで隠すという行為はケネス様を想ってのことだったというわけです」
「なぜそうなる。俺が喜ぶと思ったのか」
「確かに最近はわたしとケネス様がご一緒することが多く、その光景を見て、ケネス様が迷惑されているから懲らしめてやろうとでも思ったのでしょう」
ケネス様の釈然としない表情はお父上であるユミゴール公爵様と瓜二つだった。
「実際にあのお出かけは途中で切り上げていますので、セシリーからすればケネス様の貴重な時間を守ったとなるわけです」
「……それを本人が言ったのか」
面と向かって言われたわけではないが、あの
こくと小さく頷けば、ケネス様は無言で立ち上がろうとされた。
わたしはとっさに手を伸ばす。
「ケネス様を信じてお話ししました。セシリーにはこれ以上の制裁を加える必要はございません。今後の彼女のためにもご容赦を」
「何を勘違いしている」
伸ばした手が振りほどかれる。反射的に手を引っ込めたが、それは叶わず、ケネス様の大きな手に包まれた。
「埋め合わせを要求する」
体温が上昇したのが分かった。
「理由はどうあれ、買い物は完遂できていない。仕切り直す必要がある」
それはつまり――
「わたしともう一度お出かけしたい、と?」
うっかり心の声が漏れてしまった。
今のわたしは傷物令嬢の仮面を被っているはずなのに。
こうも簡単に外されるものなのか。
「そう言っている」
ここでまさかの即答。
興奮と気恥ずかしさを押し殺したような顔で告げられて、断れるような性悪女にはなれなかった。
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