第16話 初デートリベンジ

 今日のわたしはケネス様からいただいた服を着ていなければ、髪留めも身につけていなかった。


 服に関しては「また同じ服かよ」とケネス様に落胆されたくなったから。

 実はこんな服も持っているんですよ、という無言の訴えも兼ねていたりするのだけれど、きっとケネス様は気づいていないと思う。


 これまでずっと髪をバレッタでまとめていたけど、別に流していても生活に支障はないし、一本結びにすると活発な違う自分になれた気がして気に入っている。


「あの服ではないのか」


 今日もわたしの一歩前を行くケネス様がこちらを見ずに尋ねる。

 わたしはというと前回と同様にケネス様の金髪を見上げながら短く返答した。


 二回目ということもあって、前回のようなドキドキはない。

 無言も気にならないし、話しかけられれば答えるという感じだった。


「ここに入るぞ」

「はい」


 町行く人たちからは、わたしたちが婚約者同士に見えているのでしょうか。

 主人と従者とか。兄妹とか。そんなふうに見られているような気がしていた。


「好きなものを選べ」

「はぁ……」


 入ったのは王都の中でも有名だというブティックだった。


 当然、わたしが入店するのは始めてで、キョロキョロしたくなる気持ちを鎮めるのに必死だった。

 ケネス様の隣で田舎者丸出しにするわけにはいかいないので。


 ケネス様が足を止めたのは髪飾りのコーナーだった。

 案の定というか、予想を裏切らないというか。


 あ、勘違いしないでちょうだいね。

 今回のわたしは魔法具ラジオの力を借りていないのよ。


 自分の判断で深夜に聞いたセシリーの胸中をケネス様に話したわけだけど、あのいぶかしむような視線が忘れられなかった。


 犯人がセシリーだということ。

 髪留めの隠し場所。

 そして、ユミゴール公爵様さえも聞き出せなかったセシリーの犯行動機を知っていたこと。


 本人以外が絶対に知り得ない情報をわたしだけが知っているのだから、ケネス様が不審に思うのも無理はない。


 わたしにとって救いだったのは、ケネス様が深掘りされなかったことだ。

 あの瞳で追求されれば、とっさに言い訳は思いつかなかったでしょうし、思いついたとしてもそれを無表情で語れる自信はないわ。


 そういう意味では、ケネス様はわたしを信じてくれたことになる。

 わたしは何も信じられず、魔法具に頼っているというのに――


 あぁ、自己嫌悪感に押し潰されそうだわ。

 今は忘れましょう。そして、目の前の課題に集中しないと。

 これは埋め合わせなのだから。


「髪留めですか?」

「どれでも気に入った物を言ってくれ。一つじゃなくても構わない」


 そう言われても困る。

 綺麗に陳列されたヘアアクセサリーはどれも高級そうで、わたしが母からもらった物よりも値が張るのは一目瞭然だった。


「ケネス様が――」


 選んでください、と言いかけてやめた。


 それでは、婚約者が選んだ物しか身につけられない女になってしまうのではないか。それはあまりにも自立心がなさそうで周囲からの評判が悪くなりそうだわ。


 傷物でも、わたしは伯爵家の娘。

 自分のことくらいは自分で決めるべきだ。


「いえ。では、少しお時間をいただけますか」

「あぁ」


 ケネス様は腕を組み、ヘアアクセサリーと睨めっこを始めたわたしの背後に移動された。

 視線は常に背中に突き刺さっている。


 どこか別の場所で待ってくれていた方が選びやすいのだけれど。

 でも、こういう女性しか入らないようなお店で男性が一人でうろちょろするのは難しいのかも。


 ここはわたしが折れましょう。

 女の方が男性よりも精神年齢が高いというのは有名な話なので。


 どうでもいいことを振り払い、吟味を続ける。


 正直、髪をまとめられれば何でもいい。

 しかし、あまりにも適当に選ぶのはせっかくのご厚意を無下にするようでわたしの信条に反する行為だ。


 独り言を唸りながら悩むこと……どれくらいだろう。そんなに時間は経っていないと思うけれど、時計がないから分からないわ。


「ケネス様」


 お名前を呼ぶとケネス様は組んでいた腕を下ろし、わたしの視線の高さと合うように膝を折って「ん?」と短く返事された。

 すごく険しいお顔だったけど、体調が良くないのかしら。


「二択まで絞ったのですがこれ以上は選べません。よろしければ、ケネス様が決めていただければと」

「二つとも買えば……いや、俺で良ければ選ばせてもらおう」


 途中で考えを改めたらしい。


 わたしがケネス様の前に出したのは二種類のバレッタだ。

 やっぱり、使い慣れているバレッタがいい。


 片方はシックな色合いのもの。お母様からいただいものとは少し違うけれど、形は良く似ている。


 もう片方は小さな装飾が散りばめられたもので、華奢な印象を与えるものだ。そこまで派手というわけではないが、身につけるには少し勇気がいる。


 真逆のものを選んだのは何もケネス様を試そうとしているわけではないわよ。


 前者はわたしに似合うと思って手に取ったもの。

 後者は似合うか分からないけれど、少しでも前向きに、公爵家の嫡男の婚約者に見合う華やかな女性になれるのならと選んだもの。


 現状維持か変化を求めるか。

 それだけの話だけど、自分では最後まで選べ切れなかった。

 だから、委ねることにした。


 ケネス様はわたしの右手と左手で持っているバレッタを見比べて目を伏せられた。


「買ってこよう。外で待っていてくれ」


 わたしの手から二つの商品を受け取ったケネス様は商品棚を経由して支払いに向かわれた。

 わたしはケネス様を振り向くことなく表へ出て、どちらを買われたのか想像しながら待った。


「買ってきたぞ」


 小さな紙袋が一つ。

 上目遣いで「開けていいの?」と心の中で問いかけるとケネス様に想いが通じたのか小さく頷かれた。


「……あら」

「嫌だったのか。それなら最初からウィリアンヌの中で答えが出てきたことになるが?」

「いえ、そういうことではありません。意外だったので」


 紙袋の中から出てきたのはシックな色合いのバレッタだった。

 わたしはケネス様が考えることを放棄して二つとも買ってきたと予想していたから意外だと言ったのよ。


「つまり、現状維持が良いと」

「なんだって?」

「いえ、こちらの話です。ありがとうございます。大切にしますね」

「今、つけろ」

「はい?」


 まさか店外で、しかも店が立ち並ぶ大通りで髪をまとめろと言うの……?

 それなら店内で待っていろと言ってくれればいいのに。

 

 など、と文句は思っているけど正直に答えましょう。


「わたし、自分一人で髪を結んだことがないのでここではできません。セラがいれば良かったのですが……」


 えぇ、笑いたければ笑いなさい。

 自立心がどうとか、偉そうなことを言っておきながら髪も結べないのかと嘲笑えばよいのです。


「ぷっ」


 ほら、ケネス様も笑っていらっしゃるでしょ。


 思わず吹き出してしまったといった様子のケネス様はいつまで経ってもいつものような謝罪をしなかった。


「あー、おかしい。では、俺がやろう」

「え、ぁ、はい!?」


 背後を取られまいとクルクル回る。

 あまりにも滑稽な姿がショーウィンドーに映っているのを見てしまい、観念したわたしはケネス様の手によって購入したばかりのバレッタで髪をまとめられた。


 消えたい。

 いっそのこと、わたしが小さくなって魔法具ラジオの中に入ってしまいたい気分だわ。


「できたぞ。不格好なのは許せ」


 ショーウィンドーに映るわたしは髪をまとめ、以前と同じ姿に戻っていた。


「……ありがとうございます。でも、どうして髪の扱いを?」

「子供の頃に運命的な出会いがあってね」

「まぁ」


 婚約者わたしの前で別の女の話をするなんて。

 いえ、別に嫉妬しているわけではないから。

 そもそも子供の頃のお話ですし。

 運命的な出会いをしたのが女子とは限りませんし。


「その話、詳しく聞かせていただけます?」

「やっとウィリアンヌらしくなったな。そっちの方がいい。変な意地は張るな」


 もうこの人は。

 わたしが必死に被っている仮面を簡単に何度も引き剥がすんだから。



◇◆◇◆◇◆



 その日の夜。

 お買い物から帰ってきた後、「一人になってから開けろ」と渡された小包を開けると中から別のバレッタが出てきた。

 わたしが二択まで絞った末に選ばれなかった方だ。


「なによ。わたしの予想通りじゃない」


 結局、ケネス様は二つのうち一つを選ぶのが面倒だったのでしょう。

 委ねておきながら、わたしが文句を言うとでも思ったのかもしれないわ。



「…………社交界でつけようかしら。そのときケネス様は似合っている、と面と向かって言ってくれるかしら」

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