第17話 過去の約束
※ケネス=ユミゴール視点
「今日のウィリアンヌは俺が贈った服を着てくれなかった。この前は着てくれたのに」
ウィリアンヌがどう思っているのか知らないが、俺にとって今日の買い物はただの買い物ではなかった。
初デートのリベンジ戦だ。
初デートは初めて二人で出かけるから初デートなのに、途中で打ち切りになってしまった。というか、してしまった。
仕方ないじゃないか。
明らかに朝から様子がおかしかったし、朝食も早食いでさっさと離席するし。そのくせ、待ち合わせ時間には遅れて来るし。
いや、別に遅刻を咎めているわけではない。
女性には何かと時間がかかるというのは母上と妹から聞いているから問題はない。
むしろ待つのは好きだ。あくまでもウィリアンヌ限定の話だが。
あの日、やってきたウィリアンヌは髪をまとめていなかった。
髪を落としている姿、初めて見た!
可愛い!
という本音は置いておいて。
俺との初デートだから普段とは違う髪型にしてくれたのか、と歓喜していたのだが……実は違ったらしい。
俺は見抜けなかった。
ウィリアンヌは意図的に髪留めを身につけていなかったのではなく、身につけてたくても身につけられなかったのだ。
『無くしてしまって。今、探しているんです。どこに置いたのか忘れてしまうなんて困った話ですよね』
そんなわけがないだろ!
きみは聡明で、鋭い洞察力を持ち、常に真実を見抜き、選択を間違えない子だ。
あと可愛い。
そんなウィリアンヌが物忘れを。しかもお気に入りの髪留めを無くすなんて絶対にないと断言できる。
だから、俺は泣く泣く初デートを中止した。
ウィリアンヌの笑顔を取り戻すのは俺の役目だ。他の誰でもない。そんなことはあってはならない。
ゆえに血眼になって屋敷中を探した。
服が汚れることも、空腹すらも感じずに必死だった。
夜になってやっと見つけた髪留めは、あろうことか焼却炉の裏に隠されていた。
俺が髪留めに手の伸ばそうとした時だ。
裏庭の木々の奥から何者かの手が飛び出した。
信じられないことに髪留めを持って行こうとしたのだ。
面目ない話だがウィリアンヌの髪留めを盗もうとした犯人の姿は見えなかった。
暗闇の中で手探りで髪留めを探していたから、腕をへし折るつもりでぶん殴ってやったのだが、直ぐに逃げられたから確保には至らなかった。
知性あふれる彼女の推理通り、屋敷内での窃盗犯はセシリー=ブロンだった。
しかし、それとは別に屋敷外に持ち出そうとした者がいる。
こんなにも恐ろしいことをウィリアンヌに言えるはずがない。言う必要もない。
なぜなら俺が守るから。
相手が誰であろうと俺が指一本触れさせない。それが婚約者というものだろう?
さて――
「初めては一回しかないから初めてだと言うのに! その貴重な一回をっ……いや、止そう。ウィリアンヌは俺のこんな姿は望まないだろう。いつも冷静で、余裕があって、無口なタイプが好みだと言っていたじゃないか」
熱くなり、思わず振り上げた拳を下ろして、ナイトテーブルの上に置いたグラスを近づける。
果実味豊かな香りが鼻腔をくすぐるが中身はただのブドウジュースである。
家では酒を飲まない主義だ。
あんなものに頼らないと心の内を曝け出さないような男になるな、というのが父上の教えなのでね。
「本当はこの気持ちを伝えたいのだが」
どうしても面と向かっては言えない。
それは恥ずかしいからという理由もあるが、幼い頃に一度だけ会ったウィリアンヌとの約束だからだ。
まぶたを閉じれば鮮明に思い出すことが出来る、父上主催のパーティーに来ていた幼いプリンセス。
あの時はピンクのドレスがとても良く似合っていた。
『そこのあなた、泣いていないでわたしの髪をまとめなさい。……下手くそね。もっと女の髪の扱いを学びなさい。
男ならメソメソしないの。いつも冷静で、余裕があって、無口な男性になりなさい。
いいこと? 弱音を吐いて良いのは愛し合う人の胸の中と、夜の部屋で一人になった時だけになさい。このウィリアンヌとの約束よ』
突き出された小指に、自分の小指を絡めた。あの感触は今でも指が細胞レベルで覚えている。
泣き虫だった幼い俺を叱ってくれた人に婚約者がいると知ったから、公爵家の跡取りなのに誰とも縁組みしなかったのに。
初恋の人が婚約破棄されたと聞けば、飛びつくに決まっている。
あくまでもスマートに打診してくれ、と父上に頭を下げた。
とにかく空白の期間を埋めるために一緒の時間を過ごしたいから速攻で公爵家に住まわせてくれ、と土下座もした。
興味のない政務も、嫌いな剣術も、全部ウィリアンヌと一緒にいるために励むと誓った。
一緒に居られるだけで構わないのに、最近のウィリアンヌは俺の行動パターンを読み、家族でさえも気づかない微細な変化や望みにまで気を遣ってくれるようになった。
「ウィリアンヌは俺をどうしたいんだ! このままでは結婚前に死んでしまうぞ」
今日だってそうだ。
これから身につけるヘアアクセサリーを選んで欲しいなど、と言われて動揺しないはずがない。
もちろん、2つとも買うのは決定事項だ。
結果なんてどうでもいい。
重要なのは、ウィリアンヌがあれでもない、これでもないと真剣な表情でアクセサリーを選ぶ過程なのだ。
2時間にも及ぶ大格闘を特等席で見物できたのだ。最高の時間だった。むしろ、早いくらいだ。28時間くらい悩んでいて欲しい。
途中で「むー」とか、「これはケネス様的に」とか、「これは子供っぽいかな」とか。
可愛い過ぎて失神しそうになったぞ。
きっとウィリアンヌは、俺が面倒になって考えることを放棄したから2つのヘアアクセサリーを買ったと思っているだろう。
甘いな、甘すぎるぞ、ウィリアンヌ。
きみの大好きなハチミツたっぷりのスコーンよりも甘いぞ。
1つ目の黒と白のリボンを模したバレッタは普段使い用だ。
俺が買ったバレッタを毎日身につけてくれると思うと幸福感が膨らんで空へ飛び上がってしまいそうだ。
2つ目は社交界用だ。
細かな宝石が散りばめられた華やかな品だった。きっと、大勢の視線を釘付けにするに違いない。
いや、でも待てよ。ウィリアンヌを公の場に出すのか……。
ウィリアンヌが取られてしまうかも!!
それはダメだ。社交界への参加はお預けだ。
決めた、幻の公爵夫人にする!
誰がなんと言おうとも俺は社交の場にウィリアンヌを連れていかないぞ。
◇◆◇◆◇◆
ケネスの心の声は、ほとんどが口から出ていた。
当然、全てを赤裸々に
同時刻。
ウィリアンヌが自室で赤面し、ベッドの上を転がり回って悶絶していることなどケネスは思いもしないのだった。
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