第22話 君の待つ家

 一番地味なドーナツを一つもらい、コーヒーとともに流し込んだ。

 麻薬課にいた頃も、こうしてロベルトと共にドーナツを食べていた。昔というほどではないが、懐かしく思えた。

「悩ましいあなたのために新情報よ。凶器に使われた包丁は、ロスでもよく出回っているものよ」

「包丁はそれほど買い換えるものではありません。絞れるかもしれませんね。マイナーなものであればよかったですが、メーカーが限定できただけでも進歩ですね」

「あとは時間との勝負よ。子供もいるし、早いところ決着をつけて、先の人生を歩んでほしいわ」

「子供……マーサのことですが」

 エドワードは、マーサが実の父親が逮捕された後で友人に話した内容だと前提におき、ルカから聞いた話を掻い摘まんだ。

「娘のマーサにも聴取に協力してもらったけど、同じことを言っていたわね……」

「今の話は警察の聴取の前に友人に話した内容になります。容疑者が我々に嘘をついても、娘につく理由がない」

「調べるほどに容疑者から遠ざかっていくのよ」

「俺も同意見です。本当に殺していないのかもしれない。被害者の交友関係を洗うべきかと思います」




 一日中車を走らせていたが、有力な手がかりは全く得られなかった。

「あれ? マーサじゃない?」

 ケリーが目を光らせていて、とぼとぼ歩くマーサを発見した。

 エドワードは車を止めて運転席から降りた。

「やあ、これから帰るのかい?」

「……っ……そうよ」

「警戒しないで。よければ乗っていく?」

「……この車に?」

「ああ。すごい荷物だね」

「誰からか届いたのよ」

「知らない人から?」

「そう。最近、継続的に私のところに届くの。一度捨てたら、なぜ捨てたんだって手紙が届いて。面倒くさくなって、家に持って帰ってから捨てるようにしてる」

 エドワードはケリーと目を合わせた。

「学校に届くってこと?」

「学校だったり、前泊まってたホテルだったり。中身はお菓子だったり、授業で使うノートだったりするから助かるっていえば助かるんだけど、気味が悪いじゃない?」

「追いかけられたりとかはない?」

「そういう危険なことは全然。たまに友達も一緒に帰ってくれるし」

「なら今日は警察官が家まで送ろう」

 警戒心を出しつつも、マーサは後部座席に乗り込んだ。

「マーサ、よければもらったプレゼントをこちらに渡してもらえないか?」

「まさか、調べてくれるの?」

「ああ。まだ犯人も捕まっていないしね」

「犯人の可能性があったりする?」

「絶対とは言わないが、君の身の回りで事件が二つも起こっている。偶然で片づけるのは難しい」

「指紋とか調べるんでしょ? 友達が触っちゃってるけど、犯人扱いされたりしない?」

「そこは念入りに調べるから、心配しなくていい」

 友達がよほど大事なのか、不安そうに瞳を揺らした。

 友達の中にルカも入っているだろうが、友達止まりならまだいい。特別な感情がないとは言いきれないのは、ルカがあまりにも魅力的であるからだ。

 事件があった当初に比べると、マーサは明らかに顔色がよくなり、はきはきと喋る。喜ばしいことだが、ルカに深入りしてほしくないと、どうしても考えてしまう。

 マーサを家まで送り、警察署へ戻る。借りた荷物はすぐに鑑定を依頼した。

 どこでも手に入れられる凶器とマーサの現状を考えても、大学に犯人がいるのではないかと疑わずにはいられなかった。

 ルカの待つマンションへ帰ると、ルカはテレビを観ながら料理を作っていた。

「いつもありがとう。ただいま」

「おかえりなさい。ちょっと遅かったですね」

「帰りにマーサと会ったんだ。彼女を家まで送り届けてきた」

「ああ……それで。たくさん荷物を持っていませんでした?」

「持ってたよ。何か聞いてる?」

「マーサ……ストーカーに会ってるみたいなんです。最近になって手紙やお菓子を知らない人からもらうみたいで……」

 ストーカー──ルカにとっては聞きたくもない話だろう。

 少し前に、彼はロスで起きた爆破事件の犯人であるヴィクター教授に粘着されていた。事件が時系列だけに、彼の言い分はマスコミには流されながったが、被害者であるルカが心を傷める嫌な事件だった。

「マーサ本人は気にする素振りは見せないんですが、お家であんなことがあったので、心配なんです」

「心当たりはないのかい?」

「それが全然。そもそもマーサは人と群れたりすることを好まないタイプですし、知り合いの線はないかもって言ってました」

 今日はグリーンカレーだ。ココナッツミルクを使ったカレーに最近はまり、ルカはよく作っている。改良を加えるごとに美味しくなっていき、次はナンに合うカレーもチャレンジしたいのだと言う。

「今はまだプレゼントだけだからいいが、人間は欲の強い生き物だ。彼女が気持ちに答えてくれないとなると危害を加える恐れがある。仲の良いルカも気をつけてくれ」

 肩に手を置いて、言い聞かせるように伝える。

 つい感情を表に出しすぎてしまい、ほんの少しの後悔が生まれる。

「僕にもいろいろあったから、心配なんですよね。充分に気をつけます。何かあったら、ちゃんとあなたに言いますから」

「俺が一番大事なのは君だ。自分の命を優先してくれ。……また事件の話になってしまったな。早く君の作ったカレーが食べたいよ」

「もうすぐできます。最近カレーばっかりで、飽きちゃいますよね。もっと上手くできるんじゃないかって思ってしまって」

「君の作るカレーは大好きだよ。ルカは凝り性なんだな」

 ルカは恥ずかしそうに頷く。

 一緒に住んでみないと判らないのはお互い様だが、これはルカの美点の一つだ。料理好きの彼はどんどん上手くなっていき、店で出せるのでは、と恋人の目を差し引いても美味しい。

「食べたら、君と一緒にシャワーを浴びたい」

 独り言のつもりで呟いたが、しっかりとルカの耳に届いていた。

 首を縦に振ったようにも見えたが、控えめすぎていまいち自信がなかった。

 恥ずかしがり屋の彼を誘導したらいいのか、エドワードは心理戦をスタートさせていた。

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