第21話 事件と恋人の狭間で
遅くに帰ってくるとルカは寝ていて、起床するとすでにベッドはもぬけの殻だ。だからこそ、同棲してよかったと心から思う。
焼いたパンをかじりつつテレビをつけると、例の強盗殺人について放送されている。
──起きましたか? 冷蔵庫にヨーグルトが入ってるので、食べて下さいね。賞味期限が近いです。
端末にメールが入っていて、エドワードは立ち上がる。ラズベリー味が残っているということは、ブルーベリー味を彼が食べて家を出た。
朝はヨーグルトだと決まっているらしく、ルカは必ず何味がいいのか聞いてくる。
昨日逮捕したマーサの父親は、ネックレスを盗んだと罪を認めた。だが殺しの件は一切関与していないと、否定を貫いている。
盗みに入ったらすでに廊下で男が倒れていて、恐怖で通報できなかった、と。
使われた刃物について出所を調べているが、まだはっきりしていない。
昨日、男がバーで娘のマーサと会うと小耳に挟み、先回りをして待っていたら、ルカが現れた。殺人犯かもしれない男と同じ空間にいて、ただただ血の気が引いた。
おそらくマーサを追ってきたのだろう。ちらちらとマーサへ視線を送り気にしていた。
危険なことは止めてほしいと願うが、彼自身もまさか容疑者とはち合わせになるとは思っていなかっただろう。
──今日、帰りは遅いですか?
再びルカからメッセージが届き、彼の違和感に気づいた。
いつものルカは二度三度と連続してメールを送ってこない。多忙だと気を使ってか、いつも待ちの姿勢だ。
──いや、遅くはならないよ。今日の夕飯は外食にしようか?
──仕事の邪魔はしたくないです。
今日のルカはちぐはぐなことを言う。メールからも様子がおかしいと感じ取れた。
──ルカ、君がいるから仕事を頑張れるんだよ。ロスの安全を守るのは、君の安全を守るのと同義だ。
しばらく返事が来なかった。
次に来たのは、仕事場についてからだった。
──話したいことがあります。やっぱり今日は、お家でご飯を食べたいです。
──判った。そうしよう。たまにはピザでも頼もうか。サラダは俺が作ろう。
──楽しみにしています。
ふたりでピザを食べたりするが、あまり油っこいものはすすまないルカは、必ずサラダを一緒に食べる。おかげでエドワード自身も野菜をよく摂るようになった。
「コーウェン、そろそろ時間だぞ」
「すぐに行きます」
同僚は恋人かとからかってくるが、うまい切り返しができる状態でもなかった。
ルカの様子が気になって、仕事どころではない。
玄関を開けると、廊下にまで良い香りが漂っている。
ルカの靴が並んでいた。隣に脱いでスリッパに履き替えると、キッチンからルカが顔を出した。
「おかえりなさい。もうすぐご飯ができますよ」
「ただいま。今日、ピザを頼むって話だったが、もしかして食べたくなかった?」
「いいえ、そうじゃなくて……。作りたい気分だったんです。後は具材を乗せて焼くだけですけど、何がいいですか?」
「ペパロニとマッシュルームにしようかな。あとはモッツァレラチーズ」
「僕はバジルとモッツァレラチーズにします。先にシャワーを浴びてきていいですよ」
「じゃあそうさせてもらおうかな」
ルカに近づくと、ピザの香りだけでなく、甘酸っぱい香りがした。
ルカは手を止めると、エドワードの身体に近づいて背中に手を回す。
「くっつき虫」
「このまま一緒にシャワーでもどうだい?」
ルカは少し迷って、小さく頷いた。
シャワーを浴びながら言いたいことを吐けはしないだろうが、少しでもリラックスしてくれればいい。
ふたりで熱々のピザを食べ終えると、エドワードはコーヒーとミルクティー係を引き受けてくれた。
「しばらくってわけじゃないのに、久しぶりな感じがするよ。ルカとこうしてコーヒーを飲むのは」
「あなたの仕事が不定期だから。無事に帰ってきてくれることが何より嬉しいです」
エドワードとのシャワータイムはどうしたってほどよい疲れが溜まる。心地良いのだが、バスルームを出ると何もしたくなくなる。反対に彼は元気だ。
「ちょっと意味深なメールが今朝届いたから、心配したよ」
「すみません、心配かけてしまいましたね。寝てるところを起こすのもできなくて……。それに僕も話していいか悩んでしまって」
「事件のこと?」
「ええ、そうです」
ルカはマーサの父親が逮捕された後のことを話した。決してマーサの味方にはならず、ただの事実を淡々と述べる。
「そうか。貴重な情報をありがとう」
「お役に立てるか判りませんが……。そもそもマーサとは同級生ですし、僕が話したところで真実味がないのも承知の上です」
「確かに身内の意見は証明になるケースは少ないが、君に嘘を吐く理由がないからな。マーサに警察と恋人だとは話していないだろう?」
「そうですね。同居人がいるとは話しましたが、どんな人かや、仕事についても何も情報は漏らしてません」
「マーサは誰かに聞いてほしくて話したんだと思う。弱ってると、吐露したくなるものだからな。心理学を学んでいる君に話しやすかったんだろう」
「二人で将来の夢について話したこともあります」
「君を子供扱いしているつもりはないが……ジュニアスクール時代から見てきた分、どんな夢を持ってどんな大人になるんだろうとわくわくしているよ」
大きな手が降りてきて、頭、頬、首、肩へと流れていく。
性的な撫で方ではなく、一人の人間を慈しむような触れ方だ。
子供の頃から愛してくれ、それは今も変わらない。
愛しくて大好きでどうしようもなくて、指先の皮膚を舐めてみると、エドワードは固まってしまった。
「別のものも舐めてみる?」
「別のもの?」
「……なんでもない」
甘いものが好きなため、新作のお菓子でも買っていてくれたのかもしれないと、ルカは心を躍らせた。唐突のプレゼントは今に始まったことではないが、驚くとエドワードは幸せそうに頬を染める。
ここは知らないふりを通すのが筋だと、ルカは話を気にしていない素振りを見せようと親友のマークの話を持ち出した。
なぜかがっかりされてしまった。
一つ一つのパズルを当てはめていくと、マーサの実の父親が犯人というレッテルは、次々とはがれ落ちていった。
亡くなったマーサの義父からは、実の父親のDNAが検出されなかったこと。刺された包丁は新品のものであり、キッチンから奪ったものではなかった。つまり、マーサの義父に対して強い怨みがあったと伺える。
マーサの父親は元妻に対して愛想を尽かしており、新しい男ができても怨恨を募らせることはないと判断もできた。
「コーウェン、少し休憩を挟みましょう」
「ええ……どうしたんです、それ」
「食べたくなっちゃった」
ロベルトに代わって新しくタッグを組んでいる、上司のケリーだ。
「大量のドーナツ……」
「よければ食べてよ」
同僚たちも群がってきた。すすめられた以上、ありがたく受け取るが、甘ったるいドーナツが苦手になっていた。
ルカがときどき作るドーナツは、甘さ控えめでコーヒーによく合う。ルカの好みというわけではなく、日本で売られている菓子類はアメリカほど甘くないらしい。ルカ曰く「アメリカのスイーツは甘すぎる」と。
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