第12話 真実
口が開いたり閉じたり、けれど言葉は出なくて忙しい。
「大丈夫。マークが犯人だとは思っていない。第一、爆破事件を起こしてもマークには一ミリも得がないからね」
「僕も思ってないし、思いたくもありません。でもそうなると……」
「だいぶ絞られる。マークの近しい人物で、君とも共通点がある人物だ。おそらく、マークはルカが動物園に行くようだと誰かに話したんだろう」
「あの、ちょっと疑問に思ったことがあって……」
「ん?」
ルカは言おうか言うまいか迷っている。
エドワードは焦らせないように優しく背中を撫で、頭部にキスをした。
ルカは手も迷い始め、おかしくて笑ってしまう。
落ち着かない手を掴むと、恋人繋ぎのように指を絡めた。
「どうして……動物園の中じゃなかったんでしょうか」
「確かにそうだな。スケジュールの都合上、動物園が開いている時間帯では中へ入れなかった」
「けどそれだと、仕事がお休みの日に来ればいいだけです」
「あとは時間の問題じゃなく、入れない事情があったとか」
「──まさか…………」
ルカは絶望的な顔を浮かべたまま、愕然としている。
小刻みに震える指が端末をタップし、ルカは誰かに電話をかけた。
相手はマークだ。
最初はとりとめのない話をして、ルカは何度か相づちを打つ。
「マーク、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。この前、野良猫の話をしたのを覚えてる?」
『うん。覚えてるよ』
「誰かが猫アレルギーで飼えないって話をしたじゃん。猫アレルギーの人って誰?」
『ヴィクター教授だよ。猫アレルギーもあるけど、こじんまりした生き物はあまり好きじゃないんだって。なんでこんなことを聞くの?』
「そ、れは……」
「代わって」
ルカから端末を受け取る。指先が氷に触れているかのようだ。
「マーク、今一人か?」
『あれ? 兄貴? うん、一人だよ』
「ルカが動物園に行く話、誰かにしたか?」
『した……と思う。……ううん、した。猫を引き取った人に、動物園の話もして……』
「他には誰か聞いていた?」
『講義が終わった後に話したから、その場にいた人は聞いてたと思う』
「ヴィクター教授も含むってことか」
『ねえ、何の話? もしかして、俺たちの中に例の犯人がいるの? ヴィクター教授が?』
「あくまで可能性の話だ」
エドワードは言葉を濁した。マークは嘘がつけないし、肯定してしまえば必ずボロを出す。
マークとの電話を切り、エドワードは仕事用の電話からフランクにかけ直した。
どこから話すべきか──流れを説明しなければ判ってもらえず、怪しい人物を一人上げた。
『ちょっと待て。お前はそのヴィクター教授とやらが犯人の可能性だと?』
「あくまで可能性の話です。今からそちらに向かいます」
隣にいるルカが悲惨な顔をして、シャツを掴んできた。
電話を切り、今度こそ強く抱きしめる。
彼は何かの花の香りがする。少年らしさが残り、汗も甘酸っぱく瑞々しい。
「本当に……どうして……」
「ルカ、マークにも言ったが、可能性の話だ。けれどほんの少しでも可能性があるのなら──例えゼロに近いイチだとしても、完全に否定できなければ俺たちは動く」
もちろん、ルカが聞きたいのはこんなことではない。
もしヴィクター教授が犯人だった場合、信頼できる人から裏切られたことになる。ルカにとって、精神的なダメージは計り知れない。
「ルカ、すべてに片がついたら、君に話したいことがある」
「エドワード……」
「俺たちはもう昔のままじゃない。お互いに大人だ。まだ学生である君は保護する立場でもあるが……俺はそんな段階をとうに越している。今のままで接するのは限界なんだ」
「はい…………」
「君も同じ気持ちだったら嬉しい」
「きっと、僕も…………」
体温が上がる──。
触れ合った肌は居心地がよくて、求めていたかのように流れる汗が絡み合う。
忙しなく背中を撫でると、ルカの手も遠慮がちに動いた。
膨れ上がる想いは止められず、溢れても蓋ができない。
ルカはひとりでソファーに座り、涙を流した。
想いは一つではなく、カラフルであり、恐ろしいほど悪魔の色も持っている。
なぜ、どうして──疑問を投げても、誰も答えてくれないし拾ってもくれない。
悲しみと怒りが混じり合った色は、美しい色もかき消していく。
精一杯の涙を溢れさせた後は、ソファーから立ち上がった。
「エドワード……ごめんなさい」
おとなしく部屋で待つなど、できるわけがない。
ルカは外でタクシーを拾い、寮へ向かった。
マークは外出している。彼宛の手紙を書き残し、再び部屋を後にする。
思い浮かぶのはヴィクター教授の笑顔だ。優しさに満ち溢れた、慈愛の固まりのような人。穏やかに話し、いつも生徒と真剣に向かい合ってくれる。
同時に、教授とはそうであってほしいという願望が隠れていたと、ルカは悟る。理想を身勝手に押しつけ、彼のことを知ろうともしなかった。
飲み物を持つ生徒とすれ違い、ルカの足は止まる。
よく飲んでいた日本メーカーの紅茶は、大学でも飲んでいた。大学に通う人間であれば、誰でも手に入れられたということ。
彼の部屋で紅茶をごちそうになったとき、気づいたら眠くなっていたことがある。エドワードは寮に来たが、彼は麻薬捜査課だ。二つの事実が交差したとき、いても立ってもいいられなくなった。
ヴィクター教授の部屋の前に来て、深呼吸を繰り返す。
扉をノックするが、返事はなかった。
「ヴィクター教授? 入りますね」
扉を開けて、ルカは驚愕した。
本棚に敷き詰められた資料も本も、机の上のパソコンも、なにもかもなくなっている。
ヴィクター教授の存在が消えたかのように、紙一枚もない。
淹れてくれた紅茶があった棚に、手紙が置いてある。
見覚えのある封筒だ。寮に挟まっていたルカ宛の封筒と、まったく同じもの。
頭を撃たれたような気分で、しばらく何も考えられなかった。
繋がる答えは、驚愕から失望へと変わっていく。
──ルカ君へ。答えは一つ。君が愛するものに心を奪われた場所で、待ってる。
心臓が大きく高鳴り出した。
なぜ知っているのか。エドワードへの想いは誰にも話したことはない。
恐ろしく、彼の何かに対する執念がそうさせている。
心を奪われた場所──ジュニアスクールだ。覆面を被った男たちが押し寄せてきたとき、助けてくれたのはエドワードに夢中になった。
ルカは母校へ向かった。
真っ暗な闇の中、閉じられているはずの校門の鍵が開いている。
校舎のドアまで開いていて、ルカは恐る恐る足を踏み入れた。
端末の明かりを頼りに、向かう場所は教室だ。
懐かしい校舎の香りは、今は緊張を増幅させるためのものに過ぎない。楽しい想い出もあるはずなのに、脳裏に焼きついているのは男たちに銃口を向けられた恐怖だった。
教室には、男が立っていた。
少し猫背の姿勢、すらりとした身長、分厚い眼鏡。
ヴィクター教授はこちらを振り返り、不気味な作り笑いを浮かべる。
「全部、知ってしまったんだね」
「どうしてなんですか。ヴィクター教授が……」
「それを話すには、君がジュニアスクール時代の話をしなければいけない」
ヴィクター教授がこちらに近づいてくるので、ルカは後ろへ下がった。
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