第9話 君に甘えたい

 昼前にエドワードは帰ってきて、深夜から水以外口にしていないという彼のために、ボリュームたっぷりのハンバーガーを作った。

 てりやきソースはとても気に入ってくれて、また食べたいとリクエストを受けた。

 食後のコーヒーを出しつつ、ルカはテレビをつけた。

「大変でしたね」

「ああ。今回は亡くなった人は出ていない。不幸中の幸いというやつだ」

「あそこにあったバーなんですが、僕とマークで行ったことがあるんです」

 エドワードは何も言わない。知っていた、と言われているようだった。

「その、ゲイバーって呼ばれているもので……友人がそこにはまって、抜け出せなくなっていて」

「連れ戻しに?」

「はい。その友人とは今は疎遠ですが、出会った人にお金を貢いだりして、馬鹿なことをしたって反省していました」

「行ったのは何回くらい?」

「一回だけです。これはマークにも聞いてもらえれば判ります。そもそも、僕はお酒は飲まないですし、行ったときも何も飲まずに帰ってきましたから。……映画館もですが、僕が行ったことのある場所で爆破事件が起こっています」

「ワシントンに住んでいれば、映画館くらい誰でも行くだろう。気に病む必要はない。ただ、可能性を視野に入れるとしたら、君に犯行を見せかけるために……ってことも考えられる」

「それって、僕の近くにいる人が犯人ってことですか?」

「あくまで可能性の話ね」

「だから僕を大学から遠ざけたんですか?」

「それももちろんあるが……今はやめておこう。少し眠ってもいいかな?」

「あ、はい。そうですよね。疲れていますよね」

 立ち上がろうとしたとき、太股に重みがのしかかり、ルカは硬直した。

 エドワードの頭が太股にある。彼はすでに寝息を立てていた。

 おろおろするだけして、身体の力を抜いてソファーに深く沈む。動いたらエドワードが起きる。いろんな意味でとんでもない体勢のままで、せめて身体の熱が彼に伝わりませんように、と祈るしかできない。

「……きれい…………」

 さらさらのブロンドヘアーを撫でてみると、少し汗ばんでいて彼の匂いがよりいっそう強くなった。


 カーテンから差す太陽光が当たり、ルカは瞼を開けた。

 白い天井が見え、かといって寮の見慣れた部屋とも違う。

 ソファーへ横になり、薄手のタオルケットがかかっていた。

──仕事が入った。出かけてくる。部屋から出ないようにしてくれ。

 テーブルに置いてあったメモを見て、ここはエドワードの部屋なのだと思い出した。

 居候の身でありながら、彼がいない寂しさで押し潰されそうだった。

 太股に乗った頭の重みも、体温も、すべて嘘だとは思いたくない。




 パネルに並んだ事件の時系列を元に、弟に聞いて書きなぐったメモ帳と見比べていく。

 マークはルカと共にゲイバーに入り浸っていた友人を救うために一度足を運んだ。この事実を知っている人は、同じ講義を受けていた人物ならばほとんど知り得た情報だという。なぜなら、助け出した友人は同じ講義を受けていて、ゲイバーで気になる人ができたと一室で話していたからだ。ルカやマークに助けられたことも、大きな声でお礼を述べたらしく、その場にいた人物ならば誰でも知っていた。

 映画館へ行った話ではなく、行くきっかけとなった経緯を知りたいと別の言い方で聞いてみた。すると、こちらもふたりでメールのやりとりで決めたわけではなく、授業終わりにマークが誘ったらしい。

 ルカ本人は自分が容疑者だと心を痛めているが、マークも容疑者の一人だ。だが彼らにはアリバイがある。少なくとも、バーが粉々になったときはふたりは部屋から出ていない。ルカも防犯カメラの映像を見て、確認済みだ。

「飲むか?」

「ああ」

 相棒のロベルトが淹れたコーヒーを受け取った。

「やりづらいだろう? 弟が関わってるとなると」

「俺は薬の売人の尻尾を掴む、麻薬捜査課だ。俺たちは爆破事件の専門じゃないだろう」

「安心していい。お前の弟は容疑者からほぼ外れている」

 横から上司のフランクが口を挟んだ。

 ほぼ外れているということは、外れていないということだ。真っ白でない限りは油断ならない。

「もう一度、LS大学の人間と行き来できた人物を洗うべきだな」

「俺もそう思います。絶対に見逃しているものがありそうなんですよね」

「お前たちはバーを利用した客を調べてくれ」

 フランクは一瞬だけエドワードを見て、視線を逸らした。

 弟ががいる限り、大学にいる家族への聞き込みはできない。寮の部屋へ上がらせてもらったのは、名目は弟へ会うためだ。捜査としてではない。

「じゃあ行くか」

「ああ」

 ロベルトとともに席を立ち、外へ出た。

 警察署からバーは少し離れている。運転はロベルトに任せ、エドワードはもう一度メモ帳を開いた。

「フランクはお前のことを気にしてたぜ。弟が関わっているから、気に病んでないかってな」

「家族を疑われていい気分はしないのは当然だが、調べれば弟がシロだってすぐにわかるよ。俺は気にしていない」

「今回の件はどう見てる?」

「犯罪課の奴らは複数人を視野に入れて捜査しているが、俺は単独犯だと見ている」

「だな。その点は俺も同じだ」

 ロベルトは頷いた。

「爆発物は持ち込んで置くだけ。建物から出たら時限つきで爆破させればいい。これだけ大がかりな捜査で、足がつかないのは複数とは考えられない」

 端末を覗いてみるが、ルカから連絡は何もなかった。

 彼の性格を考えれば、残したメモの通り、ちゃんと守ってくれるだろうが、心配は尽きない。

「恋人か?」

「まあ、そんなところだ」

 一から説明するとなると、同居までの流れを事件を交えて話さなければならない。嘘でも、これくらいの願望は許してほしいと可愛らしい顔を思い浮かべる。

 眠気に負けて彼の膝の上で寝入ってしまい、彼は怒っていないだろうか。それとも、憧れのお兄さんの甘えた姿に、失望していないだろうか。

「着いたぞ」

 ロベルトの声にはっと顔を上げた。

 人の波をくぐり抜けて規制線の向こうには、警察官に囲まれた男性が立っていた。

「こんにちは」

「あら、いい男」

 おそらくゲイバーを経営する男性だ。エドワードの身体に触れようとし、ロベルトが制止する。

「すまないね。この人、恋人がいるもんで」

「いい男にはやっぱりいるものね。あなた方も警察?」

「ええ。警察です。何度も聞かれて辟易されているでしょうが、どうかご協力をお願いします」

「さっきまでいた警察官たち見たでしょう? 完全に私が犯人なんじゃないかって決めつけてるのよ! 頭にくるわ!」

「それはとんだ失礼を。疑うのは警察の仕事ですが、何を言われたんです?」

「バーはふたりで経営してたんだけど、もう一人とお金絡みでいざこざがあってね。それで私が爆破させたんじゃないかって」

「もう一人の方はどちらに?」

「入院中よ。私はお休みで家にいたのよ。だから余計に疑われてしまってるの」

「ああ……それで」

「つまらないアメリカンジョークよ! お金稼げなくなるのに、なぜ私が爆発させなきゃいけないのよ!」

「心中察します。ちなみに、家にいたことを証明できる人はいますか?」

「これは全員に聞いていることですので」

 何か言われる前に、エドワードはフォローの一言を付け加えた。

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