第8話 事件が事件を呼ぶ

 車内では口数がお互いに少なくなり、ずっとそわそわしていた。

「住んでいるのは警察官ばかりだ。別の意味で落ち着かないかもしれない」

「そんな……僕からしたら頼もしいですけど、同僚が住んでいるのは、エドワードからしたらプライベートに踏み込まれている気分ですよね」

「だな」

 駐車場はマンションの中にあり、防犯の都合でも今のルカにとっては有り難かった。

 地下からエレベーターで上に行き、三階で止まる。

「さあ、入って」

「お邪魔します……」

 一人暮らしにしては広く、殺風景な部屋だった。

 大きめのソファーとテーブル、テレビ。棚には家族の写真すらない。

「紅茶はないんだ。近いうちに用意しておく。コーヒーでいいかな?」

「ありがとうございます」

「座って待ってて」

 もう一度招いてくれるという意味だろうか。

 後ろを向いた彼に、ジョークなのか本気なのか聞けなかった。

「ストーカーだけど、これで二回目?」

「はい。前回は気のせいだと思ったんですが、まさか二回連続なんて……」

「前回と同じ人だと思う?」

「そうですね。足音が同じでしたから。見た目の服装や髪型はいくら変えようとしても、靴はそんなに変える人はいないです」

「犯罪心理学を学んでいるだけはあるね。よほど手慣れた犯罪者でない限り、靴まで気を配らないものだ」

「僕が犯罪心理学を勉強中だって、マークから聞いたんですね」

「優秀だってことも、ね」

 指先に力をこめて、カップを握った。

 そんな様子を、エドワードは興味深そうに見つめている。

「爆破事件に手紙、さらにストーカー……。次から次へとおかしなことばかり起こります。全部繋がっているのかいないのかもはっきり判らなくて」

「まだなんとも言えないな。ストーカーの件だって、君の勘違いで同じ人ではなかったというケースもある。君は見た目がアジア人だから、狙おうと考えている人だっている」

「そうですよね……」

「夏休みっていつから?」

「夏休みは二週間後です」

「これは俺の勝手な提案なんだが……」

 エドワードは一瞬だけ目を逸らし、カップを口にした。

「夏休みの間、うちに来ないか?」

「エドワードの……マンションに?」

 唐突の申し出だ。

「ああ。もちろん帰りたくなったら実家へ送ろう。いつだって帰っていいし、君の生活を邪魔することはしない」

「そんな、邪魔だなんて……。むしろ僕がいることによって、あなたはガールフレンドも呼べなくなってしまいます」

「あいにく、付き合っている人はいない。……弟とも相談したんだが、君が了承してくれるなら、しばらく寮から遠ざかって様子見してみるのもいいんじゃないか。手紙の件は、ほぼ内部犯と言ってもいい。さらにストーカーの件も増えた。君が買い物や遊びに行きたいなら、車も出す」

 マークはマンションに呼ぶつもりがないらしく、エドワードとふたりきりだ。

 まだほとんどコーヒーに口をつけていないのに、身体が熱い。

「僕にとって願ってもない話です。せめて、家事全般はやらせてもらえませんか? 残念ながら、あなたに払うお金もなくて」

「学生の君からお金を取ろうなんて思ってないさ。なら、食事をお願いしてもいいかな? 実を言うと、あまり料理はしないんだ。庭つきの家なら外でバーベキューもできるが、ここはマンションで君に披露できる特技もない」

 エドワードはおどけたように言うものだから、緊張がほぐれて肩の力が抜けた。

 リビングを見回すが、充分な広さがある。

「それに、君は犯罪心理学を勉強しながら、法律の勉強もしているんだって?」

「そうです。アジア人向けに相談所を開いているところもあって、そこで働きたいんです。日本語と英語が話せますから」

「それはいいアイディアだな。俺も警察官になるために法の勉強をして、資料ならいろいろある。好きに見て構わない」

「本当ですか? すごく助かりますっ」

 近頃は最悪なことばかり起こる中、彼は一筋の光だ。

「話がまとまったな。それじゃあ、夕食にしようか。今日は俺が作ろう。腕を見てもらわないとね」




 夏休みの間だけの関係であり、エドワードのマンションへは最低限の荷物だけを抱えた。

 家事を行う条件ともう一つ条件を出された。それは、母親に事情を説明するというもの。

 渋ったルカだが、エドワードは断固として譲らなかった。

 母のユウコの元へ行くと、彼女はエドワードを覚えていた。なんせジュニアスクール時代に息子の命を救った恩人だ。

 ユウコは何度もエドワードに「お願いします」と伝え、エドワードは「お任せ下さい」と笑う。

 結婚の報告をしているようで、ただだ恥ずかしかった。

 エドワードのマンションへ来てからは簡単な荷ほどきをし、夕食は買ってきたもので簡単に済ませた。

 ふたり分のお茶を淹れようとしたとき、エドワードの端末に電話が入った。

「すまないが、仕事が入った」

「夜遅くまでお疲れ様です」

「こういう風に、時間帯関係なく仕事が入ったりする。君は気を使わずに自分の生活を優先してくれ」

「わかりました。気をつけて下さいね」

「ああ、行ってくる」

 エドワードはルカの髪に触れ、微笑んだ。

 扉の閉まる音と同時に、ソファーへ深く座り直す。

 触れた髪先に電流が走り、息をするのも苦しかった。

 これから数週間、彼と共に過ごすのだ。触れられたくらいでびくついていては、心臓が破壊される。

 この日は早めにベッドへ入り、目を閉じた。


 朝は六時頃に目が覚めたが、エドワードの靴はなかった。

 紅茶を淹れながらテレビをつけると、陰惨な光景が広がっていた。

「なに……これ……」

 建物が粉々になり、灰色の煙が風に煽られている。

 前にも見た惨い景色だ。

 携帯端末にはメールが数件あり、母親やマーク、それにエドワードからは着信だ。

 来た順番に無事であるとメールを返し、仕事で忙しいであろう彼にもメールを入れた。

 するとすぐに着信が鳴る。

「おはようございます。今、起きました」

『ニュースは見た?』

「はい……先ほど起きて、つけたら……」

『家にいる?』

「います。何時頃帰りますか?」

『昼には帰れそうだ。君が行きたいところに連れていくと話したが、すまないがしばらくは叶えられそうにない』

「僕は大丈夫です。怪我なく、無事に帰ってきて下さいね」

『……っ…………そうだな』

 エドワードは言葉をつまらせ、外には出ないようにと念を押して電話を切った。

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