第7話 あらたな事件
スクリーンに映し出された衣類品の数々に子供のぬいぐるみも交じり、エドワードは眉間にしわを寄せた。
粉々になった遺品の中で、透明な袋に入った覚せい剤が発見された。アメリカでは承認されていない─おそらくこの先も承認されることはない─代物だ。
エドワードはスクリーンを見つつ、先日弟とのやりとりを思い浮かべる。
──一度、ルカとふたりで話をしたい。
そう告げると、弟は怪訝な顔をする。まさか疑っているのか、とでも言いたげな表情だ。
──家族であろうとも、立場上、疑わずにはいられない。
──まあ、そうだろうね。
判っていても、納得がいかないと顔に書いてあった。仕方のないことだ。
──ただ、俺個人としてはルカを疑っているわけじゃない。むしろ、信じているからこそ話したいんだ。
──疑いを晴らしたいってこと?
──ああ。寮にお邪魔させてもらえるか?
弟には言わなかったが、エドワードには思惑があった。
見つかった覚せい剤の袋は、間違いなく人間を狂わすもので、爆発した紅茶の缶に付着していたものと同じだった。犯人が落としてしまったに違いないと結論に至ったが、普段から持ち歩くほど使用しているのなら、何かしら部屋に痕跡があるはずだ。
──俺は部屋に来ても構わないよ。ルカとふたりきりになるように、出ていようか?
弟はいともあっけらかんと言う。覚せい剤を隠しているのなら、あっさり招き入れようとはしないだろう。ただでさえ、マークは嘘が苦手だ。正直すぎて、警察にも包み隠さずルカのことを話すくらいには。
こうしてルカとふたりきりになったわけだが、彼はえらく緊張していた。
ときどき頬を染めては、ごまかすように視線を揺るがす。眼鏡の奥の大きな瞳が、恋をしているかのように濡れていた。
昔と変わらず、ルカはルカのままだ。こんな子が覚せい剤の売人や殺人を実行できるはずがないと、確証もないのに信じてしまう何かがある。
疑惑を晴らすために部屋に入らせてもらったが、白よりのグレーであるには間違いない。
完全に白になりきっていないのは、彼らの部屋をこと細かに調べ上げたわけではないからだ。
メールが数件来ていた。母親とマークからだ。母親はワシントンでの事件を心配して、マークは現状報告だった。
「よお、エドワード、どうした? 恋人か?」
声をかけてきたのは、隣に座る相棒のロベルトだ。
「いないと言っているだろう。知り合いがストーカー事件に巻き込まれてる可能性がある」
「マジでか。今はどうしてるんだ?」
「外に出ないようにしているらしい」
「そいつは早めに帰ってやらないとな」
「ああ。こっちの事件も大事だがな」
上司のフランクは机を叩き、立ち上がった。
「洗いざらい、もう一度疑わしき人物を洗い流す。明日からもう一度捜査だ」
「地味な作業ばかりでイヤになるな」
そうは言いつつも、ロベルトはちっとも嫌そうには見えない。
絶対に薬の売人に関わった人間を洗うと、気迫が感じられる。
エドワードも同じ気持ちだが、容疑者の中にルカが含まれているのはどうにもやりづらい。
「今日はもう上がり?」
「ああ。お前も早く電話の主のところへ行ってやれ」
含みのある言い方だ。恋人だと勘違いしているのだろう。
「フランク、助かります」
「気にするな。何かあったら話してくれ」
「もちろんです。頼もしい警察官ばかりに囲まれていますからね」
フランクはエドワードの肩を叩き、一室を出ていった。
新作のチョコレートが食べたい、などとちらついてどうしても勉強に集中できなかった。
近くにあるコンビニへ買いに行った帰りのことだ。この辺りは太陽が沈んだ後でも学生がうろうろできるほど治安がよく、ルカ自身油断していたのもあった。
──寮までの帰り、誰かが後ろをついてきている。
緩急をつけて歩くと、背後の足音はばらばらな音に変わる。
まっすぐに歩け、と不協和音のような苛立ちのある音だ。
本当の恐怖を味わうと、声も出ないし助けを呼ぶことさえもできなかった。
腕時計をしていなかったが、左手首を見るふりをして速度を上げる。すると、やはりついてくる足音も小刻みに音が鳴った。
これで二度目である。最初は誰かの悪戯と前向きに考えても、二度も続くとジョークでは済まされない。
息をするのもやっとで、段々と呼吸が苦しくなる。
肺が酸素を求め悲鳴を上げ、足が速くしろともつれていく。
前からくるワゴン車がクラクションを慣らし、眩しさに目を伏せた。
「ルカ」
ワゴン車の窓が下がり、誰かが名前を呼ぶ。
「エドワード……」
「乗って」
「は、はい」
どうしてエドワードがいるのか、聞きたいことはあっても、彼の迫力と追いかけられる恐怖から、すがるように乗り込んだ。
エドワードはハンドルを強く握ると、すぐに車を走らせる。
「怖い思いをしたね。このまま寮まで送る」
「どうして……?」
「君が買い物帰りに誰かに追いかけられたとマークから連絡が来てね。さっきも君が一人で買い物に行ったと連絡があったものだから。弟に場所を聞いて来てみたら、案の定だ」
「おとなしく寮にいればよかったのに……すみません」
「ずっと引きこもっているわけにはいかないだろう。外へも出たくなる。相手は中年の男のようだった」
「やっぱり男性でしたか……」
「俺が君の元で車を止めたら、慌てた様子で曲がり角を曲がった。反射神経だったり、長年の勘かな」
「ごめんなさい。ご迷惑をおかけしてしまって……」
「気にしなくていい」
彼はそう言うが、男が男に追いかけられるなど情けなくて涙が出てきそうだった。
「いつも……僕を助けてくれますね」
「いつも? そうか?」
「ええ……そうです。ジュニアスクール時代も、銃を持った男たちが立てこもって、僕らは人質に捕られました。でもあなたは警察を差し置いて、僕やマークを助けてくれたんです」
「ああ、覚えているよ。あのときがきっかけで、警察官になろうと夢ができたんだから」
「そうなんですか?」
それは初耳だった。あれだけとんでもない騒ぎになったのだから忘れていないだろうとは思っていたが、彼から事件の話や夢を聞くのは初めてだった。
エドワードはバックミラーで何度か確認すると、寮とは真逆の方向へとハンドルを切った。
「すまないが、寮から離れる。君を追いかけている男との関係が判らない以上、住む場所へ送るのは危険だ」
「どちらへ……?」
「俺のマンション」
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