第十話 ドラゴンゾンビ

 祭壇の部屋を出てからは、ほぼ一本道だった。

 時折、低い唸り声が聞こえて揺れが起きる。そしてその後に、決まってドロのようなアンデッドが現れるのだ。


「この声が、魔物を呼んでるミュ……?」

⦅どうだろうな⦆


 道を進むにつれ、唸り声は大きくなっていく。俺たちは明らかに、声の主に近づいていた。

 洞窟全体を揺らすなんて、どんな大物がいるだ?


「ミュ……」


 前を歩いていたスズネが、俺を制止しながら立ち止まる。


⦅どうした? 何かいたか?⦆

「ミュ……たぶん、声の主ミュ……」


 俺たちは岩陰に身を隠しながら、通路の先をのぞく。

 そこは少し開けた、ホールのような部屋になっているようだ。部屋の先には、小さく光が見える。おそらく、外へ続く出口だろう。

 ホールの中央には、黒く大きな物体が横たわっていた。こちらからは、大きな尻尾と翼のようなものが見える。


⦅あれって、もしかして……⦆

「黄泉送りで見た、竜姫の恋人ミュ……?」


 頭に流れてきた映像の最期で、彼はドラゴンの姿になっていた。

 確かに形は似てはいるが、目の前の個体は身体に大きな傷や欠損が多くボロボロ。色合いも悪く、一切のツヤが無い。

 本当にあの男性なのだろうか?


「ミュア?」


 しばらく魔物の様子をうかがっていると、竜姫の剣がスズネの手を離れて宙に浮かんだ。何かを訴えるかのように、淡く光を放っている。


「ミュ……あの魔物が恋人だって言ってるミュ。 ……ドラゴンゾンビに、なってるミュ……」

⦅そうか……他に何か言ってるか?⦆


 しっぽをゆらゆらしながら、スズネは剣をじっと見つめた。沈黙が長くて、ちょっと緊張するな。

 

「安らかに眠らせてあげたい……手伝ってほしい……って、言ってるミュ」

⦅ああ、もちろん手伝うよ⦆


 俺が答えると、竜姫の剣が強い光を放つ。念話だけど、声がきこえてるのか?

 放たれた光は、俺とスズネの体を包み込む。


《竜姫の加護 が 付与されました

 一時的に 身体能力 が 上昇します》


 なんかすごいバフがかかった!? チラっとステータス上昇値も表示されたんだけど、軒並み倍以上になってるぞ。

 でもこれ、竜姫が最後の力を振り絞ってるのかもしれない……絶対に、恋人さんを救おうな!


⦅行こう!!⦆

「ミュアッ!!」


 俺たちはドラゴンゾンビに向かって、走り出した。

 

「グガガ……ガガガガ……」


 のっそりと立ち上がったドラゴンは、長い尻尾を一振りする。その軌道は俺の頭上を掠め、岩や壁を薙ぎ払う。

 ひー!! 背後から砕けた小石が飛び散ってくるんだけどー!?


「ミュアンッ!!」


 高く飛び上がって攻撃を避けたスズネが、ドラゴンの頭に切りかかった。

 ドラゴンの頭は左右、真っ二つに割れる。


「ヴガアァァァァァァ!!!!」


 割れた頭から、咆哮が漏れ溢れた。するとそこかしこから、ドロの魔物が湧き上がってくる。

 やっぱりこいつが、アンデッドたちを呼び寄せていたんだ。


⦅ドロのアンデッドは俺に任せてくれ! スズネは竜姫と、恋人さんを頼む!⦆

「了解ミュアー!!」


 念話って便利だな~。かなり遠くに降り立ったスズネに、しっかり意思が通じている。

 湧き上がったドロのアンデッドが、うぞうぞと俺に近づいてきた。スライムになっても、生きてるってことかな。

 さて、と。

 あなた達にも安らかに眠ってもらうぜ。


⦅覚えたての新技!!⦆


 俺は思いっきり息を吸い込み、光のブレスを放った。まばゆい光が、一気に広がる。

 光の軌道の跡では、ドロのアンデッドが崩れ去っていく。

 ふっ……ようやくブレス攻撃で敵を倒したぜ。ノリで覚えた火のブレス、料理でしか使ったことが無いからな。


《黄泉送り を 発動しますか?》

⦅ああ、頼むぜ天の声さん!! なむなむなむなむ……⦆


 光のブレスで弱らせては、黄泉送りで魔物の数を減らしていく。少しでも、スズネたちが戦いやすくしないとな。

 ときどきドラゴンの尻尾が、俺の頭上をかすめる。

 あっちは俺と比べ物にならないくらい、激しい戦いだ。


「ミュアッ!! ミュンッ!!」


 猫と擬態の姿を入れ替えながら、スズネはうまく立ち回っている。

 ドラゴンはすでに頭を落とされていた。前足も崩れ去り、首と尻尾を激しく振り回して暴れている。


「ミュアアアアンッ!!」


 スズネは一際高く飛び上がり、竜姫の剣をドラゴンに向かって投げ放った。

 竜姫の剣は、ドラゴンゾンビを地面に押し付けるように貫く。倒されたドラゴンは、ぱたりと動かなくなった。


「ミュ……ミュァ……?」

⦅スズネ、大丈夫か?⦆


 猫の姿になったスズネが、地面に着地する。なんとか立ってはいるが、フラフラだ。

 急いで近づいて、スズネを俺の体に乗せる。


《黄泉送り を 発動しますか?》


 ああ、最後の仕事が残ってたな。

 ちゃんと恋人さんを、竜姫の元に送らないと。


⦅もちろんだ。なむなむなむなむ……⦆

「ミュァ~ミュァ~ミュァ~」


 俺の脳内念仏と一緒に、スズネの弱々しい鳴き声も響きわたる。彼女も、黄泉送りをしているんだな。

 やがてドラゴンゾンビの体は霧の光になって、宙に散っていく。巨大な魔物だったのもあって、洞窟中が魔素の光に満たされて幻想的な雰囲気だ。


「ミュ……」

 

 ドラゴンが倒れていた場所には、竜姫の剣が残されていた。

 近づくと、スズネが擬態して剣を手に取る。少し色合いが変わっているような……。


《竜姫の聖剣 を 獲得しました》


 お、名称も変わってるな。無事に恋人さんを、浄化することができたってことか?


「やっと会えた……ありがとう……って、言ってるミュ」


 ちょっと声が震えて、泣きそうになりながらスズネが教えてくれた。

 うんうん……二人とも、どうか安らかに……。


⦅よし、俺たちも行くか⦆

「ミュッ!」


 俺たちは出口に向かって、歩き出した。



 

●●●あとがき●●●


■■■■


天の声


《竜姫 の 聖剣

 ドラゴンゾンビ と なった 恋人 を 解放し

 一つ の 想い を 果たした 姿

 今 は 家族 に 再会 できる 日 を 待って いる》

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