第13話 丁度二人はダンスでもするように
条と楓が改札の奥に消えるのを待たずに、伊智那は背を向けてレブルを取りに戻る。
中央駅に一時的に置いたバイクは、また後で父の車に乗せてもらって回収する計画だ。
電車内で襲い掛かられるなんてことがない限り、最も怖い家までの二十分間もの人気のない道を三人で行動できる。タクシーを使えばより安全だが、あえて使わないことにした。
(今のところ怪しい人物は一人、若くて綺麗な女性だという。女性だから安全というわけではないが、楓の存在を公にはしたくないのは間違いない。だとすれば、いくら寂しい土地とはいえ往来で「殺しにくる」なんてことはないはずだ。そんなことをすれば、警察の本格的な捜査を受けてしまう。楓を取り戻したところでやっかいな事態になるだけだし、例え殺せても秘密の保守にはつながらない。秘密が存在することを喧伝するだけだ。楓に警察を悪い組織だと洗脳したとすれば、つまるところ警察と関わりたくないのだ。そして殺す意志のない相手に後れを取る僕ではない。火器でなければどうとでもなる)
伊智那は何もなければそれでよし、何かあればそこから情報をとるつもりだった。
中央駅にレブルを置いて暫く改札を覗いていると、条と楓が重なり合うように出てきた。
「お姉えぢゃあん会いだがっだよう!」
「なに云っているんだ」
「つめたい!」
姉妹はすっかり普段通りの軽口を見せ、楓は戸惑うよりもくすくすと笑った。
「バスは五分後に出るぞ」
「ああ、バスで家の前まで行かないかなあ」
「僕のバイクは三人乗りできないからな。条だけ歩いていけば解決されるが。歩きたまえよ」
「歩きたくないって云ったの私なのだけれど」
最寄りのバス停で下車し、三人連れ立って歩いている。
誰もよくわからない閉ざされた工事現場のある、不気味な藪を無事にぬけた。
家も遠景に見えて、慣れた道を進む。
人には出会わない。見えない境を越えたように、不思議な静寂。
曲がり角を行くと、スーツ姿の男性が向こうから歩いてきた。
綺麗に整えた短髪をオールバックにして眼鏡をかけている。
――よく見えてくると、彼は何も持っていないようだった。
こちらに気づくと、微笑を浮かべて会釈した。楓がくんと鼻を鳴らした。田舎道である。平日の昼間である。伊智那は彼を知らない。通り過ぎる。
「――ッ!」
振り返ると、鈍い光が楓に迫っていた。
「逃げろ!」
伊智那は突き出されるナイフ、その右手首を左手で掴み、体を入れて進行方向をほとんど直角にずらす。丁度二人はダンスでもするように半分背中合わせで歩き、スーツの男は意図するよりもずっと前に引っ張られた。ここで伊智那が相手の勢いの死ぬ直前に小手を返すと、男は驚くほど簡単に宙に舞った。
この間にも条は楓を連れて走り出し、通報するべくスマートフォンを取り出している。
「何を!」
その刹那に楓は条の携帯を叩き落とした。
二人は無言で見つめ、条は走るのを止めなかった。
既に遠い二人をちらりと見て、男は伊智那に背を向けて逃走をはじめる。残念ながら伊智那に追いかける体力はない。伊智那はふぅと息を整えて、己の左手をちらりと見た。
スマートフォンを取り出して条と連絡を取ろうとするも、条たちの走る方向に妹の携帯の落ちているのをあっさりと見つけてしまい、諦める。しかし二人が後方を振り返り、手を振る伊智那を見つけるまでそう長い時間はかからなかった。
「お姉ちゃんケガは?」
「あるわけないでしょ」
「あいつは?」
「逃げた。通報は、しないのだな?」
楓と条の断固たる表情に頷いた。
「なら、この件は父さんにも母さんにも内緒だ。あからさまに賢明な選択ではないからな」
あらゆる予想に反して、彼らは今すぐにでも楓を殺したいらしい。伊智那は己の判断で危機を招いたことを恥じた。
(まったくもって気狂いじみたことだが、僕たちはこの山王楓と運命をともにする覚悟らしい。あの男は軍人だ。ナイフに見覚えがある。あれはフランス軍の、つまり奴はフランス外人部隊にでもいたのだ。腕の筋肉からして除隊後かなり経っているとは思うが、そんな人物が絡んでいる一件に対して安全を第一としないなど、いやはや本当に狂っている)
「条も楓の、今後は二人だけで外に出るなよ」
「わかった」
「わかりました……」
先ずは、知らなければならない。
自明であった。
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