第3話 夢

「お待たせしました。」

「じゃあ、行きましょうか。何か要望は?」

「牛丼食べたいっす。」

「じゃあ、それで。」

…沈黙が長い。さすがに何か話さないと…。

「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

先を越された。

こういうとき、パッと話題がでないのは、いかがなものかと自分で思ってしまう。あんまり世間に目を向けていないからしょうがないんだけど。

「はい。何ですか?」

「今時の若い子達は、どんなことを夢にもっていますか?進路相談とか受けたりするので、知っておきたいんです。」

うーん。難しい…。今はSNSがあるから、インフルエンサーとか?

「インフルエンサーとかですかね。SNSとかあると、そういう人たちよく目に入りますし。」

「なるほど。やっぱりインターネットが重要視されているのですね…。」

「先生は?」

「…ワタシですか。」

あれ?なんか聞いちゃいけなかったか?

「あ、あの、なんか、科学の先生だから、研究者になりたかったのかなぁ、なんて…。」

「そうですねぇ…。わたしは、まだ夢を追い続けていますよ…。」

先生は、何が夢なのか、はっきり言わなかった。


牛丼屋に着いた。安い、早い、ウマい。

食欲旺盛な学生の救世主。

「何がいいですか?」

「大盛りで、卵もいいですか?」

「いいですよ。私は…カレーにしますかね。」

呼び鈴を鳴らす。

注文して、ただ待つ。

届く。食べる。

「あっつ…」

カレーを冷ますことなく口に運ぶ先生。小さく呟きが聞こえる。いい反応だった。

なんというか、普段より、人間らしく思えた。

…牛丼が冷めてしまう。熱いうちに食べる方が美味しいに決まっている。

いただきます。

「あっつ!」

やっぱり、もうちょっと冷めてからにしよう…。


「ごちそうさまでした。ありがとうございました、先生。」

「いえ、わたしこそ、いい機会をもらいました。」

外は雪も降り、暗くなっていた。

「遅くなりましたし、送っていきますよ。」

「でも先生、車なくないっすか?」

「家が近くにあって、車はそこにあるんです。そっちの方が安全ですし。」

「何から何まですみません。お願いします。」

ホントに何から何まで面倒見てくれる人だ。…なんか申し訳ない。



歩き始める。あまり今日は車が通っていない。

お陰で静かだ。足音だけが耳に届く。

「…さっきの話の続きをしましょうか。何故でしょう。君には話せる気がします。」

「…え?あ、はい。そうっすね。聞き上手だとは思います。」

自分から話しかけることなんてなかったからな…。

…笑った?。何でだろう…?


「…私は、科学者でした。」

始まった。一言目から驚きだが、口出しすることが出来ない。独特な雰囲気が流れているように感じる。

「いや、まだ科学者です。…科学者でありたい。」

…何かあったのだろう。後悔しているように感じる。

「…私の研究は、中学からの疑念を晴らすためのものでした。」


疑念?


「私は少々おかしくてですね。物理法則に疑念を持っていたのです。それも、何故?と問うのではなく、IF。つまり、もしもを常に持っていました。」

「…科学者っぽくないですね。」

「そうですね…。」

しまった、口出してしまった…。重い感じなのに。

「…世界がもし、貴方だけだったら、物理法則はどうなると思いますか?」

「突然っすね。…何にも変わんないと思いますけど。」

「そうでしょう。それが当たり前です。…、貴方は、自分が物理法則に反したことが出来ると思いますか?」

「…想像したことはありますけど。まぁ、無理でしょ。そんなこと、想像でしかないと思います。」

なんか、ムカついてきた。恥ずかしさもあるからかもしれない。

「私は出来る人と一緒に研究をしていました。」

「…は?」

「私は出来る人と一緒に研究をしていました。」

意味がわからない。そんなことはないだろう。

あり得ない。そんなこと言う人だったのか、この人。

「みーんな、信じてくれません。ですが、私たちは、自分達にしか出来ないことなんだという使命感で全部の実験を乗りきれました。」


立ち止まる。

「ここが家です。」

「どうですか。話、続きを聞いてはくれませんか?」

断れない。何故だろう、断ったらいけない気がする。全部聞いたら、絶対ダメだと直感が言ってる。

なのに、動けない。話し始めた時の独特な、あの空気が、体を締め付けているように、動けない。


「…あれ?先生?」

突然の声に振り返る。女性だ。

いいタイミングだ。ここから逃げ出せる。

「…やっぱりここが家なんですね!うれしい!見つけた!見つけちゃった!」

…変なテンションな人だ。綺麗だけど、何か、ヤダ。


「貴方は、今日学校で会った…」

…え?こんな人、学校にいないぞ?

「…?となりの子は気づいてるねぇ。わたしね、先生…。

いや、夢野幸造さんの、ファンなんです。」


…ファン?夢野幸造?先生のことか?


「…貴方、どこまで知ってますか?」

聞いたことのない低い声で、先生が発した声とは思えない声で、質問する。

「こわーい!一緒に研究した仲じゃないですか~!忘れちゃったんですか~?!」

「…先生は知らないんですか?この人。」

答えない。ただ、何か戸惑いを感じる目をこちらに向けるのみ。

まるで、何か話せないことがあるかのように。


「ほら~。早く家に入りましょう?先生のこれまでとこれからを、一緒に考えないと。」

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