14話 「ちょっとジメジメしてるのかな? ひんやりして気持ちいいけど……」


「こ、こんなところがあったなんて……ずっと住んでたのに、ぞんがいあんがい、見落としてるもんなんだねー!」

「……まったくだな。意外な発見というのは、いつも隣に立っているものらしい」

「けっこう長いよ、奥まで続いてる……!」

 ……その日。

 俺たちは食料採集の帰り際、ふといつもとは違う道を通ったところ、その大岩の壁際に大きな『穴』を発見した――

 穴だ。

 人が三人、四人くらいは並んで通れるくらいの穴が、岩にはぽっかりと空いていて、それは段々と下向きにゆるやかに、かなり奥深くまで続いているようだった。

 粗さからして人工……ではなさそうだ。

 天然の、なんらかの要因で出来た横穴だろうか。

 入ってみようよ! と案の定ヤユが目をまたたかせて言い出して、俺は特に断る理由もないのでランプ1つほどの明かりをともせる魔法を発動させた。

 指先にぽうっと小さな明かりが灯り、その穴の内部をこうこうと照らしわたす。

 しかし、せいぜい岩の大きさは上まわらないだろうと思っていた穴の長さは、それでも全然見通すことはできず、それはもはや穴というよりも――


「洞窟、みたいだね……」

「ああ、かなり長い洞窟だ」


 洞窟だった。

「ちょっとジメジメしてるのかな? ひんやりして気持ちいいけど……」

「何があるんだろうな……何もないかも知れないが」

「あ……」

 ふと。何かに気づいたかのように足を止めるヤユ。

「お兄さん、あれ……! ちょっとその明かり消してみて!」

「?」

 言われたとおりに灯火を消す。するとヤユの後ろを歩いていた俺もその変化に気づいた。


……?」

「うん、なんだか青白かったり黄色っぽかったり……不思議な感じ……」


 洞窟の先、道すがら進むにつれて、ちょっとずつ明度が増しているような様子だった。それに、少し明かりは点滅している……気のせいではなさそうだ。

「なにかあるみたいだな」

「う、うん! なんだろーなんだろー!」

 ヤユは俄然モチベーションが上がったみたいで、少し早足になる。俺も警戒しながらその後に続く――そして。

「わ……わあっ」

「これは……」

 洞窟のゴール地点、俺たちはそこにたどり着いた。そこは――下手をしたら、夕暮れ時の外よりも明るくなっているかもしれない、

 行きついた先には少し歪な円形の、広場といって差し支えのない空間が広がっていて、足元には妙な形をした柔らかそうな草が生い茂っている。

 そして光源――この色とりどりの点滅する明かりたちの正体は。


「ほ、蛍だ! すっごーい、こんなにいっぱい……しかもこんな場所に……‼」

「ははっ」

 俺は思わず笑ってしまう。

 それは幻想極まりない夢の中のような光景だった。

 大小無数の蛍たちが、この洞窟内という密閉された空間を自由自在赴くままに変幻自在な光線を描きながら飛びまわっている。

 時には草花に止まり羽根を休め、元気を取り戻した個体から、また順に飛び立って、様々に個性的な発光を俺たちに見せびらかすように、それは本当に、この世のものとは思えないほど、雄大さとはまた違う、閉じた世界の中でこそ描かれる卓越した風景だったのだ。

 さながら、人の心、心象風景をそのまま現実に描き出したかのような、摩訶不思議なコントラスト。

「き、きれー……」

 かのヤユも、すっかり見とれてしまっている。そういう俺も、なかなかこの光景から目が離せない。

 これほどのものは中々、自然の中ではお目にかかれる代物ではないだろう。生命の神秘と言うか、生命の輝きそのもののようだった。

「これは……遠渡しの虫(スルナーキ)って言われている種類の蛍だな。これほどの数は初めて見たが……」

「するなーき?」

 ヤユが蛍たちから目を離さないまま、俺に問い返してくる。

「あの世とこの世を渡してくれる蛍……そういう、現実と非現実の境界線、はざまにいる虫……という別名がついているんだ、こいつらは。……なるほど確かに、これだけのものを見せられれば、幻想的だと言わざるを得ないな……」

「か、かっこいいね! するなーき‼」

 そう言ったヤユの頭の上にスルナーキが一匹止まったが、俺はあえてそれを指摘したりはしない。

「……それにしても、こんな辺鄙な場所にこいつらが大量発生とは……この草がこいつらの食料になってるのか?」

「すごいよねえ、こんな隠れ家みたいな場所に……」

「一体いつから……もしかしたらずっと前から、この蛍たちはここで何代も暮らしてたのかもしれないな。そしてここに訪れた人間は、俺たちが初めてだったりするのかもしれない」

「え、えへへ……な、なんだかこんなの見ちゃったら……小っちゃかったころのこと、ちょっと思い出しそうかも……」

「……小っちゃかった頃?」

 今も小さくないか? なんて野暮なことは、もちろん俺は言わない。

「うん。小さかった頃、わたしのお父さんとお母さんと一緒にね、近くの森に……ここじゃないところだけど、森に一緒にカッコいい虫を捕まえにいったんだ。けっきょく、そのカッコいい虫は見つからなかったんだけど、代わりに帰り道……」

「…………」

「何匹もの蛍がね、夜の星と一緒にまたたいて飛んでいってね、わたしたちの周りをグルグル~って何回も回って、すっごいビックリしちゃったんだ。だって、蛍が人のところに自分から来るなんて、なんだかおかしいでしょ?」

「…………」

「もしかしたらあの蛍も、親子だったのかな……それで、わたしたちを見て、一緒だよーとか言いながら、周りを飛んでたのかな、って、そう思っちゃって……」

「…………そうかもな……」

 えへへ、じゃあ、とヤユは言う。

「お兄さんの肩に止まってる蛍と、わたしの頭の上に止まってる蛍も、何か言ってたりするのかな? わたしとお兄さんとの関係みたいに、この蛍も友達同士だったりしてね! だといいなあ……!」

 そう言ってヤユは笑った。

 一瞬、それが少しだけ儚げに、なにか消え入りそうに見えてしまったのは、きっと蛍たちが醸しだす、光の加減によるものだろう。

 俺もまた、にやりと笑って小さく頷く。

「知っているかヤユ、遠渡しの虫(スルナーキ)は実は縁起物……目にした人にはいい事があると言われていてな……」

「えっ、あっ……そうなんだ‼」

「これだけの数のスルナーキを見たんだ、きっと俺たちの幸運総量は今、ものすごいことになっているに違いないぞ」

「え……えうぇ……⁉ そ、それはいい事だね……こ、困っちゃうなあ‼」

 ふへへっと変な息を漏らしてヤユは喜ぶ。

「…………」

 本当にそうなるといいな、俺もお前も。

 そう一人頭の中で呟いて、俺はもう一度再び、この部屋の中の絶景をまじまじと隅から隅まで見つめる。

 点滅し、消えては現れまたたいて。

 この世ならざるようなこの場所は、とても無秩序で、しかしどうもこそばゆい様な、そんな優しい雰囲気を漂わせる、ホッとする空間だった。






**


・ウェオン王国 建国神話

ウェオンの成り立ちは建国神話で語られている。

大勇者ウェオンと大巨人ラーン……あらゆる魔法を収めたという武人と、雲にも届くような大きな魔物が長い長い年月を戦って、最後に勝ったのは大勇者ウェオン。

打ち滅ぼされた大巨人ラーンの〝肉〟が芳醇な土となり原野へと染みわたり。

溢れ出るラーンの〝血〟は流れ分かれて水となり、潤沢な大河となっていった。

それが今のウェオンの国土……この国はラーンの死骸の上に建てられた国家らしい。

……まあ、ありがちと言えばありがちな英雄伝説か。

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