13話 「わ……わたしも入れちゃう⁉ え、えへへ……」


「お兄さんって、旅を始めてから今まででどれくらいの人数の人に出会ったことあるの?」

「……人数? にんずう、か……難しいな……」

「それって多分、旅を始める前までに会った人数と比べてずーっと、ず―――っと多い……んでしょ? どれくらいいるんだろう、ってなんとなく気になっちゃった!」

 ……変なこと聞いてごめんね! とヤユが元気に言う。


 ある晴れた日の昼下がり。

 俺とヤユは、今日も今日とて農作業では調達できない食材の確保のためにふらりふらりと森を彷徨う。

「……そうだな、ただ、すれ違っただけの人間なら数百万人……それ以上くらいはいるのかもしれないな。フララーガも含めて、かなりの都会も何度か行ったことはあるし……」

「……お、多い‼ 多いなあ!」

「……さらに、ちゃんと会話をしてある程度以上の……知り合い以上の関係性になったんじゃないか、と言える人間は、そうだな……ざっと数百人程度……五百人いくかいかないか、くらいだろうな。ただすれ違っただけの人たちの一万分の一よりずっと下だ。これが多いのかどうかはけっこう微妙だと思うが……」

 俺は考え考え、これまでに見て、会って、話してきた相手のことを思い出しながらだいたいの人数を口にする。

「……いや! それってすっごい会ってる方だと思うよ! いいと思う……ちなみに、ここに来てからは何人くらいの人と知り合いになれたの?」

「そうだな。キュロイナ……ザンクルトの町に来てからは3人……いや酒場の店主も合わせると4人だな。それとヤユを合わせて合計5人だ。こうして考えてみると、いつもの俺よりはけっこう多い気がしなくもない。それにここでは変わった出会いによくまみえるように思う」

「わ……わたしも入れちゃう⁉ え、えへへ……」

 俺の率直な答えに、なぜか頬を両手で挟むヤユ。

 彼女は少しだけ逡巡して、そうして二の句を続ける。

「じゃ……じゃあさ、お兄さん……お兄さんが出会った人たちの中で……わたしと同じように、『呪い』を持ってる人たちって、何人くらいいたの?」



 ……呪いというものは、本当に多種多様、魔法と同じかそれ以上に様々な性質を発揮するものがある。共通していることといえば、魔法と違い、明確に人間に対する悪意を発揮する……といった点くらいだろうか。

 俺がかつて聞いた中においては、疫病のように同時多発的にたくさんの人間に同時に取りついた、集団ごと魅入る呪いなんかもあったし、もちろん今現在のヤユのような……たった一人に強大無比の悪意をそそぎこむ呪いなんかも腐るほどにあった。

 ただ、共通しているのは、呪いを何のリスクも負わず、たとえば魔法や一般的な療法で病気を治すかのように解呪することは――決して不可能だ、ということ。

 いや、少なくとも、これまでの人類の長い、長すぎる途方もない歴史においてその方法はいかなる天才も発見することは出来なかった、ということ。

 呪いは呪いであり、あくまでどこまでいっても呪いなのだ。

 それを解く方法は――宿主の終焉、つまりその呪いにかかった人間の

 あるいは極めてレアなケースではあるが、呪い自体を完全に理解し、呪いを人の身にて……その二つしかない。それも、そんな方法があるのかどうかも分からない呪いというのが大半なわけだから、こちらは実質不可能な手段とみていいだろう。

 現に俺も、そんなケースは今までで一度しかお目にかかったことはない……。

 だから多くの『呪い持ち』は、今のヤユのように、それを抱えながら日々を生きている……隠し通そうとする者も中にはいるが、たいがいは世間から疎まれ叩かれ、故郷だろうが何だろうが追放されて孤独に生きる道を選ぶことになってしまう。

 中には呪いの特性を命のやり取り、戦いに活かす奴もいたにはいたが……そいつは呪いのことを『祝福』などと言って面白がっていた異端者中の異端者だ。

 なんの参考にもなるまい。

 ともかく、指折り数えて俺がこれまでに出会ってきた『呪い持ち』の人間の数は――


「…………まあ、ざっと20人、といったところだろうな」

「……思ったより、意外とたくさんいるんだね。びっくりした……」

 ヤユが目を見開く。

「……まあ、仮にも世界を二分する法則だからな。魔法の対となるもの。で、呪い持ちにももちろん色んな人間がいたわけだが……」

「…………」

「そいつらもみんな、普通の人間だったよ。当たり前なんだけどな」

「……え……?」

「呪いがあるからって、それでどうこうなんてことはない。人は人のままでどこまでいっても人なんだって話だ。見た目や中身を構成する血肉の話じゃなくて心の部分の話……魂って言い換えてもいいかもしれないな」

「…………」

「『もっとも根源的な部分で、人は人である』……随分前の哲学者の言葉だが、とある偉い人間もそんな格言を残しているな。彼は知人が呪い持ちだったらしいが、そんな背景があるからか、国の要職につきながら、呪いについての研究を進めていたらしい。その国には呪いの情報を集積するための施設がいくつか建てられて、今もそれらはフル稼働してるって話だ……俺もいつか見に行ってみたいと思っている」

「……ふふっ」

 とヤユが口元をおさえる。

「……なんだか急にお兄さんっぽくなったね! なんだか引用とかしてきて色々教えてくれるあたり‼」

「……ああ、俺はどこまで行っても俺だからな……」

 くすくす、とヤユがどこか愉快気に笑う。心なしか、さきほどまで浮かべていた表情の険みたいなものは取れているように見えた。

「わたしも、どこまで行ってもわたしなのかな……じゃあさ、じゃあお兄さん……よかったら教えてくれない? 今までお兄さんが出会った人は、どんな呪いを持ってる人がいたの?」

 そうヤユが問う。

 俺はちょっとだけ考えて、やっぱり答えてやることにした。

 俺が今まで接してきた呪い持ちの人々、その呪いの数々と、彼ら彼女らがそれに対してどう向き合ってきたのか……そんな、ちょっとした勇気の物語を。


「じゃあ、少しだけ話そうか。俺が最初に出会った呪い持ち……未来を見通す目を持った、眠り続ける少女の話を――」







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