12話 「これでもう色々と安心だね! たぶん!」


「今日は人形作り……をするための材料集めに出かけたいと思います!」

……?」

 家を出たところで開口一番、ヤユがそう言い放つ。

 俺は眠い目をこすりながら、彼女の謎の提案の詳しいところを聞くために、先を促した。

「人形っていうのは……どういう、あれだ? ヤユ……」

「うーんとね、お兄さんがここに来てから、なんでか分かんないけどふっと思い出しちゃったんだ。そういえばわたし、ずっと前、呪いにかかる前に住んでた家には人形がたくさんあったなー……って」

「……ヤユの実家か?」

「うん、実家……生家っていうのかな。私が産まれた家なんだけど……その家にはね、わたしのお母さんとお父さん、それとわたしと、生まれたばかりのわたしの妹……それと一緒に住んでる犬と鶏! の見た目とそっくりに作った人形があってね」

「ほう」

「……それは大体お母さんが作ったやつだったんだけど……木の皮を束ねたり、藁を使ったり、布で巻いたり木の実を目鼻口に見立てたり……で、すごく上手に作ってあったんだよ。私それ見て、すっごくいいなあ……って思って。作り方、お母さんに教わったんだ。結局、一回くらいしか作れずに呪いにかかっちゃったんだけど……」

 テヘヘ、と笑うヤユ。

「面白い趣味を持った親なんだな」

「う、うん……あ、でも趣味っていうか……なんだったっけ……たしか、人形を作るのはお守り、とか魔除けのため、って言ってたんだお母さん。……それでね、ほら、この森はけっこう安全だと思うけど……それでもちょっと前に魔獣に出会ったり、危ない動物がいないってわけじゃない。だから、お兄さんとわたしのぶんの人形、作ってみようかなー……って」

「……なるほど……」

 俺はなんとなく、一人で納得して頷く。

 俺が今来ている服――ヤユがプレゼントしてくれた、新調された紺色の羽織なわけだが、これにしてもそうだし、あとはヤユが一日一回命を落とすための断頭台にしてもそうだし……これらは両方ともヤユが手づくりしたり整備しているものだ。

 さらに人形を作ってみるという提案からして、ヤユはかなり手先が器用なほうらしい。

「……どうかな? わたしが教えてあげるからさ、お兄さんもよかったら一緒に作ってみない?」

「いいぞ」

 首をかしげるヤユ。

 俺は特にそれを断る理由もなく、首肯する。

 ――そもそも、この舘は金持ちが大昔に建てたらしきもので、室内には多種多様な調度品やらなにやら、文明の名残がたっぷりと残されているとはいえ、とはいえ、とはいえ、どこまでいっても究極的にはここは森の中の奥深くだ。

 文化的にやせ細っているというか、常になにか足りてない感じがあるのは否めない。

 ならば、文明的なものをそこに住む住人が自作して供給、自給自足するという構図は、自然の中にいるだけに、実に自然な流れだろう。

 と、いうことで、俺たちはそれぞれの自分の姿を模した人形――を形作ってみる事にした。まずは材料集めだ。



 人形を作る――それぞれの。

 最初、俺は自分の人形は自分で作る……というスタイルを想定していたのだが、どうやらそれは違っていたらしい。

「ちがうよお兄さん! わたしがお兄さんの人形を作って、お兄さんがわたしの人形を作る! そうするとお守りの効果が跳ね上がるんだよ! 何倍にもなる……らしいよ!」

 となぜか自信満々に語るヤユの談だった。

「お母さんの人形もね、わたしが作ったんだ」

「なるほどな、……しかし他人が作ったほうがいいというのはどういう理屈なんだ? 自分のことは自分が一番わかっていると思うんだが……」

「ちっちっち、甘いな~お兄さんは!」

 肩をすくめておどけるヤユ。俺がよく分からないという顔をすると、ふふと鼻を鳴らして彼女は続けた。

「自分の本当の良さってのは、他の人からじゃないとちゃんと見えないものだよ。自分の悪さっていうのもそう」

「…………」

「他の人が、自分じゃないまったく別の人生を歩んできた他の人として、自分のことを見てくれる……っていうのは、きっと自分で自分を見る事よりも、曇りがないはずなんだよ。それでね、そんな他の人が自分を思って人形を作ってくれたなら、それは自分のために自分の人形を作るよりも、強い意志を持ってるんじゃないかな……って」

「…………」

 ここでヤユが、あれ? といった感じの顔をする。

「あ、えーっと……えへへ……自分でもなに言ってるか分かんなくなってきちゃった。こ、これお母さんからの受け売りだから……」

「はは、なるほどな」

「あ、あ! 馬鹿にしてるでしょお兄さん! こらっ! と……とにかく、そういう気持ちで他の人を思って人形を作る事が大事ってことだよ!! 再開再開!」

 ヤユは少し顔を赤くして人形を作る作業に戻る。指先はせわしなく動いていて、最初はただの無機物の塊……みたいな様相だったものが、徐々に徐々に形を成して、それはさながら命を吹き込まれて行く工程を見ているかのようだった。

「器用なもんだな」

「まあね!」

 それを見て、俺も自分の作業を再開することにする。ヤユはかなりの小柄だから、俺の人形よりも材料は少ない。しかし小さい分、これがなかなか集中力を要求されるのだ。

「…………」

 ふと、ヤユの言葉に聞き覚えと言うか、既聞感を覚え、わずかの間だけ作業の手がとまる。

 そうだ、似たようなことを昔言っていた少女がいたな、と。ふとあの時の時間が胸の中を去来して、そして通り過ぎていった。

 彼女も、ヤユとは違うが呪いを持っている少女だった。



「で、できた――!」

「出来たな……」

 奇しくも。

 俺とヤユの人形完成のタイミングは同じだった。言ってしまってはなんだが、俺は不器用……とまではいかなくとも、繊細な手作業が得意な方ではないので、クオリティにはけっこうな格差が生まれてしまっていたが。

 それでも。

 嘘偽りなく、無病息災を祈って作ったヤユ人形である。きっと、彼女も同じことを思いながら作ってくれたものだろう。その丁寧な出来上がりが、なによりの証明である。

「はい、お兄さん! お兄さん人形!」

「ありがとう……はい、ヤユ人形だ」

「ありがとう!!」

 ニフー! といった様子でその人形を大事そうに抱きかかえるヤユ。なぜだか見てるこっちが照れてしまうような仕草だった。

 俺は俺で、その俺人形を、まじまじと見つめる。けっこうそのまま忠実に再現してあって、はっきり言ってかなり似ている。

「これでもう色々と安心だね! たぶん!」

「ああ、たぶんな」

 俺たちは何となく、どちらからともなく笑いあった。

 人形はこうして、今はそれぞれの部屋の枕元にどっしりとした様子で置かれている。

 悪くない、工作の時間である。






**


・剣境

『剣の境地に至りて、なお高きに置かれる者』を指す称号。

西方大陸全土を支配する『帝国』において、特に際立った戦功、武力を示した一個人に与えられる最大の栄誉であり地位のこと。

『剣境』を拝命した者は、帝国の最高戦力として王属直下に組み込まれる。

その成り立ちから、かつては剣士のみが選ばれる慣例となっていたが、現在は呪言遣いなど、ごく稀に剣士以外が拝命されている例もあるようだ。






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