6話 「! これは……」
いつものように、ヤユに文字の読み方を教えていた逢魔が時。
「お兄さん、お兄さん見てみて! こんなもの見つけたんだけど! 見つけちゃったんだけどわたし!」
「? どうした……?」
地下室――ヤユが『図書室』と呼んでいる広々とした空間に響き渡る嬉しそうな声。
「これ! 何かと思って広げてみたらさ、ほら!」
「! これは……」
机の上にするすると置かれたのは、大きな古紙に記された世界地図、だった。
保存状態はかなりいい。そして八大陸と十二の島を一応、すべて網羅して描かれている……
ただし、かなり昔に測量されたものらしく、精度は決して高くはないようだが。
「ねえこれってさ、地図だよね? でも、どこのもの……? わたしが初めて見る形の島がいっぱいある……」
「これは島じゃなくて大陸だな。この世界すべての場所を一目で見れるように書かれた世界地図、というやつだ。」
「え、ええ!?」
ヤユがひっくり返った。
「へ、へー! そんなものあるんだ! ふーん……ふーん!」
子犬のように好奇心旺盛、興味津々といった感じの少女だ。
「……ほら、わたしずっと前の、小さいころに呪いに罹っちゃってさ……、って言っても今もこんな姿のままだけど」
あはは、とヤユが笑う。
「だから学校とかもあんまり行けずにここにたどり着いたんだ。だから、地図ってここら辺のやつしか見た事なかった……そんなに大きな地図が、この世の中にはあるんだねー……」
「…………ちなみに……」
と、俺は大陸を6つと4つの島を順番に指さす。
「ここ辺りなら、俺は一時期だが暮らしたことがある。どこも一長一短、暑かったり寒かったりだが、この国と同じくらいに悪くない場所だったと思う」
「お兄さん旅人だもんね! 色んな場所を見てまわって知ってるんだ! いいなー、私も……」
そこまで言って、ふと我に返った表情になるヤユ。なぜか慌てたように言葉を続ける。
「せっかくだからさ、あの……教えてよお兄さん! 旅であった面白かったこととか、どんな人と出会ったかとか! わたし、そういうの、すごく知りたいんだ……だって……」
もじもじと。
こちらの様子を縮こまってうかがう彼女に俺は、深くうなずいて言葉を続ける。
「いいぞ、そういうのはいくら話しても減るものじゃない。むしろ人から人へと伝わっていって、増えていくものなんだ。それに――」
俺にはよく分かる、ヤユの言わんとしていることが。
ヤユは世界を知りたいのだ。
見て感じて、体感してみたいのだ。
いやむしろ、俺よりもひとりぼっちだった時間が長いであろう彼女にとって、そういった体験や出来事といったものは、より大切でかけがえのないものになっていることだろう。
俺から聞いた話がどれだけ彼女の心に伝わるかは分からないが。
どんな楽しい事も苦しい事も、一人で抱え込むのは寂しい事ではある。だから俺は面白おかしく自分のことを彼女に話してみる事にした。
「あ、ありがとう!! お兄さん!! ふふふ……!」
「礼を言われるようなことか?」
「うん! だって、お兄さんが来なかったら本だってロクに読み始められなかったでしょ? 本を読まなかったら本の後ろに隠れてたこの世界地図だって多分ずっと気づかないままだったもん! そりゃお礼の1つや2つ、言いまくりたくもなるよ!」
興奮ぎみに話すヤユに、俺は口角を上げて世界地図の隅っこの――、一番隅っこのほうの隅っこのほうにある小さな島を、静かに指さす。
そこは、まるでこの森の中の家のように、世界から少しだけ離れた場所にある、とても懐かしくてとても大事な、俺の旅の始まりの場所だ。
「ここが俺が生まれた国――皇国っていうんだが――」
**
・蒼き雲海のボンボルト
本名ボンボルト・ベッダーン。
ウェオン王国デオルシル県出身。没年月日不明。
「空をも下ろす」と言われた、人の身にして膨大な魔力総量を誇った呪言遣いだ。
彼の魔法は天候さえ支配するとされ、大戦期の盲魔討伐戦においては山を越えるような氷塊をその頭上に叩き落したらしい。『老雷のフォーゼン』の弟子としても知られる。
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