5話 「わ、わ……」
「収穫だーい! いえいいえい! どんなもんだー!」
「やたら力強いな……!」
隣でヤユが豪快に芋ほりをしている。
今日は天気が突き抜けて、ここヤユの家に来てから一番の晴天といっていいかもしれない。
「む、虫が服の中に……お兄さん助けてえええええええええええ!」
「すまん、これを掘るまで待ってくれ」
ヤユが転げまわっているのを横目で見ながら俺はもくもくと農作業を続ける。
そう、農作業だ。
「んぎゃああああああああ」
こんな森の奥地でヤユがどういう風に日々の食料を調達しているかと言うと、それは初日のように果物や植物を摘んできたり、今こうして家の裏手で――『畑』を耕して農作物を栽培したりしての自給自足ということになる。
「…………」
中々に立派な畑だ。土の質もいいし、こじんまりしてはいるが、よく手入れされている。基本的な農具もキチンとそろっているようだ。
前に聞いたところ、森の中にはヤユでも捕まえられるくらいの小動物もいるらしいが、ヤユは肉を食べない事にしているらしく、俺もそれに倣うことにした。
郷に入っては郷に従え。
旅の基本である。
「お、お兄さん……ひどい!」
「……あ、すまん、考え事をしていて……」
「もう!」
ようやく虫の呪縛から解放されたのか、フーフーと息を荒げてこっちを涙目で見つめてくるヤユ。
「って……それはそれとして……お兄さん、ちょっとさ、モノは相談なんだけど……」
「ん?」
おもむろにヤユが指さす先には大きな岩がある。それはこの畑を途切るように鎮座していて、独特の威圧感を放っていた。
「あの岩、少しだけ移動……とかさせられない……かな? お兄さんが来たからさ、この畑をもちょっと大きくできないかなーって思ってて……でも、わたしの腕力じゃ、どうも無理みたいだから……」
「…………」
「どう? 呪言遣いでも厳しいかな? だったら別のところに作るんだけど……」
「いや」
俺はかがんでいた姿勢から立ち上がって、ゆっくりと岩の方に手をかざした。
「……? え、こんな、ところから……?」
岩までそれなりに距離がある。その距離がヤユには不安げに見える様だが、むしろ俺にはやや近いくらいの間合いである。
「光と、水と、土と、それ以外……どれが見たい?」
「え、えと……どういう……え、っと……うーんと、水かな? わたし今、土塗れだし……」
『弾ける撥ねる大小の羽虫(オオキュージュ)』
ヤユの言葉を受けた直後。
一言、たった一言だけ、その文字列を世界に向けて唱える。
その瞬間、ほとんど知覚できないほど大気の中にゆらめき――魔法が満ちる前のゆらぎのようなものが発生し、この空間を静かに覆いつくす。
放った言葉が見えない魔礎に干渉し、それが現実に顕現する。
刹那、俺の腕先から、手のひらから柱のように勢いよく水の鉄砲が発射された。それは弧を描くことなく平行に、平行に加速して、そして大岩に命中する――
「わ、わ……」
ズン、と。
地鳴りのような音がして、その水鉄砲の衝撃を一心に受けた岩は、しかし割れることなく、ただ一歩、身一つぶん後退してみせた。
こうして、畑をもう半分拡張できるくらいのスペースが出来上がる。
割るつもりはなかったにせよ、相当に頑丈な岩だ。
「わ―――!」
あとは、余韻……
放たれたあとの水しぶきが宙に舞い、光と混ざり合い反射――そこはかとなく虹をあたりに形作る。
「とまあ、こんな感じだな」
俺は振り返ってヤユを見ると、そこにはもうヤユはいなくなっていた。
「……あれ?」
「これで畑が作れるねお兄さん!」
更に振り返ると(つまり元の方向を見ると)岩の前に立ってこちらに手を振っているヤユ。やけに俊敏な少女だ。
「ってうわわわわ、岩の下……めっちゃ虫がいる! これが全部服の中に入ったらああああああああああ」
「なんで全部入る前提なんだ」
そう言いつつ、俺はグッと伸びをして、イモを掘る作業を再開することにした。
**
・呪言遣い
魔法を使う生業は世界には数多くあり、『呪言遣い』という言葉はそれらをまとめた総称的なものだ。
『魔法使い』ではなく『呪言遣い』……
呪いの言葉……皮肉と言うか、自嘲的な意思が名前付けに込められている気が、しないでもない。
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