7話 「こう……こうやってね!」
「…………?」
かこーん、かこーん、と木を打つような音が聞こえた。一定のリズムで繰り返される、およそ深緑の森の中では聞かないような、ひどく人工的な響き。
俺はゆっくりと目を開けて、窓から外を見つめてみる。
死角になって見えにくいが、どうやらヤユがなにかをしているらしかった。
*
「…………おはよう、ヤユ」
「あ、お兄さん! 起きちゃったんだ、ごめんね……! えへへ……」
家を出ると丁度ヤユと鉢合わせる。
彼女は右手には金属の板のようなもの、左手には身長の半分ほどもあるスレッジハンマーを抱え込んでいた。
少なくとも見た目10歳程度の年齢の少女には、およそ似つかわしくない武骨な装備品である。
「なにをやってるんだ?」
「……えーと、これはー……」
言いにくそうにヤユの目が泳ぐ。視線の先には断頭台――特にこの場所には似つかわしくない、武骨の極みのような処刑道具が鎮座してある。
「ほら、わたし……毎日一回は自殺しないといけないでしょ? だからね、たまにこうやって断頭台の整備をしてあげないと、刃の切れ味が悪くなったり、台がグラグラになって壊れやすくなったり傾いたりしちゃうんだ」
そう言いながらヤユは慣れた手つきで、断頭台の刃を取り外す。
紐で引いて上に引き上げる。そして手を離すと、刃が勢いよく重力で降りて、首が切断される……この上なく単純で、最も効率的に人一人の命を奪える、禍々しい形をした両断機構である。
「こう……こうやってね!」
腕を大きく振り上げて、ヤユはスレッジハンマーで鉄の刃を叩き潰すように叩いた。
それを何度も繰り返したあと、刃の上にコップから水を垂らして、今度は平らな石……を持ってきて、そして丁寧に刃の接触部分を研磨し始める。
「何回も研いでると、長持ちしてくれるんだよ……えっと、よく見るとこの刃もさ、歪んでるというか変な形してるでしょ? これ、元々は別の……人が使ってる金属製の鎧だったんだけどね、これを何回も叩いて平らにして、それをこんな風に研いで、よく切れるようにして……わたしが自殺するための道具にしてるんだ。えへへ……」
言いながらヤユは作業を続ける。刃を研ぐ手を止める事はない。彼女は背中をこちらに向けて淡々と話していて、今どんな表情をしているのか、どういう感情をこめてこの話をしているのか、俺には予想もつかなかった。
「…………」
ヤユは。
最初に俺と出会ったとき、ごくごく稀に兵隊や武芸者がこの場所を訪れて、ヤユに戦いを挑む……と、そんなことを話していた。
だとすると、その今は刃になっている金属の鎧は、そういった者たちがかつて身に着けていた武具……ということになるのだろうか。
俺は見せられた事はないが、もしかしたらそれら武器や武具をしまっているような場所が、このあたりのどこかにあるのかも知れない。
「はい、刃終わり! 次は……台のほうをやらなきゃね! お兄さんは朝ご飯食べてきてよ、私果物たくさんすり潰してるから……いつものやつ!」
ヤユは。
『一日一度は死なないと、怪物になってしまう』という呪いを持っている。
万死の呪い。
世界は呪いで満ち満ちていて、彼女もそれに魅入られてしまったうちの一人だ。
これまでに彼女は、普通の人間なら通常一回で終わるところを、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
幾度も。
そして俺が来てからも、毎日を欠かさず。
孤独に、一人ぼっちで、恐怖に耐えながら、死に続けている。今こうして自分自身を殺す道具を丁寧に手入れする――その心情は、これまでに世界を旅して色々な価値観に触れてきた俺にしても、とても計り知れないものだ。
だから。
「……俺も手伝わせてくれ」
と。
気づいたら俺はそう口にしていた。
「……え……?」
ぽかんと。
驚いた表情でヤユが作業の手を止める。聞き間違いかと言わんばかりのその態度に俺は明確に否定を突き付けるように、断頭台の土台の木組みを外しにかかった。
「え……いや、いや……‼ いいよお兄さん、こんなこと……全然大したことじゃないし、すぐ終わるから!」
慌てふためくヤユ。俺は彼女の方を何となく見れなくて、ただそっけなく言葉を返す。
「一人でやるより、二人でやるほうがすぐ終わるだろ」
「あ……」
ピタリと、ヤユの手が止まった。それはほんの数瞬のことだったが、ヤユがこちらの目を見つめていることが、なんとなく気配で分かった。
「ありがとう、お兄さん」
「礼を言われることじゃないが……どういたしましてだな」
ふふふ、とヤユは小さく笑う。
俺もつられて、首を振るように吐息を漏らすように静かに笑った。
二人の間に緩んだ空気が流れ渡る。
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