第二十三話:湯の都に着いたけど、問題が山積みでわけが分からない
第二十三話:湯の都に着いたけど、問題が山積みでわけが分からない
荒れ果てたガナ村にたどり着いてから、およそ1週間後。
少し軽くなった馬車に乗った僕たち『サンライト方面チーム』は、ついに湯の都サラサに到着した。
「ここが、サラサ…」
目の前に広がる街並み、そして山並みに、僕は声を漏らす。
ホワイトローズ王国に属する街の中でも特に大きなサラサは流石湯の都というだけあって、日本の温泉街のような様相を呈していた。
麓の火山から豊富に採れる石材で舗装された道。家々は土台や柱を石で、壁や細かい枠組みは木で作られている。屋根にあるのは、地熱を利用した窯を使って焼いた瓦だ。
どことなく日本っぽい。日本っぽいけど、日本の名だたる温泉街っぽいから、僕たちにはそんなに馴染み深くない。サラサはそんな印象の街だった。
さらに極めつけは、地平線を突き破るようにして上を向く麓の山。名をサラサ火山といい、サラサを湯の都たらしめている景勝地だ。
灰色の岩肌には植物が一切生えておらず、遠目から見ても大型の魔物が点となってそこかしこでうごめいているのが分かる。
けれど、山自体はどこか穏やかに見えた。なぜかと聞かれたら答えられないんだけど、サラサという街を見守っているような、そんな雰囲気がする。
「わーい、温泉わーい!」
京月さんが手を叩いて喜ぶ。
女子だから、という偏見を持ってしまっているのが恥ずかしいけど、お風呂が好きな彼女は温泉に目がない。
「うおおおおっ!コーヒー牛乳はあるか!?」
「そこはフルーツ牛乳だろう、渡会。カフェインは体に毒だ」
「なにを!……ははーん武富、お前コーヒー飲めないんだろ」
「そんなことはない。ブラックでもいけるが、飲まないだけだ」
渡会くんと武富くんは、僕たちを差し置いて牛乳談義を始めてしまった。
僕はどっちも好きだけど、強いて言うならコーヒー牛乳かなあ。
というか……。
「ゼアーストに乳牛いるの?」
そう思った矢先、京月さんの鋭い指摘。
「「あっ」」
無駄な議論、だったかもしれない。
「お三方、とりあえず行きやしょう。宿が空いてるか分からねえですから」
さらに、僕の傍らにいる商人さんの追撃が飛んでくる。彼も無事にサラサまで着くことができ、安堵した様子だ。
もう一人の御者さんはここまでということで、さっき解散した。サラサからサンライトまでは別の御者さんにお願いする手はずとなっている。
「商人さんの言う通りだよ。野宿する羽目にならないように、まずは旅館を探そう」
「そうだね。露天風呂がついてるといいんだけど」
「大丈夫だよ。絶対ついてる」
僕たちがこれから向かおうとしているのは、サラサで一番大きな宿だ。名を『竜の懐』という。
数百年前の勇者の一人であるサラサが湯都を切り拓いた当時から開業し、現在まで繁盛を続けている高級旅館だ。
地熱が温めた豊富な湯を存分に楽しめる温泉設備があると、シルミラ様から聞いた。きっと京月さんも満足するに違いない。
「地に足をつけてしっかり休まないとな。…八宝を見つけ出すためにも」
「…過去は巻き戻せないが、強く引き留めておけばと思う」
渡会くんと武富くんが同じような表情をして唇を噛む。
そう、実はガナ村を一人で探索しに行った後、一晩経っても八宝さんが戻ってくることはなかった。
魔物に襲われたか、人さらいに遭ったか、もしくはガナ村をめちゃくちゃにした存在と鉢合わせしたか。色々な可能性を考慮することはできても、断定することはできなかった。
その後丸二日かけて村中を探しても、どこにも痕跡がなかったからだ。彼女がどこを歩いていたのか、なにと遭遇したのか、そしてどうなってしまったのかという痕跡が。
「一村くん、行こう?」
と、回想に耽る僕に、京月さんが手を差し伸べてくれた。
八宝さんが行方不明になって、僕は自分を責めた。なぜ単独行動を許してしまったのかと後悔した。もしかしたらと最悪の事態が胸をよぎり、頭がおかしくなりそうだった。
そんな僕を、優しく赦してくれたのが京月さんだった。
「うん」
僕は彼女の手を取り、指を優しく折り曲げて優しく握り込む。
温かい。この手が、冷たい牢獄に囚われていた僕の心を救ってくれた。
「行こう、『竜の懐』へ」
渡会くんと武富くんは、商人さんとともに心が融けるのを待っていてくれた。
そんな彼らにも聞こえるように、きっぱりと言い放つ。
「絶対に、『再生の闇』を見つけるよ」
「うんっ!」
「おうっ!」
「ああ」
「それでこそトーミさんっす」
それが、八宝さんの悲願でもあるから。
※※※
特に迷うこともなく数分間歩き続け、『竜の懐』に到着した。
入口はまさに旅館のようで、とてつもない懐かしさを覚えたものだったが、建物の中はゼアーストっぽさでいっぱいだった。
多分、数百年の間で細かいリフォームやレイアウトの変更がされた影響で、徐々に日本っぽい様式が削がれていったんだと思う。
フロントに向かうと、着物のような召し物を着た女性が受付をしてくれた。
「何名様のご予約でしょうか?」
「あっし以外の4人でお願いしや…」
「いえ、5名でお願いします」
宿泊経験のある商人さんが先だって受け答えするも、僕が割って入って5人分の予約を入れる。
「トーミさん、あっしはいいでさあ」
「いいや、泊まってもらいますよ。これだけお世話になったんですから」
僕は力強く言う。2週間近くの旅を経て、このおじさんとはすっかり仲良くなった。せめて、良い部屋で羽を伸ばしてもらいたい。
「…分かりやした。お言葉に甘えんます」
「そうしてください。では5人で3部屋を借りたいのですが」
「かしこまりました。現在空いている部屋は…」
僕は受付の人と、極めて地味な宿泊手続きを進めていった。
※※※
「やっと着いたな」
僕に続いて2人用の宿泊部屋に足を踏み入れた武富くんが、荷物を床に置きながら言った。
「疲れたね。数日は荷台で寝なくて済む」
僕も自分のリュックを置き、奥側のベッドに腰掛ける。
部屋の内装は、洋風を意識した日本のホテルのようだった。目立たない紺色の絨毯がひかれた木張りの床。白い漆喰塗りだろう壁には草原の風景画が飾られている。天井の中央からは吊り下げ式のシーリングランプが下がっており、奥の一面にはガラス窓が張られている。
「露天風呂まであるとはな」
カーテンを軽く引いて、唸る武富くん。
ここは1階のグレードが高い部屋だ。貸し切りの露天風呂がついている。窓の奥のコテージになっているところに、温泉に浸かれるこじんまりとしたスペースがあるのだ。
「お風呂には後で入るとして…」
「ああ、気づいてる。なんの用だ?」
部屋の説明はこれくらいにして、僕と武富くんはほぼ同時に振り返った。
入口のドアの向こうに、誰かが聞き耳を立てている。城を離れ、過酷な外で暮らしてきて鋭敏になった感覚がそう告げている。
「……失礼致します」
返ってきたのは、低い女性の声だった。
扉がゆっくりと開き、その姿が露わになる。
「お初にお目にかかります、勇者様方」
そして現れたのは、着物姿のふくよかな女性だった。
風貌と出で立ちからして、女将?黒髪だから僕たちが勇者というのは一目瞭然だろうけど、わざわざ尋ねに来るものだろうか。
「私、『竜の懐』八代目女将を仰せつかっております、セリュア・ヤマグチと申します」
赤褐色の髪を後ろでお団子にし、金の地に紅白梅らしき柄の着物を纏った女性は、セリュアと名乗った。
そして、ヤマグチということは。
「はい。サラサ建都の祖であり、初代女将でもあるサラサ・ヤマグチは、私の先祖に当たる人物です」
明瞭な口調で続けるセリュア。
なるほど。それで山口の姓を名乗っているわけか。
「末裔が宿を経営しているというのは分かった。その様子だと、俺たちが勇者だと知っているというのも察せられる」
「仰る通りでございます。勇者様方がご降臨なさったという報せは、ここサラサにも届いております」
だろうね。というか、知らない人などいないというくらいに、ゼアースト中に喧伝されてしまっている。
「なら、なんの用だ?勇者のよしみで挨拶に来たのか?」
年上であるにもかかわらずタメ口を利く武富くんの口調には、わずかな警戒心が含まれている。
以前王城で起きた革命が、無害に見える人物でも疑えと僕たちに教えてくれた。個室の中に分断され、未だ身元が完全に明らかでない自称女将と相見えているこの状況に対して、警戒せよと。
「ご安心を。私はサンライト教を信仰しておりませんし、危害を加えるために参ったわけでもありません。もちろん、ただのご挨拶でもありません」
「じゃあ、なんですか?」
僕は気づかれないように、背中のショートスピアへと手を這わせる。
「お頼み申し上げたいことがあるのです」
「頼み…」
「そうです」
ここまで来て言うか言うまいか、少し逡巡するかのような表情を見せて、お願いごとがあるというセリュア。
その口が重々しく開く。
「実は、温泉が枯れてしまったのです。勇者様方には、湯を生み出している竜の様子を見に行って頂きたいのです」
「ん?」
「え?」
温泉?竜?
頼みは頼みでも、お命頂戴なんて言われるかと思い、事を構える気でいた僕と武富くんは呆けた声を出すしかなかった。
サンライトへ向けて『再生の黒』に協力を仰ぐための旅路の途中、経由地点のガナ村は崩壊しており、かけがえのない仲間である八宝さんは行方不明。
ここまででも問題ばかりなのに、さらには枯れた温泉を取り戻してほしいだなんて、一体どういうことなの?
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