第二十二話: 目的地に到着したけど、問題発生で先行きが分からない

第二十二話: 目的地に到着したけど、問題発生で先行きが分からない


 王都を発って、つまりサンライトを終着点とする旅に出た日から、丸三日が経過した。


 今は朝十時。 


 僕たちは相も変わらず、まっさらに続く平原に引かれた街道の上を進む馬車の中に押し込められていた。


「あ~暇だ!景色が変わらなさすぎるっ!」


 積み荷とともに揺られることに飽きた、渡会くんが大声を出す。


 彼は結構飽きっぽいから、じっとしていられない気持ちは充分に分かる。


 馬車の進行方向側に壁はなく、縦に並んだ格子状の木の枠がはまっている。おそらく通気性と採光のためだろうけど、隙間が狭すぎて外の景色を見て暇を潰すことが難しい。


 初日に魔物と賊と戦って以来、数時間に一度のペースで外に出て戦闘しているから、全く日の光を浴びていないというわけではないけど。


「焦るな貫太。今、俺たちは真東に六十キロメートルほど進んだ計算になる。ということは、もうすぐガナ村に着くはずだ」


 小さめの木箱を両手に一つずつ鷲掴み、ダンベルのように上げ下げしながら武富くんが言う。


 あの、くれぐれも商品を落とさないようにね。中身がなにか分からないんだから。


 まあそれはいいとして、新しい地名が出てきたので少し説明しよう。


 ガナ村というのは、街道沿いに発展した宿場町のような感じだ。


 何度も行ったことがある商人のおじさんいわく、数十世帯の住宅が集まっているだけで、王都やサラサよりも街の規模が小さいらしい。


 要するに、地球で言うところの田舎の村に近いのだろう。


「そうだよ渡会くん!ちょっとずつでも前に進めてる!ちゃんと商人さんを護衛できてるし、街道近くの魔物を狩ることで治安の維持にも貢献できてるもん」


 京月さんは胸の前でガッツポーズを作り、渡会くんを励ます。


 過去に積み上げてきたことを強調して相手に元気を出させるとは、メンタルケアもばっちりだ。


 馬車を使った移動ばかりでなにかと窮屈な生活を強いられているけど、彼女自身も音を上げずについてきてくれている。


「それに、この人たちからも情報を聞き出せたし、ね?」


 さらに京月さんはそう付け加えて視線を下げると…。


「……」「……」


 床には何重にも巻かれたロープを口に噛まされ、粗末な着替えを纏った二人組の男が正座していた。


 いや、彼らが着ていた黒ローブの代わりに着せた商人さんの服を粗末というのは失礼か。


「王都から流れてきた冒険者崩れということは分かったけど、他の三人をやられた腹いせでそれ以上のことを話してくれないね」


「仕方ないな。パーティを組むほど親密な冒険者たちの絆は、ある程度の拷問をもってしても裂くことはできん」


 扉付近のそばに寄りかかっていた僕も話に入る。


 武富くんの言うことはもっともだ。


 『デンジャー・ベア―』と盗賊たちの襲撃のあった旅の初日。


 命に関わらない程度に、されど決して口には出せないような方法で京月さんが拷問してくれたけど、黒ローブの盗賊たちが僕たちを襲ったのは偶然だったのか、それともなんらかの狙いがあったのかは不明のままだ。


 というか『王都から流れてきた冒険者崩れ』という情報も僕が『分かるようになる魔法』で引き出したから、拷問の成果はないに等しい。


 とは、言えない。


 あの拷問の過程を一目見てしまったから。


「村で騎士団の人に引き渡して、詳しい捜査をお願いする他ないよ。僕たちがやれることは全部やった」


 ガナ村を始め、王国の全ての街には王都から派遣された騎士団が整備されている。


 もちろんその街に根ざした自治組織もあるけど、そうした組織は往々にして腐敗することがあるので、王の目を行き届かせるという意味合いもあるらしい。


「そうね。でも、肝心の村が非常事態かも…」


 すると突然扉が開き、八宝さんのアンニュイな声がやってきた。


「わっ!びっくりした、また上にいたね?」


「屋根の上が気持ちいいから、しょうがない」


 『ポルターガイスト』で扉を全開にし、するりと体を滑り込ませて馬車の中に入ってくる八宝さん。


 三日目で少しは慣れたけど、彼女の奇行の数々に見てるこっちがひやひやさせられるよ。


「それより、村が非常事態ってどういうこと?」


「ああ、それは…」


「おおいっ!」


 奔放な八宝さんを気に留めずに京月さんが聞いたところで、馬のような魔物にまたがって進行方向を見ていた御者さんが大声を上げる。


 なんだなんだ?


 もしかして、ガナ村になにかあったのか?


「百聞は一見に如かず。外に出て見てみて?」


「うん」


「行こうぜ!」


「ああ」


 ぼさぼさ頭の不思議ちゃんがそう言うと同時に、馬車が乱暴に止まる。


 僕は渡会くんと武富くんとともに平原へと降り立った。


「あれが、ガナ村!?」


「ひでえ…」 


 ここからでも分かる。


 数百メートルほど前方にあるガナ村は、破壊の限りを尽くされていた。


 頑丈な柵は数メートル間隔でバキバキに折られ、残骸が敷地内外のそこら中に転がっている。


 白と赤茶色のレンガでできた家々は半壊で済んでいるのが数えられるくらいで、ほとんどが原形を留めないほど粉々になっている。


「…明らかに異常だが、まだ少し遠い。様子を見に行ってくる」


「俺もっ!」


 あまりの惨劇を目にして、僕たち三人はしばしの間茫然としていた。


 しかし、すぐに気を取り直した武富くんと渡会くんが駆け出す。


 二人に任せておけば、万が一戦闘になっても大丈夫だろう。


 なら僕のすべきことは、このことを全員に伝えて、馬のような魔物を停めて待機していてもらうようにお願いすることだ。


「なにがあるか分からないし、気をつけてよお!」


 そう思った僕は、遠ざかっていく二つの背中に言伝をしてから回れ右するのだった。



 ※※※



 それから数時間後。


 二人が馬車に戻ってきたのは、地平線に日が重なるくらいの時刻だった。


「生きていたのは、あの爺さんだけだった」


 車内に入ってきた武富くんは、感情を殺した声でぽつりと漏らした。


 それだけでも、村にいた数百人の命が失われたという事実に打ちひしがれているのが伝わってくる。


「そっか…。そのおじいさんからなにか聞けた?」


「いや、口も利けないくらいの重傷だ。全身が冷たく、凍傷がひどい」


 どうやら、唯一の生存者は話ができる状態じゃないらしい。


 渡会くんと京月さんに見守られながら、外の焚き火で暖を取っているそうだ。


「凍傷?魔法で氷漬けにされちゃってたの?」


「そこまでではないが、冷たさで全身の皮膚が霜焼けのようにただれているのと、体温が下がったまま戻らないとのことだ」


「なんだか、雪崩に遭ったときの症状みたいだね」


「村に雪や氷の類いは残っていなかったが、溶けて分からなくなったのかもしれん」


 ゼアーストには数か月単位で変遷する季節の概念がない。気温や気候は場所と時間帯によって変化するだけだから、なんらかの魔法だろうね。


 大きな氷を生み出して村を壊滅させた?もしくは、大規模な侵攻作戦の一環で冷気が用いられた?


 前者なら魔族、後者ならほぼ間違いなく帝国の人間たちの仕業だろうけど、まだ決めつけるのは早いか。


 判断材料が少なすぎる。


「なら、被害に遭ってからそれなりに時間が経ったってことかな?」


「爺さんはがれきの下にあった地下室の中で倒れていて、地下室にはかなりの食糧が蓄えられてあった。きっと、数日間はそれで生活していたんだろう」


「でも、部屋の外側から冷やされてるうちに体力を奪われ、力尽きてしまった。閉じこもってる間は外の様子が分からないし、がれきのせいで出たくても出られなかったんだろうね」


「現場を見た限り、そうだと思う」


 話を聞く限りだと、冷気のせいで地下室全体が冷凍庫のようになってしまったと推測できる。


 うーん。魔族の強大な魔法による余波で起こってしまったとも考えられるし、一人の生き残りも許さない帝国の人間が念入りに村全体を冷やした結果とも受け取れる。


 分からないな。なにが起こったかさっぱりだ。


 これは、直接聞いてみるしかないか。


「行ってきなよ、一村くん。私はもう一度村を捜索してるからさ」


 ここで、黙って僕たちの会話を聞いていた八宝さんがそう言った。


「でも、一人じゃ…」


「大丈夫。武富くんと渡会くんが一回見て周ったんだから、敵はいないでしょ?」


「ああ、それはそうだが…」


 彼女は『いないでしょ?』の辺りで武富くんの方を向き、首肯を促す。


「それなら、私が『ポルターガイスト』を使う余裕があるってわけ」


「がれきや破片をどかして、もっと詳しく探そうってことだね?」


「そういうこと」


 それなら悪くないかもしれない。


 もう少しここに留まることになるけど、数時間程度のロスなら襲撃犯に追いつくのに支障はないはず。


 それに、救える人命は最大限救いたい。


「分かった、くれぐれも気をつけてね」


「はーい、ありがとうリーダー。日が沈むまでには戻るから」


 話がまとまるとすぐに、軽やかな足取りで馬車を出ていった八宝さん。


 アイボリーの薄い上着で覆われたその背中が扉で隠されていく様子を、僕と武富くんは黙って見ていた。


「……」


 しかし僕はまだ、この判断を後々悔いることになるとは知らずにいるのだった。



 ※※※



 まだ終わらないよ。外で温まっているおじいさんに話を聞かないといけないからね。 


 僕は武富くんに盗賊二人組の監視をお願いし、扉を開けて外に出た。


「一村、八宝が村の方に向かっていったけど、なんかあったか?」


「『ポルターガイスト』でもう一度探してみるって。大丈夫だと思って一人で行かせた」


 馬車の側にこしらえられた焚き火をつつきながら渡会くんが心配そうに聞いてきたので、僕は問題ないと返す。


「おいおい?体術はからっきしだろ八宝」


「逃げ足も速いし、いざとなったら特殊魔法があるから大丈夫だよ。菜摘は強いもん」


 隣に座っていた京月さんも一言添える。


 焚き火を囲んでいるのは渡会くんと京月さんと、商人のおじさんだった。御者さんは馬車を引く魔物の面倒を見ているんだろう。


 そしてもう一人、やせこけたおじいさんが目をつぶって横たわっている。


 ぼさぼさの白髪と豊かな口周りのひげのせいで老けて見えるけど、腹の上で組んである真っ白な両手はそれほど筋張っていない。顔のしわも目立つほどじゃないし、六十代前半くらいだと思う。


 この人が、ガナ村の生き残りの…。


「『いつもの献身』で、凍傷と低体温症は処置したよ。栄養失調気味だったから栄養剤と水もあげといた。あとはこの人の気力次第」


 僕が見ていることを悟ってか、京月さんがおじいさんの容態を教えてくれる。


 彼女の特殊魔法『いつもの献身』は、応急手当の延長線上に存在する魔法だ。


 魔力の力で癒やしの効果が底上げされているものの、やっていることは救急箱から消毒液を取り出して吹きかけたり、薬局に並んでいるビタミン剤を与えたりといった処置となる。


 それすなわち、病院で執り行われる手術をして大きな病気を治癒したり、清潔な管を通して点滴を投与したりなどはできないということだ。


 大病や大けがの類いは、その場しのぎをすることしかできない。


「寒い、寒い…」


「さっきからずっとうなされてる。とても話は聞けない」


「分かった。『分かるようになる魔法』を使うだけにするよ」


「ありがとう」


 元よりそのつもりだったので、なんの問題はない。


 京月さんと情報交換をした僕は、ゆっくりと右手のショートスピアを上に掲げ、魔法の準備をする。


 [この人が最後に地下室へと入ったのは、今日から何日前ですか?]


「『分かるようになる魔法』」


 そして、おじいさんの無念を理解したいという気持ちを込め、『分かるようになる魔法』を発動する。


 襲撃があったのはいつか?だと敵が村に侵入した瞬間なのか、村人が危害を加えられた瞬間なのか解釈が分かれるので、こういう聞き方にしてみた。


 [二日前です。正確には、二日と四時間二十二分前です]


 特殊魔法の効果で、僕は瞬時に理解させられる。


 二日前。


 まだ近くに襲撃犯がいる可能性が高いか?


「どう?なにか分かった?」


「待って。もう一つ聞きたいことがある」


 優しく尋ねてくる京月さんの顔の前に手をかざし、僕はさらなるイメージを膨らませる。


 僕たちが急げば、襲撃犯に追いつける可能性は高い。


 しかしそれは、相手が人間だったときの場合だ。魔族であった場合は、すでに馬車の機動力では追いつけないところまで逃げられていると見ていい。


 それを判断するためにも、僕はこの質問を投げかけなければならない。


 [ガナ村を襲ったのは魔族ですか?]

 

「『分かるようになる魔法』」


 もう一度詠唱し、槍の穂先からおじいさんの下へ魔力を飛ばす。


 今度は襲撃犯を問う内容なので、『襲う』というワードを使っても差し支えないはず。


 さあ、どうなる?


 [はい、魔族です]


「っ!?」


「待ちきれねえよ、どうなったんだ?」


 近くで固唾を飲んで見守っていた渡会くんが、声を抑えて聞いてくる。


「魔族が襲撃してきたみたいだ。今から二日とちょっと前に」


「魔族ですかいっ!?」


 端的に伝えると、こっそり会話を聞いていた商人さんが大声を上げた。


「むっ…!」


「あ…、すいやせん。爺さんがいやしたのに…」


「気をつけてくださいよ?」


 ただ、一瞬で目つきが鋭くなった京月さんに注意される。


「魔族か…。ヴェクネロクラスの相手だったんなら、この被害も頷けるな」


「寒い、寒い…」


 噛み締めるような渡会くんの一言に、おじいさんのうわ言が木霊する。


「寒い…、孫は…」


 彼は目を閉じたまま、夢の中に出てきた孫に添えるがごとく右手を持ち上げる。


「目が覚めたんですか!?」


「孫は、ガナムトは…元気かの…」


「おじいさん、もしかして…?」


 目覚めたのかと思って京月さんはずっと呼びかけていたけど、ふいに衝撃の事実が明かされて茫然としてしまった。


 王城の執事として勤め、反乱の日に王国を裏切ったあのガナムトのおじいさんが、この人だった。


「ガナムトは、よくできた孫だった…。ただ、ちっぽけな村が、いやじゃった…みたいでの…。大成を夢見て、王都へ旅立ったんじゃ…」


「そう、だったんですか…」


 京月さんは消え入りそうな声で相槌を打ち、震える手を握る。


 今救おうとしている人の孫が、かつて殺した相手だった。その事実を受け止めきれなかった分が、涙となってあふれて彼女の頬を伝う。


 王国の裏切り者だった?殺されそうだったから仕方なかった?


 そんなこと、僕も彼女も、いや誰にだって言う資格はない。


「あんなことがあったが、元気に…、しておるかのう……」


「おじいさん…?」


 奪われた体温と失われた栄養は、元には戻らない。


 おじいさんは安らかな顔のまま、息を引き取った。


「い…いや、いやあああああああああああっっ!!!」


 一人の少女は泣きじゃくりながら、動きを止めたおじいさんの胸に覆いかぶさった。


 慟哭が、穏やかな草原に響き渡る。


「許してええ、ごめんなさい…!」


「ごめん、先に行ってて」


 僕は静かに、渡会くんと商人さんに言った。


 ハロートワ・ガッツロックを討って全ての蹴りがついた後、反乱に組み入った人物の名前や素性を公表するか否か、城内は大いに荒れた。


 しかし、それに待ったを出したのはシルミラ様とリザン。


 もちろん、主犯でありながら一切の非のないティアーナ様を擁護したかった思いもないとは言い切れないけど、二人が一番に願っていたのは王国民の安寧だった。


『身近な人が、父の、王の暗殺に加担したと知ったら、残されたご遺族やご友人たちはなにを思うでしょうか?』


『憎しみの連鎖が絡まり、余計な争いが生まれることは必至だ。今は王国が一丸となるときだろう』


 そう言って反対する勢力を押さえつけた二人の信念が、時と場所を違えて新たな悲しみを産んでしまった。


「ああ…」


「はいでさ」


 二人が去り、やけに大きな音を立てて馬車の扉が閉められた後。


 僕は焚き火に向かって歩みを進め、しゃがみこんで京月さんの肩を抱く。


「ごめんなさいいいい…、?」


「余計なことは言わない。僕も分かち合うよ」


「十海くん?」


「京月さんだけの責任じゃない。いや、責任とか罪とかじゃない」


「うん…」


「今ここで、その気持ちを分かち合おう」


「……。うん」


 今できる精一杯の言葉を投げかけると、京月さんはくしゃくしゃになった顔をさらに歪ませて答えてくれた。


 起きてしまったことは変えようがない。でも、悲しい感情は抑え込むべきじゃない。


 生と死が常に隣り合わせに存在するこの世界で、僕が見出した結論の一つだ。


「うううう、ぅうわぁああああああ……!」


「……」


 僕は、彼女を強く握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る