第二十一話:新たな旅路に出たけど、前途多難でどうなるか分からない

第二十一話:新たな旅路に出たけど、前途多難でどうなるか分からない


 『再生の闇』とは、無限の回復効果を持つ闇を操るサンライト聖共和国の重鎮の一人だ。


 ほとんど表舞台に出てこない黒幕的な人物らしいけど、王城の図書館にある蔵書を読み漁っていたら、偶然その名前を見つけた。


「際限なく広がる光を統べる『破滅の光』とともに、サンライト聖共和国を建国した人らしいよ」


 朝の七時、王城の一階。


 あの惨劇が嘘だったかのように整然と並んだ食堂の長テーブルで、僕は隣の京月さんに話しかける。


 今日の朝ご飯は硬いパンとシチューのような白いスープ、なにかの魔物の肉のローストビーフらしきものと黄緑色の葉物のサラダだ。


「闇と光、なんだね。対を成す存在で、お互いに正反対の能力を持ってる」


「暴力と死で塗れていた東方の地を、全ての存在に等しく振りそそぐ太陽の光に救いを見出した『破滅の光』が焼き尽くし、夜の闇に慈愛の精神を感じていた『再生の闇』が癒したことで人々が改心。サンライト教と聖都サンライトが誕生したんだって」


「なんだか物語みたい!実際はものすごく大変だったんでしょうけど…」


 パンをちぎりながら僕が話を広げると、京月さんはスプーンで一口すくいながら当時に思いを馳せた。


 この世界、ゼアーストはなんでもありだ。


 虫眼鏡に光線を集めて紙を焦がすように、光属性の特殊魔法で殺戮を行うことも、怪我が治る様子を早送りで再生するように、闇属性の特殊魔法で癒しをもたらすことも可能だと思う。


 もっとも、半ば伝説のように語られている本の記述を信じれば、だけどね。


「でもよお、それって国ができる前の話だろ?今はそれから数百年経ってるんだし、『再生の闇』は生きてないんじゃねえのか?」


 続いて僕の右隣、恐ろしい勢いでパンにかじりついている渡会くんが会話に参加する。


 今日は、僕たちとシルミラ様が話し合ってから一週間後。


 ヴェクネロの至近距離で『マギフォース・バースト』を受け、二か月ほど前に満身創痍だった彼も完全回復している。


「いい質問だね、渡会くん。ここで大事になってくるのが、『再生の闇』の驚くべき能力だ」


「驚くべき…」


「能力?」


 僕のもったいぶった言い方に、お手本のようなリアクションをくれる京月さんと渡会くん。


「そう!その人は特殊魔法を自らにかけ、老化した自身の細胞を再生させている…、と言われている」


「それってつまり、不老不死ってわけ!?」


 京月さんが声を張り上げる。


 アンチエイジングは全女性の悲願だ。やっぱり気になるんだね。


 いつも気丈に振舞っていて、美を意識する側面をあまり見せないからびっくりした。


「あ、ごめんなさい…」


 かと思えば、クラスメイトや城仕えの人たちの視線を浴び、口を抑えて縮こまる。


 こういう、おっちょこちょいなところもかわいい。


「…俺も気になるな、その話」


「武富くん」


 ここで意外にも、僕の正面に腰かけて黙々と食べていた武富くんが割って入ってきた。


 彼は、野木島くんのグループの元一員だ。食事や訓練以外の時間に会ったのは、あれが起きる日の夕方に冒険者ギルドへ行ったときかな。


「健康な体に対しての一番の天敵は、時間だ。適切なトレーニングと食生活を気にしていても、加齢による筋肉、内臓、代謝の衰えは避けられない」


「なるほど」


 不死というより、不老にフォーカスしたわけだ。


 肩幅が広く、身長は高め。何ミリかは分からないけど坊主刈りの清潔そうな頭。


 体重もそれなりにあり、一見やや太り気味に見えて、理想的なバランスで脂肪と筋肉を兼ね備えた体格の持ち主。


 そんな武富くんは勇者随一の筋トレ好きというか、健康マニアだ。


 健康な体を維持するためにご飯もちゃんと食べるし、各部位を動かすことを考えた筋トレメニューをこなすし、心肺機能向上を目的とした走り込みにも余念がない。


 それらの自己鍛錬を、ゼアーストに来てからではなく、地球で学生生活を送っていた頃からやっていたというから驚きだ。


「武富くんも、若くありたいんだね」


「まあそうだな。永遠に生き続けたいというわけではないが…」


 ちょっと意外だけど、京月さんと武富くんも仲が良い。


 というか、彼女が誰とでも分け隔てなく話しかけていたおかげで、学生のときからクラスの全員と友達みたいなものだったらしい。


「自身を何百年も生きながえらせているわけだ、高坂くんとあのお嬢様の魔力を再生させられるかも。そう思ってる?」


 さらに左奥、京月さんの正面に座る八宝菜摘(はっぽうなつみ)さんも肉をもぐもぐしながら、話の輪に入る。


「八宝さん、ずばりその通りだよ」


 僕は彼女の方を向き、正解の意を伝える。


 ボサボサのショートカットに、大きく澄んだ目が特徴的な無感情をたたえた顔。撫で肩にほっそりした体格は、勇者の中でもかなり華奢な方かな。


 彼女はいわゆる、不思議ちゃんだ。いきなり突拍子もないことを言ったり、独自の占いを披露してくれるタイプのユニークな人。


「『再生の闇』が失われたものを取り戻す効果を持つ特殊魔法なら、それも可能だと考えてる」


「なるほどね。そういう解釈なら、いけるかも?」


 なにより八宝さんは、論理的に考えることが得意な風に思える。


 頭の回転が速く、加えて彼女なりのルールで言動を発信するから、周りには不思議ちゃんに見えてしまう。


 友達になって日の浅い僕は、そう感じている。


「それで十海くんは、シルミラ様にああ言ったんだ!」


「かなりの博打だったけどね。でも、姫様は不可能だと否定しなかった」


 あの日、聖都サンライトに向かいたいという僕の言葉に、シルミラ様はこう返答した。


『「再生の闇」…。確かに、あの方ならばお二人を目覚めさせられるかもしれません。ですが、そう簡単に協力させて頂けるか…』


 多分、姫様も僕と同じ本を読んだんだろう。


 思い描いている悲願はあるけれど、王城を襲撃した一派がサンライト教徒だったという事実が、それを阻んでいる。


「ただ、姫様が教会で言っていたニュアンス程度の可能性しかないよ。僕の、いや僕たちのサンライトへの旅立ちを許可して頂いたとはいえ、主軸は同盟の交渉に据えた方がいい」


 そう。


 僕たちは今日、聖都サンライトに向けて出発する。


 『分かるようになる魔法』で、見ず知らずの場所でも活路を切り開ける僕をリーダーとする…。


 『サンライト方面チーム』で。


「そうだね。高坂くんとランゼリカお嬢様の元気な姿が見れないのは寂しいけど、希望はあるよね!」


 京月さんが強く頷き、胸の前にガッツポーズを作る。


 彼女は後衛で、魔法使い兼ヒーラーの役割を担ってもらう。どんなときでも明るく、希望を抱きとめて離さないチームの光として。


「よっしゃ!ぜってえ、その『再生の闇』ってやつには手を貸してもらうぜっ!」


 魔法で生産された純水を一息に飲み干した渡会くんが、大声で誓う。


 彼は斥候職。よりRPGに寄せた言い方をすると、アサシンや盗賊といった立ち位置になる。


 扱い慣れた短剣と軽快なフットワークを活かしつつ、特殊魔法『グレネード魔法』で臨機応変に対応する。


 戦闘でも、戦闘を未然に防ぐ行動のためにも力になってくれる、チームの潤滑油だ。


「ただ、そのためにはまず東を目指せねばならない。魔族と帝国の勇者には特に注意だ」


 少し前からフォークとスプーンを置いていた武富くんが、冷静にたしなめる。


 彼には、近接職のインファイターを務めてもらう。


 頑丈な体躯から放つ拳で、悪人だろうが魔物だろうが粉砕する。どんな窮地であっても、チームを前に推し進める起爆剤となるだろう。


「まあ、なんとかなるよお。今日まで魔法の特訓、がんばってきたんだから」


 最後に、八宝さんがほわほわとした口調で続いた。


 彼女は体術が不得手で、前衛よりも後衛の方が適している。


 しかし、魔法に対する独自の観点を持つが故に、素手で魔法を使うことができる。というか、素手の方がイメージがしやすいらしい。


 彼女のあっと驚くような魔法は、思わぬところでチームに救いの手を差し伸べてくれるはずだ。


「皆、覚悟はできてるね」


 僕はナプキンで口を拭き、四人の顔を見つめながら席を立つ。


 それと同時に、四人もおもむろに立ち上がる。


 王城での惨劇があった後。


 僕たち勇者が王都を離れ、王国各地の街へ派遣されるに当たり、以前あった四つのグループは再編された。


 適材適所。勇者どうしのコンビネーションと魔法への熟練度を養うための八人のグループ分けから、各人の特殊魔法に即した五人のチーム分けへ。


 東先生や野木島くんといった元グループのリーダーだけでなく、勇者三十二人全員で話し合った全五つのチーム。


 そのうちの一つ、『サンライト方面チーム』が僕、京月さん、渡会くん、武富くん、八宝さんだ。


「さあ、いくよっ!」


「「「「おうっ!」」」」


 もう、朝ご飯は食べ終わった。


 旅支度をしたら、いよいよ出発のときだ。



 ※※※



「これに乗ってサラサを目指すのか?」


「うん。ちょっと狭いけど、乗せてくれるだけありがたいよ」


 馬車の中、木箱の圧迫感を感じながら僕と渡会くんはこそこそ話をする。


 あれから数時間後。


 クラスメイトとのお別れもそこそこに、東を目指し始めた僕たち『サンライト方面チーム』は現在、王国東部、サンライト聖共和国との国境付近にあるサラサの街に向かう商人さんの馬車に相乗りさせてもらっていた。


 王国の勇者の存在、それと僕たちがサンライトに行くということはすでに大衆へと周知されているので、開き直って堂々と行動している。 


「王都からサラサまで、直線距離で二百キロメートルほどか。一日二十キロ進めたとしても十日はかかるが、街道は真っ直ぐ引かれているわけではない。もっとかかるな」


「ご飯は多めにもらっておいたけど、魔物は狩っておきたいね」


 対面では武富くんがスクワットをしながら、ちょうどいい高さの木箱に腰を下ろす京月さんと言葉を交わす。


 狭くて馬に揺られてるのに、よくトレーニングできるね。


 王都ホワイトローズは、日本の数十倍の広さを誇るホワイトローズ王国のほぼ中心に位置している。


 そしてサンライト聖共和国はその倍くらいの大きさで、領地の東側よりに聖都サンライトが存在する。


 つまり、二つの首都はめちゃくちゃ遠く、ちょうど中間くらいにあるサラサの街もほどほどに遠い。


 城の蓄えから一月分の食料を支給してもらったけど、京月さんの言う通り、トラブルが起きることを考慮して現地調達をした方がいい。


「魔物だっ!」


 なんて雑談していたら、御者台にいた商人のおじさんが荷台の扉を開けて叫んだ。


 行商の道のりは、極めて危険だ。道中では当たり前のように魔物が出てくるし、悪意を持った人間が略奪行為をしかけてくることもある。


「行こう」


「っしゃあっ!出番だぜ!」


「早速実践だな」


 僕と渡会くんと武富くんは、充分な気合いをもって立ち上がった。


 僕たちはただで馬車に乗せてもらっているわけではない。商人さんたちの護衛をして、少しでも貢献しないと。


「私は荷物を見てるね」


「うん、頼んだよ」


 京月さんには荷台の防衛をお願いする。


 王国と聖共和国を結ぶ街道は、自然が剝き出しのために魔物が頻出する。人間ならともかく、膂力の桁違いなモンスターたちには男性陣が立ち向かった方がいい。


 彼女は特に、貴重な癒やし手でもあるからね。


「とっとと倒して、肉を調達だあっ!」


「貫太、興奮は視野を狭めるぞ」


 渡会くんがいの一番に飛び出し、武富くんが続く。


 僕も、新調したショートスピアを手に外へ出る。


「『アクア・スフィア』」


 正午が近づき、なだらかな平原を太陽が照らす中、だらんとした声が辺りに響く。


 これは、八宝さんの魔法だ。


「グゥウアアアアッ!!」


「っ!あれは…」


 急いで雄叫びが聞こえる方を振り向く。


 すると、馬車の進行方向、数十メートル先だろうか。


 くすんだマスタード色の毛並みをしたクマに似た魔物、『デンジャー・ベア―』が両前足を上げて、一人の少女に威嚇していた。


 ただ、両者の間には直径一メートルほどの水球が浮かんでいる。


「ちっ、俺の出番はなしかあ…」


 それを見て、渡会くんが明らかに落ち込む。


 同様に、前に立つ武富くんの背中もしゅんとしているように見える。


 準備期間の訓練で、二人も僕も、八宝さんの魔法の才は充分に理解している。みすみす発動を許した時点で、あの魔物の死は決まったようなものだ。


「グアアアアアアッ!!」


 クマの魔物が四足を存分に活かし、八宝さんに迫る。


 発達した嗅覚で危険はないと判断したのか、目の前にふわりと浮かぶ水の球体はお構いなしだ。


 濡れるのもいとわずに、突進で水球を弾けさせる。


 確かに、魔法で生み出した水、それ自体に危険はないのが普通だけど…。


「『ポルターガイスト』」


 八宝さんがするりと手を持ち上げ、真っ白な五本の指をクマに差し向ける。


 と同時に、特殊魔法を宣言。指先から明るい青色の魔力を飛ばした。


 ポルターガイスト。


 心霊特集のテレビ番組でよく見る、勝手にものが動く説明不可能な事象の総称だ。


「ングッ!?」


 彼女の魔力が全身に行き渡ると、バランスを崩し、鋭い爪の生え揃った前足で喉元を押さえるクマ。


 その巨体は八宝さんに届くことなく、街道の地面を抉りながらのたうち回る。


「な、なにが起きたんだ!?」


「まるで分からねえ!」


 その光景を見て、馬のような魔物の陰に隠れて様子を見守っていた御者さんと商人さんが驚愕の声を漏らす。


 驚くのも無理はない。


 今の所業はおそらく、広大なゼアーストのどこを探しても彼女にしかできないことだから。


「彼女、ナツミの特殊魔法です。魔物に付着させた水分を操作し、肺に送って窒息させたんです」


「窒息…?つまり、魔法で『デンジャー・ベア―』のやつを溺れさせたってわけですかい」


 暇なので僕が種明かしをすると、意外にも商人さんの理解が速かった。


 相手の言いたいことを汲み取って話を円滑に進めるのも、職業柄というやつだろうか。


「そうです。彼女の特殊魔法で、遠くにある水を操ったんです」


「はあ~」


「始めて見たが、特殊魔法ってすげえんだなあ」


 八宝さんの特殊魔法の一つ、『ポルターガイスト』は視認可能な距離にある物体をイメージ通りに動かすことができる。


 僕の『分かるようになる魔法』と同じで、発動するには対象に魔力を飛ばす必要があるけど、汎用性はかなり高い。


「……」


「グ…ガア……」


 八宝さんは微動だにせず、クマの息の根が止まるのを待つ。


 彼女の得意な汎用魔法『アクアスフィア』から『ポルターガイスト』へのコンボはお手軽で強力だが、分かりやすい欠点も存在する


 それが、図体の大きい魔物を窒息させるには相応の時間がいるというものだ。


 『ポルターガイスト』は、指定した対象を現在地から特定の座標へと移動させる魔法である。


 そのため、溺死させるには『ポルターガイスト』を水に対して発動し続け、クマの肺に供給し続ける必要がある。


「……」


 数十メートル離れたここからでも、八宝さんの集中力が伝わってくる。


 狙った相手に魔力の線を当てるのは、センスと根気のいる作業だ。


 なにが起こるか分からない王都の外とはいえ、旅の最序盤だし、できれば集中させてあげたい。


 と、ここでハプニングが。


「クゥ、グギャアアアアッ!!」


 近くの茂みから、もう一頭クマが出てきた。


 ただ、今伸びている個体よりかは二回りくらい小さい。


 ひょっとすると、子グマの『デンジャー・ベアー』か?


「八宝さんが危ない…!」


「親子だったか!」


 いち早く異変に気づいた僕は槍を持つ手に力を込め、子グマの方へ向かおうとする。


 渡会くんも腰の短剣を抜き、今にも駆け出さん勢いだ。


「いや…」


 しかし、そんな僕たちの前に突き出された左手と、低いどっしりとした声。


「俺が行こう」


 武富くんだった。


「他にも子どもがいるかもしれない。貫太と一村はそれを警戒しておいてくれ」


 明確な指示を出してもらい、僕はハッとさせられた。


 子グマが一匹だけとは限らない。確かにそうだ。


 そんなことを想定できなかったなんて、僕は少し冷静じゃなかったか。


「でも、…そうだな」


「分かった」 


 僕と渡会くんは、馬車の付近で待つことにした。


 言われたことはもちろん、一匹、それも若い魔物であれば、武富くん一人でも倒せるという自信があっての選択だ。


「さて、ウォームアップにはなるか…」


 武富くんは一切油断することなく、『デンジャー・ベアー』の子グマへとにじり寄っていく。


 彼の両手には、いつの間にか分厚いグローブが装着されていた。


 グローブには拳の前面に当たる部分に鋲がついている。人差し指から小指の本数と同じく、四か所だ。


 この鋲が、彼の特殊魔法を活かすキーとなる。


「幼い命を奪うことには謝罪する。しかし、俺たちはそうやって前に進まなければならない」


 そう言って、ファイティングポーズを取った武富くん。


 彼はどんな相手にでも優しく、感謝を忘れない人だ。


 最大限の礼節をもって魔物を狩り、悪人を懲らしめるその姿は、誰よりも騎士道精神とかサムライスピリットに相当する心意気にあふれていると僕は思う。


「グギャアアアッ!!」


「『ヴィヴィッド・トゥインクル』」


 小さいながらも素早い身のこなしで突進してきた子グマに対して、頼れる武人は右の拳を突き出して特殊魔法を発動した。


 するとグローブの鋲から、目に眩しいオレンジ色の光が飛び出す。


「おおっ!!」


「なんじゃありゃ!?」


 小さなクマの魔物が一瞬で黒焦げになり、御者さんと商人のおじさんが仰天した声を出す。


 ヴィヴィッド・トゥインクル。日本語に訳すと、鮮やかな閃光だ。


 そう、武富くんの特殊魔法は…。


「カラフルですが、あれは雷なんですよ。繊細な魔力操作で、自身や周囲への影響がない形でクマを感電させたんです」


「なかなか制御が難しくて、最近上手くいったんだよ!」


 僕と渡会くんは思わず、ゼアースト人のお二人にざっと内容を伝える。


 この世界の魔法は発動した人にも影響を及ぼすものとなっているため、目で捉えることが難しく、感電のおそれがある雷に関する魔法はあまり使われていない。


 しかし、彼はその欠点を想像力で克服した。


 『特殊魔法は、本人にないものを補ってくれる。俺に足りないのは派手さと、一瞬の儚さだ』。


 という信念の下に生み出された『ヴィヴィッド・トゥインクル』は、彼のイメージする色と電流電圧をもつ雷を発することができる。


 さらに鋲の金属部分だけ電気を通し、他の部分が絶縁素材で作られた特殊な構造のグローブも安定した雷の出力を後押ししている。


「はあ、雷を操るとはまたすごいですな」


「危なくないんですかあ」


「万が一火傷しても、京月がいるからな」


「感電は、治癒でどうしようもできないと思うけど?」


 色々話している間に、二人が戻ってきた。


 武富くんは動かなくなった子グマを抱えながらだけど、八宝さんは手ぶらのままだ。


「『デンジャー・ベア―』、よろしくね」


「うん」


「っしゃ!今日は肉だぜ!」


 彼女は体力がそこまでないので、力仕事は僕たち男性陣の役目だ。


 魔法を使ってないから、精神的にも疲れてないしね。


「いやいや、ここはあっしらに任せてください!」


 しかし、張り切る僕たちの行方を遮って、商人さんと御者さんがクマのところへと走り寄った。


 大きな図体をしたクマの片手を一本ずつ、両側から抱え上げて引きずろうとする。


「これから皆さんにお疲れ頂くんですから、ゆっくりなさっててくだせえ!」


 親グマの大きさは五メートル以上はあると思う。どうみても、中年男性二人では運べない代物だ。


 一度意地になったおじさんは頑固だから、適当に頑張ってもらってから頃合いを見て手を貸そう。


 警戒心が強い『デンジャー・ベア―』の親子がいたんだから、周辺に他の魔物はいないはずだろうし。


「おい!やっぱり俺も…」


「大丈夫でさあ!カンタはリュウジの手伝いをしてやってくだせえ!」


「腕っぷしには自信が…」


 渡会くんが、商人さんと御者さんがやせ我慢を張った瞬間…。


「「隙ありいいいぃっ!」」


 黒いローブに身を隠した男たちが、親グマの亡骸があった茂みの近くから飛び出してきた。 


「うおおおっ!?」


「なんだお前たちは!?」


 二人は驚く間もなく、後ろから羽交い絞めにされて喉元にナイフが突きつけられる。


「俺たちが何者かなど、どうでもいい」「今すぐ全員武器を捨てて、その場にひざまずけ」


 盗賊か暗殺者か分からない二人の男は冷たい一言をそれぞれ吐き、馬車の外にいる僕、渡会くん、武富くん、八宝さんの顔を睨む。


 完全にしてやられた。


 魔物の縄張りだと高を括って、賊の警戒を怠っていた!


「さあ」「はやく!」


「分かったから、その方たちは傷つけないでほしい」


 この世界の悪人は、平気で人の命を奪える。


 王城の反乱でそのことを重々理解していた僕は、隣の渡会くんに目配せをしてスピアを握る手をゆっくりと下ろす。


「……」


 コッ、カラカラン。


 渡会くんが僕にだけ分かるように小さく頷きながら、短剣を地面に落とす。


 人質を取って投降を迫ってきたということは、狙いは馬車の積み荷か?いや、僕たちを勇者と知っていて、命を奪いに来た帝国の回し者かもしれない。


 それに、敵は目の前にいる二人だけじゃないかもしれない。茂みに仲間が隠れていることだって十分にあり得る。


 そんなことを考えながら、僕は仲間たちとの連携を図る。


「後ろのお前は、その物騒なグローブを脱げ」「はやくしろ、こいつらの命はないぞ」


 フードの男の片方がナイフでちょいと武富くんの方を指しながら言い、もう片方が更に催促してくる。


 まあ、機を図って飛び出してきたんだから、さっきの戦闘を観察してたよね。


 これは、八宝さんの特殊魔法も警戒されていると見ていいか。


「犯人と交渉したくないが…」


「同感」


「…武富くん、八宝さん。彼らの言う通りにして」


 僕と、渡会くんに任せて!


 時間を稼いで隙を狙っていた二人は、僕がそう言外に滲ませて言うとその場にしゃがみ込んだ、と思う。


 背後にいるから分からないけど、賊の緊張感が和らいだから多分そうだ。


「お前たちも」「はやく!」


「……」


 互い違いに急かされ、僕は徐々に腰を落とす。


 同時に柄を彼らと平行に向けたまま、ショートスピアを持つ右手を前に下ろしていく。


 海外ドラマとかでよくある、誘拐犯に分かりやすいように銃を地面に置く、あのやり方だ。


「命だけは、助けてくれるんだろうな?」


「ああ」「約束しよう」


 右隣では渡会くんがお決まりのセリフを吐いて、地面にうつ伏せになった。


 ナイスだ。少しでも注意を引いてくれれば、意表を突ける確率が上がる。


「……」


 槍の側面が地面に着くまで、後数十センチメートル。


 もったいぶって片膝を突く体勢へと移行しながら、僕はかつての師から浴びたあの魔法のことを思い出していた。


 ローブの二人はかなり場慣れした悪人と見える。詠唱したら人質が殺される。


 つまりは、あの魔法を諳んじて、密着した商人さんと御者さんに当てないようにして発動しなければならない。


「……」


「どうした?」「はやく槍を置け、それともこいつらを殺されたいか?」


 できるのか?無詠唱で、二か所同時に?


 いや、できるじゃないか。


 やるしかない!


 槍が接地した瞬間、僕は何千年もの時間をかけて隆起する地層をイメージして心の中で唱えた。


 『ハードロック・グロウ』!!


「ぐあああっ!」「なにいっ!!」


 無事、ハロートワ・ガッツロックから目で見て盗んだ魔法を発動できた!


 瞬く間に鋭く硬い岩石が突き出し、黒ローブの二人をかち上げる。


「今だ!渡会くんっ!」


「おうっ!起き上がりからのダッシュは…」


 さらにかけ声を合わせて、うつ伏せで寝っ転がっていた渡会くんが跳ね起きる。


「…筋トレの基本だぜえっ!」


 僕の方が早く駆け出したのに、彼の方が圧倒的に速かった。


 猛ダッシュで親グマのところまでたどり着いた渡会くんは、ゼアーストに来てから練習してきた体術でローブたちの意識を刈り取る。


「どうだあっ!っしゃあ!」


 トドメを果たし、ガッツポーズを掲げる彼。


「調子に乗るなあ!」


「頭のかたきぃっ!」


「死ねええっ!」


 しかしこれまた突然、茂みから追加で三人の黒ローブが出てきた。


 まだ仲間がいたのか!?


「『ヴィヴィッド・トゥインクル』」


「『ポルターガイスト』」


 でも、心配はいらなかった。


 同じく気を抜いていた僕の背を飛び越えて武富くんが極彩色の雷を放ち、八宝さんが『ポルターガイスト』で渡会くんの短剣を投擲。


「『ストーン・アロー』っ!」


 さらに、いつの間にか馬車の外に出ていた京月さんが汎用魔法の石の矢を発射したからだ。


「びゃあああっ!!」


「ぃぎいぃっ!?」


「でえっ」 


 三者の魔法は、完璧なコントロールをもって命中した。


 ちらと下を見ると雷はともかく、短剣は胸に深々と突き刺さり、石の矢は頭を貫いている。


 三人とも即死だろう。


「渡会くん、商人さん、御者さん、大丈夫ですか?」


「あ、ああ、すまん…」


「あっしは大丈夫でさあ」


「俺も」


 もう危険はないと判断した僕が駆け寄ると、三人は無事なようだった。


 少しして、京月さんと武富くんと八宝さんもやってくる。


「渡会くん、忘れ物」


「お、おう…」


 『ポルターガイスト』でくるくると弄んでいた短剣をたぐり寄せ、ぶっきらぼうに渡会くんへと手渡す八宝さん。


 赤黒い血がべっとりとついたそれは、僕たちの血塗れた未来を暗示しているみたいだった。


「前途多難だ」


 ほっと胸を撫で下ろし、僕はため息に交じりに漏らす。


 凶暴な魔物に、狡猾な賊の集団。


 王都を発って二十四時間と経っていないのに、もう二回も襲撃に遭った。分かってはいたけど、サンライトへの道は相当険しいようだ。


 いや今はサンライトどころか、その手前の街であるサラサですら遥か遠くに感じる。


 一体、僕たちが目的地に着くのはいつになるんだろうね?

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