第二十話:決意を新たにしたけど、良い方向に転ぶか分からない
第二十話:決意を新たにしたけど、良い方向に転ぶか分からない
「逃げなかったんだな、キャルとミリーのように」
「僕は彼女たちと違って義理深いからね。お世話になった人たちに挨拶をして周ってたんだ」
「つまらない冗談はいい…!」
リザンの怒りは始めから最高潮だ。言葉の端々から漏れる苛立ちを一切隠そうとしていない。
対して、ハロートワは余裕そう。
王城で反乱が起きてから早一ヶ月。もう逃げる算段はできてるってことかな?
「それで、なにか用かな?できれば早く終わらせたいんだけど」
「しらばっくれるな!お前は王を…、シルバース・ホワイトローズを暗殺した!」
「それは、僕じゃないよ。帝国の勇者がサンライト教信者を焚きつけてやったんだろう?」
「その手引きをしたのが、お前だと言っているんだ!」
挑発するかのような歴戦の槍使いに、剣士が激昂する。
リザンはハロートワ、キャル、ミリーラとともに数年冒険者をやってきた仲だという。
それが、国家転覆という最悪の形で裏切られたんだから、怒るのも無理はない。
「お前たちは帝国と繋がっている様子も、サンライト教を崇拝し始めた素振りもなかった。いつからだ?いつからあいつの片棒を担いでいた?」
「情報を引き出すつもり?ずいぶんと余裕だね」
「お前…、俺がティアーナ様の、彼女の幼馴染みだと知りながら…!」
「えっ!?」
迫真のやり取りの中、僕は思わず驚きの声を出してしまう。
ミリーラは童顔でよく分からないけど、リザンはかなり若い方だ。多分、二十歳いってないくらい。
一方、ティアーナ様は鎧兜で全身を包んでいるため容姿から年齢を推定することはできないが、声質からなんとなく若いことは予想できた。
でも、まさかリザンと幼馴染みだったなんて…。
ちっともそんなこと教えてくれなかったじゃないか!
「もちろん知っていたさ。けどね、名誉のために言っておくと、ティアーナ様があんなことになるなんて思わなかった」
「ふざけるなっ!!」
リザンが怒号を漏らすと、草むらに隠れていた小型の魔物が飛び出した。
「ティアに、シルミラ様に危害が及ばないなどと、どの口が…」
「僕は本気だよ」
熱くなったリザンの糾弾を遮って、一際冷たく、はっきりとハロートワが言い放った。
「本気で王国を裏切ったし…、本気で…」
さらに、そこで言葉を止めたハロートワ・ガッツロックは息を大きく吸い込み、背中の大槍を掴んで腰を落とした。
「っ!?」
纏う雰囲気が変わり、僕とリザンはそれぞれの武器を抜く。
「…二人を殺して、帝国に亡命するよ」
僕は新調したショートスピアを彼の顔に向ける。
その瞬間、ハロートワが消えた。
「っ!」
いくらなんでも速すぎる!
でも僕は、僕だけはリザンを信じてるよ。
[彼の仲間、キャロライン・ディープシーとミリーラ・シャドウハイカーは現在、どこの国にいる?]
「はああああっ!!」
「『分かるようになる魔法』」
ハロートワは、リザンを無視して僕に肉薄してくる。
立っているのも辛そうな、見るからに手負いの僕から狙うと思ってたよ。
直線的に来てくれたおかげで、特殊魔法が問題なく発動できた!
[現在、キャロライン・ディープシーはカイランド港国、ミリーラ・シャドウハイカーはノーブルレッド帝国にいます]
すぐに、『分かるようになる魔法』からの回答がきた。
村とか街の名前は年月が経つと変わったり、言語によって呼び方が変わったりするけど、国にはそういった懸念がないと習った。
あとは二人が国の境界が曖昧なところにいた場合や、質問の仕方が不適切で回答不可だった場合が恐かったけど、そのときは別の質問を考えればいい。
今回は、結果オーライだ。
「『ジオ・コールドウェーブ』ッ!!」
魔法を発動して隙だらけな僕をカバーするため、リザンは両手に一本ずつ握った小振りの剣を斜めに薙ぐ。
彼の剣から空気中に放たれた青い魔力が冷たい突風へと変化し、台風の日の外みたいな風の音を鳴らしながらハロートワに襲いかかった。
「ぐううっ!」
僕に迫っていたハロートワは急ブレーキをかけて立ち止まり、大槍の柄を地面に突き刺して吹き飛ばされまいとする。
リザンの特殊魔法は、ただの風ではない。
大きさ数メートルクラスもある魔物すら吹き飛ばす、瞬間風速に優れた高火力の範囲攻撃だ。
「トーミ、できたか!?」
「うんっ!」
悟られないよう、短いやり取りで済ませる。
傷が癒えていない僕が囮となって『分かるようになる魔法』を使う間、リザンがハロートワを迎え撃つ。
今、帝国とつながりのある唯一のピースである彼から、できる限りの情報を抜き取るのが僕たちの狙いだ。
「なるほどね、そういうことか」
魔法で生み出された冷たい風が通り過ぎる。
ハロートワは狙いに気づいて顔を歪めたけど、僕はショートスピアを向けてもう一度特殊魔法を発動する。
[彼の家族構成は?]
「『分かるようになる魔法』」
さらに分からせてもらうよ。
切っ先から伸びる魔力の糸がハロートワに触れ、『分かるようになる魔法』が適用される。
[ハロートワ・ガッツロックの家族構成は、父親、母親、妹の四人家族です]
「どうせ死ぬんだから無駄だよ。『ハードロック・グロウ』!」
魔法からの回答がくると同時に、ハロートワが魔法を宣言した。
「……!」
情報を抜き出せる僕が果てるわけにはいかない。集中して避ける必要がある。
だけど、魔法の媒体であるはずの彼の大槍からは青い魔力が出ていない。
どういうことだ?もしかして、ブラフか?
「下だ!」
間髪入れずに、リザンの鋭い声が飛ぶ。
そうか!
突き刺した柄を通じて地中に魔力を…!
「『アース…」
からくりを察した僕は、とっさに土の魔法で防御しようとする。
でも、間に合わなかった。
「…っがはあっ!」
小気味のいい音とともに、左の足首と膝の関節が外れる音。
真下から生えてきた岩の塊に突き上げられ、僕は数メートルほど宙を舞った。
くっ!前のが治りかけてたっていうのに、また怪我するなんて!
「トーミッ!!」
魔法を食らった僕の方を見て、リザンがわずかに逡巡してしまう。
ダメだ、それは彼の思うつぼだよ!
「はあっ、死ねええええええっっ!!」
その隙を突き、大地から柄を引き抜いたハロートワが彼に迫る。
「っ!、『ジオ・コールド…』」
「遅いいいっ!」
特殊魔法を撃つために両腕を構えるリザンと、彼に重い一撃を叩き込まんとするハロートワ。
二人の剣戟が、今交わらんとしたそのとき…。
ドオンッ!!!
異世界に似つかわしくない大きな銃声が響き渡り、弾かれたようにハロートワの体が吹っ飛ぶ。
「…っあがあっ!」
それから少しして、硬い岩の上に背中から落ちる僕。
空中で引き金を引いたので、ろくに受け身も取れなかった。
「な…、んだ……?」
「っ…、マグナムだよ。あのヴェクネロでさえ傷つけた、地球の武器だ」
とてつもない衝撃に地面を転がった後、うつ伏せになって右肩から滝のように血を流すハロートワ。
そんな彼に、僕はうずくまりながら銃身を見せて説明する。
このマグナムは今回の保険として、勇者の同僚である○○くん、本名丸山丸太くんから借りてきたものだ。
「ふっ、チキュウ…か…。どうりで…魔力を全く感……じなかったわけだ」
血で滑る自らの手を見て、ハロートワが自虐的に言う。
空中へ舞った彼の大槍が、どこかの地面に突き刺さった音がした。
「初めから、正々堂々と戦うつもりはなかった。たとえこれが、今生の別れになるとしてもな」
傷が癒えていない僕が囮となって『分かるようになる魔法』を使う間、リザンがハロートワを迎え撃つ。
…というのは、これといったアクシデントがないときの立ち回りだ。
僕かリザンがピンチになったとき、隠し持っていたマグナムの引き金を引くことはあらかじめ決めていた。
ハロートワは銃を見たことがないはずだし、『分かるようになる魔法』で情報を得られる僕ならば、撃つタイミングの融通も利く。
「もう…、情報は…いいのかい?」
「ああ。あとはお前の身辺をくまなく調べれば事足りるだろう。反逆者に容赦する必要はなくなったというわけだ」
たった一発の銃弾で今度はリザンが冷たい声で言う番になった。
トドメを刺すため、にじり寄りながら剣を握る右腕を引く。
「なら、言って…おこうかな…。故郷の…妹を……頼んだよ…」
「故郷…確かカイランド近くの村だったか。分かった」
「……」
僕はただ静かに、その成り行きを見守る。
というか、足をやられて動けない。
「今まで、楽し…かったよ」
「……俺もだ」
そして。
彼の太い首の後ろ側を、募る思いを込めた一筋の刃が貫いた。
※※※
あれから一ヶ月後。
高坂くんを除く三十一名の王国の勇者たちは、城の中庭に位置する教会に集められていた。
「勇者の皆様方…。この度は、誠に申し訳ありませんでした」
「………」
ヴェクネロとハロートワに負わされた傷が完治した僕は、今はまだ王女の身分であるシルミラ様の話をじっと聞く。
ここはゼアーストに召喚されたとき、最初に訪れたというか、いた場所だ。
あのときは、隣に高坂くんがいたんだけど…。
「私の監督不行届で、ティアーナを始め、城の内部から多数の裏切り者が出てしまいました。それに…」
あと数日で女王となる予定のプリンセスは、今にも泣き出しそうな表情で言葉を紡いでいく。
でも、決して泣かない。王国を引っ張っていく長として、そんな時間は欠片もないと理解しているから。
「指導役だったはずの冒険者が魔族の手引きをし、その結果、かけがえのないお仲間であるダイゴ様を……、長い眠りにつかせることとなってしまいました」
「………」
彼女の目が潤んできた。
でも、僕たちはなにも言わない。
シルミラ様は『長い眠りについた』と表現したけど、高坂くんは命を落としたわけじゃない。
あの日、僕が京月さんと城の五階に向かっていたくらいの時間に、ヴェクネロから魔力を吸い尽くされ、魔力の枯渇で意識を失ってしまったのだ。
「帝国の情報をある程度知っているであろう、ランゼリカ様も同様です。今回の件の数年前から王都にいるので彼女は関係ないでしょうが、惜しい人を失いました」
あれから二か月は経ったけど、高坂くんとランゼリカ様は未だに目覚めていない。
サルゼアさんによると、魔法の使い過ぎで起こる急性の魔力枯渇とは異なり、生命の維持に必要な分の最低限の魔力すら失われてしまったため、昏睡状態に陥っているらしい。
魔力を直接、人から人へ伝達するのは極めて難しい。それこそ高坂くんやヴェクネロのような、特殊魔法に該当する特異なイメージを経なければならない。
だから、王国中の叡智や僕たちの特殊魔法をもってしても、二人を覚醒させるに至っていない。
「また、最悪の形で王を失った今、王国も変革を強いられています」
ただまあ、ここまでのことは僕たちもすでに把握している。
よって、ここからが本題。
白いドレスに身を包んだシルミラ様の力強い眼が、僕たち一人一人を見つめていく。
そこに父親と姉同然の側近を同時に奪われた悲しみと苦しみは、露ほども感じられない。
「皆様方もご存知だと思いますが、前王、シルバース・ホワイトローズは崩御なされました。そしてこのことは、緘口令を敷く間もなく国中に知れ渡りました」
彼女は断言しなかったが、多分ヒシムロを代表とする帝国の人間の仕業だろう。
情報戦は戦争の要だ。攻め滅ぼしたい相手国を弱らせたいのなら、それ相応の情報を市井に流せばいい。
魔族という人類共通の敵がいながら、ノーブルレッド帝国は本格的にホワイトローズ王国を潰そうとしていることが伺える。
「今はまだ帝国の表立った行動は見られませんが、王国領内における国境付近の街での犯罪が急速に増加しています」
これも、実質帝国の働きによるものだろう。
「さらに、こうした騒乱を聞きつけた魔族による侵略活動もいくつか報告されています。王国領土がやつらの狩場と化しているのです」
魔族は人間並みに頭がいい。
けど、人間のような慈悲の心はない。
付け入る隙があると判断した人間の領土から侵略していくのは、残酷すぎるほどに合理的だ。
「以上を総合して、我々王国は現在、帝国による戦略的活動と魔族による侵略的行為の両方に対応する必要があります」
シルミラ様はすらすらと、スラスラと解決できそうにない懸案を列挙していく。
この、広げた風呂敷を急速に畳んでいく感じはいかにも、本題の本題に入りますと言っているようなものだ。
「ただ口で言うのは簡単ですが、実行するのは困難です。あの件が起きたため、自国の人間に責任と役割を偏重させるのも避けたい」
「………」
僕たち、勇者の役目はなにか。
それは、戦うことだ。
王国の役に立つため、戦うこと。
僕たちはそのために、地球から召喚された。
「ですので皆様方には、窮地に立たされている王国各地への援助活動をお願いしたい」
やっぱり、そうか。
「特殊魔法を活かした戦闘や、国民たちの医療や生活の補助。それらを、主に他国との国境付近の街で行って頂きたいのです」
「……」
王都ホワイトローズを出て、敵国の人間や魔族と戦え。
そう言われるであろうことは皆、薄々察していた。
だからこれは、ついにきたかという覚悟の沈黙だ。
「あの日、勇者様方には裏切り者の従者と騎士たちに魔族、街に現れた賊たちの相手をして頂きました。悪意を持った人を相手取るのは心苦しいかもしれませんが…」
「それは、いいんです」
「キョーコ様…!」
「民、城の従者、そしてシルミラ様を始めとする王族の方々。私たちが一致団結しても、その全てを守り切ることはできない。今回、それを強く思い知らされました」
「……」
「ですが私たちは、戦うしかない」
「……」
「もうこれ以上、高坂やランゼリカ様のような人を出したくない。出したくないからこそ、どんな相手だろうと戦って、前に進むと決めました」
「……」
「覚悟は、できてます。生徒、他の皆とも話し合って、決めた総意です」
力強い眼差しで、東先生が断言する。
周囲を見てみると、皆も先生と同じ、覚悟を決めた顔をしている。
帝国軍だろうと魔族だろうと、王国に仇なし、仲間を傷つける相手に容赦はしない。
僕も同じ気持ちだ。
「キョーコ様、皆様方…!」
そう言ったシルミラ様の目尻には、うっすらと光るものが。
数々の裏切りを経験し、多くの血が流れたせいで勇者としての責務を放棄されてしまわないかと不安だったんだと思う。
「俺たちはいつでもいけますよ!」
「もちろん、どこへでもよ?」
グループのリーダーを務める野木島くんと井藤さんがゆっくりと近づき、彼女の両肩に手を添えて念を押す。
街の復興期間中兼、療養期間中だったこの数か月、一年一組の学級委員だったこともあり、二人はシルミラ様の諸々の執務のサポートをしていたという。
年も近いし、良き友達になったんじゃなかろうか。
まあ、僕はその期間中、歩くこともできずにずっと自分の部屋にいたんだけどね。
「僕も、三人と同じ意見です」
グループのリーダーを仰せつかっている最後である僕も、シルミラ様の正面に立って言葉をかける。
「トーミ様、ダイゴ様のことは…」
「いいんです。まだ、希望はありますから」
「それは、どういう…」
でもね、引きこもって本ばかり読んでいたのは決して悪いことじゃない。
そのおかげで、僕はきっと、他の勇者の誰よりもゼアーストの世界に詳しくなったはずだ。
「僕は…、サンライト聖共和国に行ってきます」
「サンライト教の総本山に、ですか…?」
僕はこのタイミングで、王都外への出立に関する進言を行う。
ちょうど全員集まってるし、いい機会だ。
「ええ。聖都サンライトに向かい、『再生の闇』に会って、高坂くんとランゼリカ様の魔力を再生してもらいます」
新たな旅は、帝国と魔族をけん制する旅であると同時に…。
失ったものを取り戻すための旅でもある!
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