第十九話:全てが終わったけど、どう収拾を着けたらいいか分からない

第十九話:全てが終わったけど、どう収拾を着けたらいいか分からない


「はっ!」


 かけ布団を跳ね除けて飛び起き、僕は目を覚ました。


 壁かけランプの温かな光に照らされた室内にはうっすらと薬のような、なんとも言えない香りが残っている。


 ここはどこだろう?


「うーん……」


 ぼーっとする頭を何度か叩き、覚醒を促す。


 確か僕はヴェクネロと死闘を繰り広げて、気絶してしまったんだった。


 あれから、一体どうなった?


 今、僕がこうして無事でいられるってことは勝ったってことなんだろうけど、他の皆は大丈夫なの?


「落ち着いて、十海くん。今は怪我を治すことを優先しよう?」


 一人取り乱していると、右から澄んだ声が聞こえてくる。


 僕の枕元に寄り添う形で、京月さんが佇んでいた。


「心配するな。一応、全員無事だ」


 彼女の近くにいた長谷屋くんも口を開いた。


 『一応』っていうのが気になるけど、無事と言い切るからには安全と考えていいのかな?


「ここは、城の医務室?」


「うん。傷の深さによって別館とここを使い分けてるけど、十海くんは重症だから」


「なるほどね」


 やっぱり、ここは医務室の中の個室だったか。


 別館は、僕たち王国の勇者たちと何人かの他国の賓客が泊まるためのゲストルームで構成された建物だ。


 有事の際に多くの怪我人を収容できるよう、医務室もかなりの広さがあるけど、別館の部屋まで使わないといけないくらい手当てが必要な人が出てしまったか。


「いくつか聞きたいことがあるんだ。長谷屋くんに聞いてもいい?」


「ああ、いいぞ」


 僕は長谷屋くんの目をじっと見つめ、時間を取らせていいか聞く。


 目覚めて間もないけど、気になることが多すぎて落ち着けるわけがない。


「私は他の人を看てくるね」


「うん、ありがとう」


 京月さんは短く言うと、ぱっと部屋を出ていった。


 僕が戦闘していたとき、彼女はほとんど一緒にいた。


 それに、治療に特化した特殊魔法の使い手でもある。


 僕の意識が戻ったのなら、別の誰かの治療に専念してもらった方がいい。


 そういう僕の考えを、京月さんは完璧に理解してくれている。


「…それじゃあ、いいかな?」


「なんでも聞いてくれ」


 彼女が廊下に出て、少し待って静かになってから話を切り出すと、長谷屋くんは壁際にあった丸椅子を持ってきて腰かけた。


 彼もところどころにばんそうこうやガーゼを張っているけど、僕よりかは健康そうだ。


「まず、今日は僕がけがをした日、ヴェクネロが襲ってきた日から何日経ったの?」


「ちょうど一週間だ。今は夕方の十七時頃」


 長谷屋くんは、ベッドのすぐ横にあるサイドテーブルに置かれたアナログ時計を見ながら答える。


 物理的に衛生面をよくするため、重病者用の病室には窓がないからね。


 無事起きれたから部屋を移されるだろうけど、しばらくの間は不便だ。


 それにしても、一週間も寝てたのか。


「まあ、肋骨が折れて内臓に損傷がいってるだろうから、しょうがないね」


「けがの程度は覚えていたか。一応言っておくが、一村はヴェクネロに殴られて、肋骨のほとんどが骨折。肺に穴が空いて、一時は心停止していたんだぞ?」


「え、そんなにひどかったんだ…?」


 よく生きてたね、僕。


「京月と灰深(はいぶか)が全力で治療してくれたおかげだな。後で礼でも言っておけ」


「うん」


 こうして死の淵から救ってくれたなんて、本当に、勇者の仲間たちには感謝しかない。


 京月さんは『いつもの献身』による応急治療をしてくれたんだろうけど、灰深くんの特殊魔法って確か…。


「ああ、あいつの特殊魔法『アクションアンドカット』のことか?あれはいくらでも応用が利くらしく、医療ドラマのオペシーンを再現して一村の手術を確実に成功させたんだ」


「医療ドラマ!」


 機転を利かせた特殊魔法の活用方法に、僕は思わず大声が出た。


 灰深くんは演劇部だったはずだけど、まさかテレビドラマから着想を得たとは!


 彼の特殊魔法『アクションアンドカット』は、演劇やドラマのワンシーンを再現することができるというものだ。


 かなり強力で、ほとんどの場合において彼がイメージした通りの結果をもたらすことができるけど、デメリットも強烈。


 まず、彼を監督として、演者が彼の近くにいなければ発動できず、登場人物が多いほど消費魔力が多くなる。


 まあ、一度発動できてしまえば登場人物は彼の手の平の上となり、彼のイメージする言動を強制できるようになるので、妥当と言えば妥当な代償といえる。


 あと、発動地点の環境が彼のイメージするロケーションと異なる場合、魔力を追加で消費してセットや道具類を生成する必要があるらしい。


 これは裏を返せば、どんな場所にでも望むロケ地を作れるってことにもなる。


 でも、大抵は一個目のデメリットである『出演者へのギャラ』と併せて魔力枯渇に追い込まれるほど消耗するので、ほいほい使えるようなものでもないとか。


「シーンの名前は、『ゴッドハンドカイト』。比較的軽傷だった野木島が主役の天才外科医となって、笹良や武富たち医療チームが一丸となって一村を治した」


「それは見たかったなあ」


 って、患者役の僕が言ってもしょうがないか。


 僕は割とテレビっ子な方だけど、ベタな医療ドラマも好きなんだ。


 起承転結が分かりやすくて面白いよね。


「そのときの手術室は医務室の中に作ったから、後で見てみるといい。『アクションアンドカット』でもないと使い道がないから、もうすぐ解体されるらしいぞ」


「それなら急がないとね」


 灰深くんの魔法の影響下にある登場人物は、演者が本来持つ知識、経験を無視して台本通りの言動を行うことができる。


 だから、医療の心得が全くない野木島くんたちでも僕のケガを治せた。さながら、テレビで見る天才ドクターみたいに。


 ただ、これは逆説的に言うと撮影の最中でないと手術ができない、ということになる。


 解体予定というのは、立派な無菌室があっても無用の長物なので、麻酔薬とか治療器具とか使えるものだけ回収して取り壊しちゃおうってことだね。


 と、それはいいとして、まだまだ気になることがある。


「あと、大丈夫だとは思うんだけど、ヴェクネロは倒せた?」


 ここまでのほほんと話してきたけど、あの赤色の魔族に逃げられたという可能性もあるかもしれない。


 とても大事なことだから、きちんと聞いておかないと。


「そのことなんだが、実を言うと俺を含めて、やつが死んだ瞬間を見た人はいない。いや、トドメを刺したのは俺なんだが、直前に貫太のフラッシュグレネードを食らって目を離してしまってな」


 聞きづらいことを聞くと、長谷屋くんは少し申し訳なさそうに答えてくれた。


 渡会くんの特殊魔法『グレネード魔法』は、魔力を消費して投擲物を生成できる魔法だ。


 手榴弾や火炎瓶など、一般的に投擲物に分類されるアイテムを即座に生み出して、使用することができる。


 状況から考えるに、ここぞというときにフラッシュグレネードを投げて隙を作ったんだね。


「なるほど。…でも、長谷屋くんが仕留めたってことは『シルバーコメット』でしょ?衝突の瞬間が分からなくても、光速の一撃を避けられるとは思えないよ」


「それは俺も思うんだけどな。演習場の各地でヴェクネロのものと思しき血や肉片が多数見つかったから、死んだ可能性は高いが…」


「僕が右腕を破裂させたから、そのときのものかもしれないってこと?」


「ああ。総動員で調べたが、これといった確証がないんだ。人間で考えるなら明らかに致死量だが、魔族となるとな…」


 どんどん声が小さくなっていく長谷屋くん。心なしか、大きな肩幅も狭く見える。


 魔族は、魔物の進化系といってもいい。


 驚異的な生命力はもちろん、僕たちに見せなかった治癒の魔法などの隠し玉があった、という線も十分に考えられる。


「まあ、今日まで安全なら、今はいいんじゃないかな。ひとまず最悪な状況は乗り越えられた」


「それは言えてるな。本当に意味が分からなかった。ティアーナ様の憑依に城の人たちの裏切り、王様の暗殺にヴェクネロの襲撃だもんな」


 情報収集が深まる中、さらっと新たな事実が判明した。


 このホワイトローズ王国の現国王、シルバース・ホワイトローズ様が亡くなった。


「王様の暗殺…。シルバース様はやはり、間に合わなかったんだ…」


「ああ。心臓を貫かれていた。一村と京月がいくら早くたどりつけていても、間に合わなかっただろう」


 長谷屋くんは自分が落ち込んでいるにもかかわらず、僕のフォローをしてくれる。


 やっぱり優しい。


「ありがとう。ひとまず知りたいことは分かったよ」


「城の人を呼んでくる。なにかあったら、遠慮なく頼ってくれ」


「うん。長谷屋くんもお大事にね」


「ああ」


 戦闘後の処理で、色々忙しいだろう。


 僕は長谷屋くんにお礼を言い、体を休めることにしたのだった。



 ※※※



 さらに一週間後。


「もう、大丈夫なのか?」


「うん。体の調子もいいし、無理しなければ大丈夫」


「歩くのはほどほどにしろ。傷が開く」


「ありがとう」


 ここは、王都ホワイトローズの城下町にある雑踏。


 隣を歩くリザンは口調がとげとげしいけど、心配してくれてるようだ。


 でも、僕が行かないわけにはいかない。


 あの人に戦い方を教わっていた、一村グループのリーダーである僕が。


「例の赤い魔族、ヴェクネロがどうやって城に入ってきたのか。トーミも気にしていたとはな」


「…っ、影で動いていたのは、帝国の勇者ヒシムロだけではないと思ってたからね。彼女では、反乱当夜にヴェクネロを招き入れることはできない」


 壁に耳ありを警戒して小声で話すリザンに、僕は痛みを我慢しながら答える。


 ヴェクネロのあの図体を、あらかじめ城の中に隠しておくことなど不可能だ。


 となると、反乱の直前になんらかの方法で城の中に入れるしかない。


「やつ、ハロートワとは街の外で落ち合う予定だ。キャルとミリーラはすでに雲隠れした後だった」


「そう…、ですか」


 リザンはあくまでも、冷たい声で報告する。


 城で一悶着あった頃、ここ城下町でもサンライト教徒による暴動があったそうで、彼とハロートワさんたちは対処に追われていたとか。


 ハロートワさん、いや、ハロートワ、キャル、ミリーラの三人は、その混乱に乗じて忽然と姿を消したらしい。


 それから二週間以上経った現在まで、彼らは行方知れずとなっている。


 いなくなったのは、住み慣れた王都の街中だ。戦闘で混乱してはぐれたというのはありえない。


 遺体も見つかっていないし、なにより…。


「俺たちが倒したパープルドットボア。その亡骸を城に献上しようと言い出したのは、ハロートワだった」


「やっぱり」


 けがの治療中、僕はあの日のことを何度も回想していた。


 そして思い至ったのが、あの大蛇の太い胴体。


 夕方頃に僕たちも運ぶのを手伝った、無限に伸びているのではないかと思うくらいのヘビだ。


 もしかして、あのヘビの体内にヴェクネロが隠れていて、王城の厨房から出てきたのではないか?


 魔族が魔物の腹の中に潜み、王城に潜入した。


 ずいぶん突飛な仮説だけど、可能性として他に侵入経路はなかったから、そう考えずにはいられなかった。


「今思えば、キャルもミリーも乗り気だった。俺は遺体を検めようと言ったが、聞く耳を持たず…。鮮度が大事だからと押し切られ、ろくに確認もせず運ぶことになった」


 そして、街へ応援を呼びに行ったのがミリーラだったという。


 多分、リザンが名乗りを上げるとまずいと思ったんだね。


 遺体の運搬に、サンライト教の息のかかった人選をすることができないから。


「でも、リザンを引き離さないと、ヴェクネロがボアの死体に入り込む隙がないんじゃない?どうやってやったんだろう?」


「実は、ミリーが何人かと戻ってきた後、『城に連絡するのを忘れた』と言い出した。それで今度は、俺が街に行くことになったんだ」


「なるほど。それから王都に着くまでの間に、ヴェクネロが腹の中に入ったと?」


「おそらく、な」


 僕とリザンは早足で進みつつ、神妙な顔で話し続ける。


 僕の推測と彼の持っている情報がつながり、確信ができあがっていく。


「魔族の正確な大きさは把握していないが、獲物の消化中と言えば腹の膨らみは誤魔化せる。そも前提として、パープルドットボアはこの辺りでは珍しい。もしかしたら、魔族が用意したのかもしれない」


「今となってはもう、分からないね。本人に聞くしか…」


「ああ…」


 すっかり話し込んでいたけど、ようやく着いた。


 リザンが、ハロートワと約束した地点に。


「……」


「……」


 清々しいまでのニコニコ顔に、筋骨隆々な体。大きな背に斜めがけされた、薙刀のような大槍。


 いつもと変わらないその姿に、僕とリザンは閉口する。


 王都の喧騒は遥か遠く。


 生ぬるい風が草花を撫でて周る、なんの変哲もない平原が広がる中…。


「少し、遅かったね」


 以前まで、リザンの仲間だった冒険者が。


 少し前まで、僕たちの教官だった槍使いが。


 そして今は王国の裏切り者であるハロートワが、そこに立っていた。


 大きな転換点を迎えたホワイトローズ王国だけど、これからどうなってしまうんだ?

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